民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

文字の大きさ
59 / 67
八話 『民宿小話』

(7)???

しおりを挟む

――

出会いは、突然やってきた。

「……猫だ」

「にゃ」

少女は、ある日、その猫と出会った。
白の身体に黒模様、パンダのようにも見えるその猫はやや歳をとった様子のオス猫。

その猫は、少女の方を向いて立ち止まり、横向きに少女を見ている。

「アンタ、あたしに向かって鳴いてるの?」

「にゃ」

「ほかに誰がいるのか?って? あはは。確かにね」

「……」

猫は少女の方を向いたままその場に腰を下ろし、不審そうな表情でじーっとそちらを向いている。
何かを言いたげな様子だ。

その様子を見て、少女は一歩、猫の方へ歩み寄って腰を下ろした。

「名を名乗れ、ってこと?っていうか、キミ、ここに住んでる猫なの?前はいなかった気がするけれど」

「にゃ」

「ふーん……。……ま、いっか。それじゃ、お互い自己紹介しようよ」


「あたしは……まあ、一応。ナナって呼ばれてるかな。ホントの名前は分からないけど、ナナでいいわよ。……そっちは?」

「……うなー。にゃ、にゃ」

「……へえ。アンタも、ホントの名前は違うんだ。ここに来てからの名前は……ポン、っていうのね」

「にゃー」

「よろしくね、ポン」

白いワンピースの、まだ幼さを残した少女は、年寄猫の右足をとり、握手をした。

――

民宿ヤマガミの一角。本館と新館の間の渡り廊下にはログハウス調の大浴場があるほかに、その隣に庭園のような場所がある。
庭園とは名ばかりで、実際は祖父の恒靖がどこぞから貰ってきた大岩を置いただけの場所なのだが、やがて草木が生えはじめたその場所は見栄えのよい庭園のようなスペースになっている。
その岩の一つに、少女と猫は腰かけている。
夏の昼。空は少し曇り、この時期にしては過ごしやすい気温。
何をするわけでもなく、一人と一匹はその先にある民宿の景色を眺めていた。

少女が口を開いて、猫に話し掛ける。

「不思議な場所だよね、ここ。アンタはなんでここにきたの?」

「うなー」

「流れ着いた、って感じなのね。かわいそうに」

「うな?」

「あたし?あたしは……どうしてなんだろうな。あはは、あんまりその辺はわかんないのよねぇ」

「にゃー」

「変よね。多分、アンタが見えるから、あたしもここに今いるんだろうしさ。あたしもどうしてこうして話ができてるのか、分からないのよ」

「……なー」

「……ははは。何話してるか分からない、って感じだよね。あたしも分かんないや」

少女は笑いながら、大岩にゴロンと横になる。

大きな入道雲は、太陽をすっぽりと隠し、しばらくは日の光は拝めないだろう。
山から風がそよぎ、民宿の周りの木々を、少女の髪を、猫の毛を揺らす。

「似てるわね、あたし達」

「うにゃ」

「そうよ。この場所に、お互いに流れ着いたんだもの。普通の人間とはお喋りできないけれど……なにか、不思議な事が起きて、この場所にいることができる。それって、素敵なことだと思うわよ」

「なー」

「一緒にするな、って……そ、そんな言い方ないでしょ。似たもの同士、お互いに助け合わない、っていう提案よ」

「ふるるる」

「うわ、首振った。……え?なに?俺は俺で生きているんだから、手出し無用?」

「にゃ」

そう話し……ているであろう猫の目線の先には、メスの猫が数メートル離れてじっとこちらの様子を見ている。

「あー……。なるほど。半分ここは、アンタの愛の巣ってわけなのね」

「にゃ」

「わかったわかった。邪魔しないようにするわよ」

「うなー。にゃー」

「……まあ、たまにはこうして話でも聞いてやる、ですって?……ね、猫のクセに、生意気ね、アンタ」

「うな」

少女は寝ている態勢から身体を起こして、笑顔で猫を見つめる。
猫も、顔だけ少女の方を向いてじっとその顔を見つめた。


「それじゃ、よろしくね。ポン」

「にゃ。うな、うな」



「……あれ?ポン。珍しいところにいるね」

自転車を押しながら、この民宿の長女、柚子が帰ってくる。

「にゃ」

「お連れさん、さっきあっちの方にいたよ?そっちには行かないの?」

「にゃ」

「ふーん……。誰かに撫でてもらってたとか?お母さんとか?」

「うな」

「……ま、いっか。暑くなるかもしれないから、涼しいとこにいるんだよ?水なら飲んでっていいからね」

「なー」

柚子はそう言って、本館の奥に自転車を止め、民宿の調理場の方へと入っていく。

先ほどの少女の姿はなかった。
きっとどこか、見えないところに行ったのだろう。

……まあ、いい。
流れ着いた者同士、居るも自由、居なくなるも自由。
お互い、気ままに生きていくことにしようではないか。

猫は、そう思い、岩から下りて歩んでいくのであった。

――
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...