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八話 『民宿小話』
(5)次女:山賀美 夏
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――ピンポーン。
「!!」
玄関のチャイムが鳴る。
その時をずっと待っていたアタシは家の居間から飛び出すように襖を開け、玄関へと急いだ。
来た――!
ならば、急がなくては……!
ものの数秒で玄関にたどり着き、引き戸を開けたアタシを宅急便のお兄さんは目を丸くして驚いていた。
「……あ、あの。お届け物にきたんですケド……」
「はいっ!受け取りに来ました!」
「え、えーと……山賀美、夏さん……で、御間違えないでしょうか?」
「はい、本人です!」
「えーと……代引きの商品になるんですけれど、お代の方を……」
「はい!この封筒にピッタリ入ってます!確認お願いします!」
「……ご、ご丁寧に、ありがとうございます」
焦った様子のアタシに、宅配便のお兄さんも気づいてくれた様子で、慌てて封筒の中身を確認していた。
申し訳ないが、こちらにも時間がないのだ。なるべく手短に、このやり取りを終わらせなければ……。
誰かに、見つかると困る……ッ!
「はい、確かにお代ピッタリですね。それではこちらにサインか印鑑をお願いします」
「はいっ!」
差し出された受け取り用紙に用意していた印鑑をサッと押す。
職業柄、こういうケースもあるのだろう。お兄さんの様子は徐々に手慣れたものになってきて、なるべく小声で、素早く手続きを終わらせようとしてくれた。7
「ありがとうございます。それでは、こちらお受け取りください」
「どうも……!ありがとうございました……!」
「はい、それでは……!失礼します」
私の様子を察してくれた宅配便の人は、小走りに、そして静かに駐車場に止めてある配送トラックへと戻っていった。
民宿の方から道へ出ていくトラックが、民宿の誰かに見られていないか。アタシはそれを確認するため最後までトラックを見送る。
無事にトラックのテールランプが闇の中へと消えていくのを見送り……私は一安心して、家のドアを閉めた。
……ミッション、クリア。
誰にも見つからず……アタシは通信販売を、完了させた。
――
「ふふふ、ふふふふ……」
中学生の身分で誰にも見つからず、気付かれずに通信販売を終える事の難しさ。
そして、その難関を無事に突破できた安心と優越。買った品物に勝るとも劣らない価値のあるものだろう。
家には、誰もいない。
20時38分。
祖父と祖母は夕食と入浴を済ませ、自分たちの寝室でのんびりとテレビを観ている。
父、母、姉貴は、民宿の仕事。今日のお客さんは十人程度で、アタシが手伝うまでもなく三人で仕事を完了させられる客数だ。
アタシは、これを見越して配達時間を20時~21時に設定した。
今日の客数、民宿で仕事をするであろうメンバー、祖父母が好きそうなテレビ番組が20時から始まる事……。
それら全てを計算し、家に宅配便が届いたとしても受け取り手がアタシしかいないという時間帯を算出したのだ。
そして、その計算は……的中したのだ。
アタシはこらえきれない笑みをうっすら浮かべながら、自室へと入る。
勝利を手にした、歓喜を胸に――!
「あ、夏ちゃん」
……。
…………。
忘れて、いた。
我が家の自室にはこの時間、妹の悠が勉強をしに来ている事、を。
――
少し、山賀美の三姉妹の部屋事情に関して説明しておこう。
姉が中学、アタシが小学生の何年生かになった時、三姉妹ごとにきっちりとした部屋というものが与えられた。
民宿から数メートル離れただけの我が家は、二階建て。
一階は居間、キッチン、祖父母の寝室や父母の寝室がある。
そして二階が、私達三姉妹の部屋になっていた。部屋と言っても、寝床が別になっているだけで勉強部屋は共有スペースとなっているのが変わっている点である。
というのも、姉貴の部屋と妹の悠の部屋はアタシの部屋よりだいぶ狭い作りになっており、タンスとベッドを置いてしまうと勉強机を置くスペースがなくなってしまうのだ。
二階の階段を上がり、左が姉の部屋、右が悠の部屋、そして中央がアタシ、夏の部屋となっており、真ん中の部屋のみフローリングの広い作りの部屋になっている。
三姉妹、三台の勉強机を並べてもアタシのタンスやベッドを置く余裕があり、初期の段階からこの部屋は全員共有の勉強部屋となっていた。
もっとも、アタシにだってプライバシーはある。
勉強部屋として使うのは、21時半まで。それ以降は宿題が残っていても自室に戻り、小さい机でもなんでも使って宿題を終える事、と決めている。
というか、アタシが決めた。中学に上がってから。
民宿の仕事をもっとも行う姉貴は21時半のルールに間に合う事があまりなく、小さい頃はよく使っていた勉強机は専ら学校道具の物置と化していた。
別にルールに間に合わないからそうなっているワケではなく、自室で勉強をするのが好きな様子だ。――というか、勉強しているのだろうか、あの人は。高校三年生なのに。
しかし、妹の悠は別。
21時半までにきっちりと宿題を終え、明日の予習を済ませ、それ以前には必ず出ていくようにしている。偉いし、有難い。
逆にいえば、アタシの部屋でほぼ毎日宿題をしているわけで……21時半までは、悠がここにいる可能性は極めて高いのだ。
そして、今。
