民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

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九話 『五人の、季節』

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――

「……んー!」

車の後部ドアを開けて、白いワンピースの女性が出てくる。
どこまでも続く青空を、右手で日よけを作りながら見るとにっこりと嬉しそうに目を細め、その後に大きく背伸びをする。
腰まではある長いストレートの髪をふわりと揺らしながら、両手をグーにして大きく空に伸ばした。

「やっぱり民宿はいつ来ても気持ちいいですねー。空気がとても美味しく感じます」

「あはは。まぁいつも吸ってる私には分からないけど、清海きよみちゃん達はそう思うワケだ」

運転席からは民宿ヤマガミの女将、愛純が下りてきた。
空に顔を向けて目を閉じ、微笑みながら深呼吸をする清海という女性を、嬉しそうに見ている。

「ええ。全然都会の空気と違います。とても澄んでいて、安心するんです」

「そりゃ良かった。減るもんじゃないからいくらでも吸ってきなよ」

「ありがとうございます。いただきます」

お互いに冗談を言って少し笑う。

車の後部座席からは、もう一人。こちらは女性と言うより、女の子と言ったほうがいい年齢の子どもだった。
ピョン、と元気に飛び出すように地面に降りると、こちらは清海とは違いうんざりした顔で空を見上げる。

「山の上だからちょっとは涼しいかと思ったけど……むしろ太陽近いから暑く感じるなー。よくおねーちゃんそんな涼しそうな顔してられるね」

「そう?山からくる風が気持ちいいから、全然暑く感じないわよ?」

「うへー……。ボク早く涼しいトコいきたーい」

「……蜜柑みかん。くれぐれも、山賀美さん達に失礼のないようにね」

「へーい」

『ボク』と自分を呼んではいるが、声色や身体つきは女の子。
しかしショートカットの黒髪と小麦色にやけた肌は元気な男の子のようにも見える。
蜜柑みかんと呼ばれた女の子は、姉である清海とは正反対に不満げな顔を空に向けるのであった。

愛純は車後方の荷室を開けて二人に声をかける。

「ま、とにかく二人とも、荷物運んじゃいな。私も手伝うから」

「「 はーい 」」

清海は楽しそうに、蜜柑は面白くなさそうに、返事をするのだった。

――

「……あ、もう来てる! おーい!」

家へたどり着くと、既にお母さんの車から荷下ろしをしている二人の女の子を見つける。
自転車を止めて、私はその姉妹の元へ駆けていった。

「……!柚子ちゃん!久しぶり!」

私の存在に気付いた清海ちゃんは、振り返ると私の元へ近づいてきてくれる。

「清海ちゃーん!久しぶりー!」

お互いに近づくと、挨拶代わりのハグをお互いにした。

その様子を、蜜柑は呆れたように見つめる。

「……相変らず仲良しだねー、二人共」

「蜜柑も、久しぶり! なにー?蜜柑もハグしてあげよっかー?」

「遠慮しとくー。あっついし」

「わー。なんか生意気さに拍車がかかったねー」

「うるさい」

私と蜜柑の会話に、清海ちゃんがクスクスと笑った。


姉の、市川清海。 妹の、市川蜜柑。 二人は、私の従姉妹だ。
私のお母さんである愛純が二人姉妹なのだ。
姉が愛純、私……柚子と、夏と、悠のお母さん。
妹の名前は希美のぞみ。私から見ると叔母さんで……その子どもが、この二人。清海ちゃんと、蜜柑になる。
山賀美が元々の苗字で、お母さんはお父さんを婿養子という形で結婚したので苗字は変わらなかったのだが、希美叔母さんは市川さんのところに嫁いだので二人は市川姓となっている。

姉の清海ちゃんは、私と同じ高校三年生。小さい頃から仲が良くて、喧嘩もした事がない。
民宿に遊びに来てくれるのがほとんどで、年に数回、こうして会っては一緒に遊んだり買い物に行ったりしたものだ。
おっとりとした性格だが、成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能の才女。仲がいいと同時に、私の憧れの存在でもある。……同い年だけど。

妹の蜜柑は、小学六年生。
姉とは性格ががらりと変わり、こちらはまるで男の子のように元気が良く、性格もナマイキだ。
昔からなにかと私や夏に食って掛かってくるのが印象にある。特に夏とは… 色々と因縁があるのだった。
ショートカットの髪型も、『ボク』という自分の呼び方も、昔から変わっていない。身体つきは随分女の子っぽくなったけれど……まだまだ「ナマイキミカン」のままだ。

「今着いたところ?」

私は清海ちゃんから少し離れて聞いた。

「うん。叔母さんに駅まで車で迎えにきてもらって……柚子ちゃんは、今帰ってきたの?」

「あはは、そう。……あ、ごめんね!汗だくだったでしょ?」

「んーん、大丈夫。柚子ちゃんのだから平気よ」

「……どういう意味でしょうかそれは」

時折、清海ちゃんは意味深な事を言う。

お母さんは二人の荷物を車から下ろして、私達に言った。

「とにかく暑いから運んじゃおう。柚子も手伝って」

「あ、はいはーい」

「ごめんね、柚子ちゃん。帰ってきて疲れてるのに」

心配そうに言う清海ちゃんに、私は笑顔で返す。

「大丈夫!いつもの事だし」

「田舎のじょしこーせーはたくましいねー。足も随分太くなったんじゃない?柚子」

「うっさい蜜柑」

私は蜜柑の頭を、グーで軽く小突いた。

「いだっ」

――
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