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九話 『五人の、季節』
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「……はぁ」
終業式を終えた私は、葵とクラスで少々雑談したあとに別れ、校門まで自転車を押してきた。
私の横からはやっときた夏休みに歓喜の声をあげる下級生や今日も元気にグラウンドに向かう運動部達が居る。
一方の私は……陰鬱な気持ちで、校門から外へと出た。
「はぁ……」
もう一度溜息をつきながら、自転車のサドルに跨る。
セミの声。
灼熱の太陽。
吹きすさぶ熱風。
逃げ場のない暑さ。
今年も夏が始まったのだ。
「……暑っつい」
この暑さの中を自転車をこぎ、家に戻るのは……もはや、拷問といってもいい。
田舎の女子高生の通学路は、スポーツであり、サバイバルである。
――
陰鬱な気分は暑さのせいだけではなかった。
終業式を終え、葵と別れたあと……担任の高峰 慶子先生に廊下で呼び止められた事が、この気分の主な原因だ。
思い返すのも嫌だが……考えなくてはいけない事だ。
私は自転車で坂道を上りながら、その時の事を思い返す。
――
「やーまーがーみー」
「は、はいっ!?」
女性とは思えない恐ろしく低い高峰先生の私を呼ぶ声に、私は後ろを振り返らずに立ち止まった。
しかし、見なくてはいけない。
恐る恐る後ろを向くと……明らかに怒りの表情を私に向ける、担任の先生の姿があった。
眼鏡の奥の鋭い視線がきらりと光り……何故かにんまりと笑いながら私の方へ歩み寄ってくる。
あれは、笑顔ではない。怒りからくる、笑みなのだ。
「山賀美……とぼけて帰ろうとしても先生には分かってるぞー」
「な……なにが、でしょう……?」
「進路希望……。確かお前にはもう四回は提出するように催促したと思ったのは先生の思い違いかなぁ……?」
「い、いえ……その。 い、言われました……。正確には……五回」
「ほうぅ!?分かっていて何故職員室の先生のところに寄らずに帰路につこうとしているのかねぇ柚子くぅん……?」
「あ、ぐ……」
「出さなければ先生が忘れるとでも思ったかなぁ?ざーんねん……。もうクラスで進路希望を出してないのはお前だけだからなぁ、山賀美ィ……」
「あぐぐぐ……」
普段はフランクで生徒からも人気があり、授業は聞きやすくて好評な高峰先生だが……。
こうして明らかに私に否があって怒られる時は、滅茶苦茶に怖いのだった。
「今日は進路希望の提出と、大学・専門学校志望ならオープンキャンパス参加の日程も大体決めていってもらうからな。ほら、先生も付き合ってやるから進路指導室行くぞ」
「ひぇぇ……」
逃げられないように手を掴まれ、私は高峰先生に引っ張られていく。観念するしかなかった。
進路指導室へと歩きながら、高峰先生は私に呆れながら言う。
「それで……本当に何も考えてないのか?進路」
「あぅ……。は、はい……」
「はぁ……。お前、本当にマイペースだな……。でも実家が民宿やってるからって話は別だぞ。進路はきちっと決めてもらうからな」
「ううう……」
「実家を継ぐなら実家を継ぐでいいんだから。大事なのはハッキリ返事をする事だ。今は仮でもいいからとにかく進路を決めておけ。
進学をするのであればもう志望校のオープンキャンパスや説明会の日程を組み始めなきゃならんのだぞ」
「……そ、そうですよね」
「で、どうするんだ。とりあえず仮でいいから今先生に教えてみろ」
「……」
私は頭の中で自分の進路をグルグルと考え、少し迷いながら……高峰先生に私の考えを言った。
極力明るく、ハッキリと。
「どうしましょうね。 あははははは」
「やーまーがーみーーーー……!!」
「いたっ、せ、先生……力強い!腕力強いってば!いたたたたー!!!」
廊下を引きずられる私に、生徒達からの目線が痛いほどに突き刺さっていくのだった。
――
「……はぁ」
その後。
無事帰路につけたのは1時間後だった。
とりあえず先生は、今しなくては間に合わなくなるかもしれない『進学』に進路を絞ってくれて、私の偏差値に合った学校や得意な教科の専攻科がある大学の案内をパソコンでコピーしてくれた。
「進学するかどうかは別にして、とにかくオープンキャンパスに参加してこい。そこで興味が出るのなら大学進学を目指せ」……だ、そうだ。
大学案内のプリントを沢山出してくれて……夏休み中にもう一度大学に来て、参加する学校の日程を出せ、と。
それを条件に、私は家に帰されたのだった。
「……大学」
鞄の中に入った、沢山の案内プリントを私は思い返した。
夏の日差しが照り付ける。汗が止まらない。
タオルで額と首の汗を拭き、水筒の麦茶を喉を鳴らして飲む。
自分の、進路。
進む、道。
……そんなに簡単に決められない。
でも、決めなくてはいけない。周りの生徒達は、もうしっかりと自分の歩む道の道しるべを決めているのだ。
……家に帰って、母親と相談してみよう。
これまで何度か母とは相談したけれど……決まって母は『自分の好きなように』と私に言うのだった。
それ自体は、とても嬉しい事なのかもしれない。でも、私にとっては……道を見失う暗闇の言葉にしかならないのだ。
……誰か、母親以外に相談できる人、いないかな。
お父さんなら……何か言ってくれるのかな。
いっそ……。
……あ。
私は、一つ。
家に帰った後に待っている、一つの『イベント』を思い出したのだった。
「今日、清海ちゃんと、蜜柑が来る日だ……!」
私は、今日から家に来る二人の人物の名前を、声に出して言った。
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