段ボールを抱えてウキウキで入ってきたアタシを、勉強机に座っていた悠がじーっと観察している。
「どうしたの?夏ちゃん。その箱」
そして、当然出てくるその疑問が口から出てきた。
アタシは部屋のドアを物音がしないようにそーっと閉めてから、冷や汗をかいて悠の疑問に答えようとする。
「あー……あははは……。な、なんだろうねぇ、あはは……」
「さっき宅急便きてたよね?なにか届いたの?」
「そ、そうみたいだね……」
「夏ちゃんのお届け物?」
「うーー……」
……。
仕方ない。
苦渋の決断だが、悠には打ち明けるしかない。
荷札を見ればいずれ受取人がアタシという事はバレるのだ。
それに……この家で、この荷物の中身を打ち明けられるのは、悠くらいしかいないのだし。
……ちょっとは、見せびらかしたい気持ちが、ないワケでもない。
――
段ボールを開け、包装紙を丁寧に外へと出す。
そして出てくる、白く輝く小さなボックス。
「うぉぉぉぉッ……!!」
その白い箱に、書いてある文字。
『超動フィギュアシリーズ 装甲剣士ジンバ 150mm塗装済み可動フィギュア』
透明なフィルムから、箱の中の輝かしいフィギュアが見える。
銀に煌めく甲冑に、兜型の仮面の奥にきらりと光る赤い瞳。小物の変身ブレスレットや刀はどれも精工に作られており、フィギュアも完成度も高い。
テレビの画面から見える、ジンバそのもののフィギュアだった。
「…………」
悠のキョトンとする目が横からも分かるが、気にしない。この感動をまずは味わいたいのだ。気にしてたまるか。
「うわー……。やっぱかっこいいなぁーー……高いお金出して買った甲斐があったなぁー。うわぁ、やばいコレ。ホント、マジかっこいい。どうしよ」
アタシはなるべく箱を傷つけないように、丁寧に包装を開けていき、中身のフィギュアを取り出す。
塗装やフォルムもさることながら、何より関節の可動箇所が多く、広い。ポージングがほぼ思いのままに出来るのだ。
テレビや先日のショーで見た変身ポーズも、殺陣のポーズも、思いのまま。
生まれて初めて買ったフィギュアだが……なんだか、集めている人の気持ちが分かる気がする。本当にかっこいい。
あれこれ関節を弄ってポーズを決めさせているアタシに、悠が聞く。
「買ったの?夏ちゃん」
「ああ。すごいだろー、悠。こんなに精工に出来てるんだぞ、このジンバ。テレビのまんまじゃんかコレー」
「通販?」
「ああ、代引きでな。うわっ、刀の出来もいいなー。こんなに小さいのにしっかり塗装してあるぞ。……わー、持たせるとまたかっこいいなー」
「いくらだったの?」
「……5980円。税抜き」
「……。お金もちだね、夏ちゃん」
「貯めてたんだよ、このために。民宿の手伝いも頑張ってたし」
最近1カ月は、このフィギュアが欲しいがために民宿の手伝いを普段より多めに行っていた。
母親もそれを認めてくれたらしく、普段より多くお小遣いがもらえた。溜めていた小遣い貯金もあり、ようやく代引き手数料をプラスされても手が届くようになったのだ。
……正直、部活も多少犠牲にした。でも、どうしてもコレだけは、欲しかったのだ。
アタシのジンバへの思いの形として、どうしても。
「頑張ったんだね、夏ちゃん」
「ああ、これを買うためにどれだけ苦労したか……。部活終わりに洗い物手伝ったり、朝一で起きて掃除手伝ったり……とにかくやれる範囲の事は全て頑張ったんだ。
身体はボロボロになったけど、苦労の結晶を見ると何もかも報われるな。はははは」
「……。エライネ、夏ちゃん」
これほどまでに心の籠ってない妹の台詞を聞いたコトはない。
悠の目からすれば、無駄遣いにしか思えないのだろうが……アタシにとっては宝物だ。一生大事にしたい。
「でも、どうするの?それ。どこかに飾るの?」
「アタシの勉強机に飾ろうかな。……ふふふ、毎日コレを眺めながら宿題出来るんだぞ。夢のようじゃないか……!」
「……宿題できるの?それ」
「自信はないが、多分大丈夫だろう」
ポージングを毎日考えて置くのに、毎日悩むだろう。しかし、幸せな悩みだ。
アタシは勉強机に座って、ジンバの関節を動かしベストなかっこいいポーズを取らせようと試みる。
さあ、今日はどんなポーズを……。
「あー疲れたー!」
勢いよくドアが開いた。
仕事を終えた姉貴が、背伸びをしながら部屋に入ってくる。
「……?夏、悠。なんかしてたの?」
「なにも」
「……??なんか、机の引き出しに隠した??」
「かくしてないよ」
「……???なにこの段ボール。なんか届いたの?」
「んーん。アタシがいらないモノしまおうとしてだしたんだよ」
「……そ、そうなの。……なんか、夏……変じゃない?」
「へんじゃないよ」
「……そ、そっか。 下でスイカ切ってきたから、食べない?居間にあるから」
「たべるよ。あとでいくから」
「……う、うん。 じゃ、じゃあ……私、行ってるから、ね」
アタシの不審な様子に首を傾げながら、姉貴はドアを閉め、階段を降りていく。
「……夏ちゃん」
「……なんだ、悠」
「隠し事すると、大変だよ。これから」
「……。そう、だな」
とりあえず……勉強机に飾っておくのは、諦める事にした。
今は、まだ。
机の引き出しに、こっそりと……アタシの宝ものは、隠しておくしか出来ないが。
いずれ、しっかり飾ってやるからな……!アタシのジンバ……!!
――
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