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五章『ムークラウドの街の いへん』

五十五話『再会と じこしょうかい』

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――― …

「悠希! 敬一郎!」

俺は駆け寄ってくる2人に、瞳を潤ませながら同じように駆け寄った。

敬一郎は俺の頭を脇の下に挟み込んで嬉しそうにヘッドロックをして、俺の頬をぺちぺち叩いた。

「このヤロー!心配かけやがって!! 勝手に船から落ちるんじゃねえよバカヤロー!!」

笑いながら言って、敬一郎は涙を流していた。

「センパイ…! 無事で、無事で… 本当に、良かったっス…!!」
「センパイが生きてなかったら、私…ッ… ひぐぅぅ… うえぇぇ…」

嗚咽しながら、悠希も止め処なく涙を流し、その場に座り込んだ。しかし、顔は心底嬉しそうに笑っていた。

「ごめん… 悠希、敬一郎… 心配、かけて…ッ…! でも俺… 無事だったから…!!」
「2人も無事で… 本当に、良かった…!!」

イオットの村の中央広場で、俺達3人は再会を心の底から呼び合った。

死ねば終わりのゲームの中で、生きて再会を果たす事ができた。
それが、これほどまでに嬉しくて、安堵感を生むものだと初めて知った。

改めて… このゲームの中では死ねないな。俺はそう思った。


俺達の様子に、カエデも潤んだ瞳を袖で拭う。
ルーティアは俺達の様子をやれやれ、といった笑顔で眺めていた。

――― …

涙も落ち着き、俺達は村で一番大きなルーティアさんの家に通された。
村で一番大きなルーティアさんの屋敷は、ムークラウドの町長ほどの大きさはなかったが二階建てのしっかりしたレンガの家だった。

内装は少し古いが落ち着いた木の家具やシンプルな赤のカーペットが敷かれ、暖炉には暖かな炎が揺らいでいる。
暖炉近くの少し歪に傾いたテーブルに、俺とカエデ、悠希と敬一郎は座らせられる。
ルーティアさんは白のカップに、何やら不思議な香りのするお茶を4人分、運んでくれた。

「さっきはすまなかったね。ポポンの実の紅茶だよ。昔はよくあったけれど、今じゃ希少品だ。お詫びに飲んでおくれ」

ポポンの実か。確かに森で嗅いだ果実と同じ香りが湯気と一緒に漂ってくる。甘いマンゴーのような熟した香りがする。

「うわっ、コレ、砂糖入れてないんですよね!?コレだけですげー甘いっスねルーティアさん!!」

案の定、敬一郎が我先にと紅茶を飲み、はしゃいで感想を言った。相変らずだ。
その様子にルーティアは可笑しそうに笑った。

「さっきの結界で消費した魔力も、これを飲めば回復するだろうよ」

「… あの…」

俺はルーティアさんに思っていた疑問を言った。

「さっきは、どうして?悠希と敬一郎から俺のコト、聞いてなかったんですか?」

ルーティアさんは俺達4人で囲んでいる長方形のテーブルの誕生日席に座り、腕を組んだ。

「悪かったね。まあ、一つはアタシの興味本位かな。ケーイチローとユウキの仲間なら、どれくらいの強さがあるのかちょっと試してみたくってさ」
「もちろん、加減はしていたさ。ウイスプはアタシが呼び出す召喚魔法の中でも一番弱い魔法生物だ。にしても、あんな一瞬で倒されると思ってなかったけどね」

つまり、俺を2人の仲間だと分かっていた上で襲ってきたわけか。
… ケガしたらどうしよう、とか考えなかったんだろうか。

悠希が会話に割り込んできた。

「ルーティアさん、私とデブセンパイ、それから町長の執事さん3人を村で匿ってくれていて… すごく良くしてもらったんです」
「真センパイが森に落ちた後… 結局、この村の近くに魔力船も墜落しちゃって…」
「私とデブセンパイにはこの村は見えなかったんですけど、執事さんは魔力があって、この村の事も知っていたから、尋ねてみたんです」
「事情を説明したら、ルーティアさん、この家に泊まらせてくれて。…毎日、真センパイにこの通信チャット機で呼びかけていたんです」

テーブルの中央には、古い電話のような機械が置いてあった。悠希はそれを指さす。
敬一郎が、補足してくれた。

「これ、魔法機械らしいぜ。生徒会長が使ってたみたいな通信チャット能力を、相手を念じるだけで使えるんだ。しかもMP消費ナシ」

「へえ…すごいな。無料電話ってワケか」

「なんだい、デンワって」

ルーティアさんが俺の方を興味深そうに見る。俺は慌てて「気にしないでください」と付け加えて、会話を切り替えた。

「執事さんも無事だったんだな。今はどこにいるんだ?」

それにルーティアさんが答える。

「村の高台で、ムークラウドの方角を観察しているよ。ちょっとワケありでね」

… ワケあり。さっき出会った盗賊が言っていた… 街の異変と関係があるのだろうか。
俺がその疑問を聞こうとした時、悠希が今度は俺に質問をしてきた。

「で、で!! この可愛いケモミミしょーじょは誰っスか!?」

その疑問に敬一郎も椅子から立ち上がって俺に迫ってくる。

「そうだそうだ!! 俺に内緒で獣耳の、しかもロリっぽい仲間を作りおって!!事案か!?事案なのか!?」

「なんだよ事案って! 森に落ちた俺を助けてくれた、獣人けものびとの女の子だよ」

「けものびと…?」

「… あの、ボク… ハーフですけど… 一応、その…」

カエデは少々人見知りをしながらモジモジと手をすり合わせている。
上目遣いに悠希と敬一郎の方を見て、ペコリとお辞儀をした。

「あの… カエデ、といいます。マコトさんにはお世話になっていて… えと… ボク、武者修行の旅の途中で、マコトさんに同行させてもらっています」
「立派な剣士になるためにお仲間に加えていただいていて… まだまだ、修行中の身なのですが…」
「その…」
「よ、よろしくお願いします…っ!」

「… … …」
「… … …」

照れながら挨拶をするカエデに、悠希と敬一郎の動きが止まる。
カエデと同じように、相手に向かって2人とも一礼をしたあと…。

「なんスか!? 獣耳でボクっ娘でロリとか!! ファンタジー世界でなんて物件掘り当ててるんスかセンパイ!!??」

「事案だー!!事案だー!! ポリスマンー!!!」

騒ぐ2人。

「やめろ馬鹿!! ポリスマンいないからココ! っていうか俺何もやましい事してないから!!」

その2人を宥めながら、出会った経緯や、森に落ちたあと何があったのかを小一時間かけて俺は説明した。
カエデはそれを恥ずかしそうに。ルーティアさんはそれを「若いっていいねぇ」と何故かしみじみ嬉しそうに聞いていた。

――― …

「えーと… それじゃあ、今度は… ルーティアさんの事を…」

騒ぐ悠希と敬一郎にげんこつを一発ずつ入れて、俺は椅子に座り直した。
カエデの紹介が終わったところで、今度はこのイオットの村の長であるルーティアさんの事を聞くべきだと思った。

ルーティアさんは長い金色の髪を指でクルクル巻きながら、俺ににこり、と笑いかける。

「マコト、だっけね。 改めて… イオットの村へようこそ。アタシがこの村の大魔法使い、ルーティア・ガム・ルクセルだ」
「この村の細かい歴史は語る必要もないから簡単に。ムークラウドの街から出た魔法使い達が何百年前に建てた小さな村さ。それぞれ、魔法の研究や自分の生活を送る事に勤しんでいる」
「魔法を扱っているから、人目につくのは避けておきたくてね。魔力の低いものには視認できない結界を張らせてもらっているのさ」

大体はクヌギさんに聞いた通りの村というワケだな。
ルーティアさんは続けて話す。

「何日か前に、そこの2人とムークラウドの町長の執事が此処を訪ねてきてね。聞けば、魔王軍から逃げてきたって話じゃないか」
「悪いヤツらには見えなかったし、ムークラウドの町長とは面識もあったし。此処で匿っていたってワケさ。村の連中が隠れていたのも、魔王軍の追手かもしれないと警戒させてたワケだよ」

なるほど。それで…念のため俺も襲ってみたってワケだな。迷惑な話だが…まあ、理由は分かった。

「でも、アンタにウイスプをけしかけた理由はそれだけじゃないんだよ」

俺が心で思っている事に、ルーティアさんが言った。

「え…?」

「アンタも知っているかもしれないけれど… ムークラウドの街の様子が何日か前からおかしいんだ」
「聞けば、ユウキもケーイチローもそこへ向かうって話じゃないか。だから…街に向かう前に、アンタがどれだけの腕があるのか見ておきたかったんだ」

「腕…?」

ムークラウドの街に行くのに、力が必要…?
どういう事だ。門が閉ざされているという事は、何かムークラウドの『外』に異変があるという事ではないのか?


敬一郎が、真剣な眼差しで俺に言った。


「ムークラウドの街の門が、全て閉ざされている」
「でもその理由は… 街の『外』にはない。 街の『中』に理由があるみたいなんだ」

「… どういう、事だ…?」

ルーティアさんが腕を前で組んで、俺に告げた。


「ムークラウドの街中は… 尋常じゃない 『瘴気』 に包まれているんだ」

その異変の重大さを伝える、真剣な口調で。


――― …
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