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一話 灼熱の龍泉《スーパー銭湯》

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――

「……ゴクッ、ゴクッ……ッ!!」

湯上り。
ルーティアとマリルは館内入り口近くの『休憩室』と書かれたスペースに座っていた。
木製の小さなテーブルと、座布団が二つ。二人は向かいあわせで座っている。
「ちょっと待ってて」と言ってマリルが買ってきたものは……瓶の、白い牛乳だった。

のぼせるほど長くは湯に入っていないが、汗はかくもの。必然的に体内は水分を求めていく。
人によってはお茶、スポーツドリンク、炭酸飲料などこの湯上りの一杯は好みが分かれるものの……。

「どう?ルーちゃん。湯上りの牛乳は」

「……ッ!! 至福……ッ!!」

火照った身体の喉を、冷たくコクのある牛乳が流れていき、全身に広がるような感覚。
今まで飲んだどんな牛乳よりも美味かった。

「ふむぅ、ルーちゃんは湯上りは牛乳派になりそうだねぇ。コーヒー牛乳や、フルーツ牛乳なんてのもあるんだけど」

「う、飲みたい」

「はっはっは、好きになさい。今日は休日。自分の好きなように過ごすものよ」

言っているうちに、ルーティアは売店へと足を運び、フルーツ牛乳を購入するのだった。

戻ってくると、マリルの手には大きなジョッキが握られていた。
中に入るのは黄金に光り、無数の泡を中に秘める液体。

「マリル、それは……」

「ふふふふふ……アタシは、湯上りはコイツと決めているものでね。失礼しますよ、王国騎士殿」

そう言ってマリルはジョッキの底を天に向けると、その中の液体……すなわち、ビールを一気に口へ、喉へと流し込む。
駆け抜ける爽快感。凍る寸前の温度の冷たいビールが、熱い身体の中を冷やしていく。そして……。

「……ぶはァァァ~~~ッ!!うまいひぃぃぃ~~~ッ……!!」

「マリル……ビール、好きなんだな……」

一口目で、大ジョッキの半分は開けているマリル。アルコールで蕩けたマリルの表情を見て、ルーティアは少し引いた。

※ 風呂上りのアルコールの大量摂取はほどほどに!アルコール中毒に気をつけましょう。

「火照った身体にコレ以上のモノはないでしょ~。ルーちゃんはお酒はいける口かい?」

「……あまり、得意ではないな。私は多分牛乳の方が美味い」

「ま、人それぞれよね~。……んぐッ……んぐッ……」

言いながらマリルは大ジョッキのビールをどんどん身体に流し込んでいった。
ルーティアはその横で、買ってきたフルーツ牛乳の甘さに酔いしれるのであった。

――

「小さいタオルって、アレは湯上りに脱衣所に入る前に必要なのだな」

「そうそう。濡れたまま行くと脱衣所の床まで濡らしちゃうからねー。入る時のかけ湯と同じで、そこも大衆浴場のマナー」

「ふむ……。学ぶべきところはまだまだ多そうだな」

そろそろ昼になるかという、ドラゴンの湯の休憩所。
二人はテーブルでそれぞれの飲み物を片手に持ちながら雑談に興じていた。

しかし、どうしてもルーティアには聞かなければいけない事がある。
この施設を出る前に、その事をマリルに尋ねる事にした。

「それで……結局、マリルは何者なのだ?」

「ん~~?なにが?」

若干……とは言えないくらいにアルコールでマリルの顔が赤らんできた頃、ルーティアはその質問をする。

王から急に言い渡された、今日という休日。
そしてマリルという謎の女魔術師の誘いで、このスーパー銭湯『ドラゴンの湯』まできた。

風呂は、気持ち良かった。
今までに感じた事のない、湯に浸かるという幸福感と、知らないものに触れるという探検心。
今こうして飲む牛乳一つでさえ、ルーティアにとっては新鮮で、ワクワクする体験だった。

しかし、何故そうなったのか。
王は、このマリルという女性を遣わせ、何をしたかったのか。ルーティアはそれが知りたかった。

マリルは二杯目の生中ビールをちびちびと飲みながら、ルーティアに問いかけてきた。

「ルーちゃんは、今日はどうだった?楽しかった?」

「……ああ。楽しかったよ。温泉がこんなに気持ちいいものだとは、知らなかった」

「そう、その『知らなかった』。それを王様は伝えたいんだってさ」

「……?知らなかったを、伝えたい?」

マリルは机に肘を置いて、ルーティアに顔を近づけて嬉しそうに微笑んだ。

「ルーちゃんは、王国騎士団のエースの、天才剣士。我が国の防衛になくてはならない存在……。でもその前に、一人の人間であるって自覚をしてほしかったみたいよ、王様」

「一人の、人間……」

「王国の民から、騎士団や魔術団の皆から、王族でさえ、ルーちゃんに絶対的な信頼と期待をしている。ルーちゃんは、その期待に応えるのが義務だって思ってる。でしょ?」

「……ああ。その通りだ」

「そうそう、それでいいの。でもね……だからこそルーちゃんの周りの皆は、ルーちゃんの事を、心配に、大切に思ってるって事よ」

「大切、に?」

マリルの顔は酔って赤くなっているが、表情は真剣だった。

「身体も、心も。ルーちゃんが思ってる以上に傷ついてる。ルーちゃんが守っている人達は、同時にルーちゃんを守りたい……。だから今日は、しっかり休んでほしかった。そして王様は、『休む』とはどういう事かを知ってほしかったのよ」

「…………」

「日々の責任からも、重圧からも、厳しい訓練からも……全て、解放。ただただお湯と冷たい牛乳にその身を任せて、心を解放する……。こんな経験、したことなかったんでしょ?ルーちゃん」

「……正直、なかったのかもな。王のために、国のために尽くすのが、拾われた私の使命だと感じていたから」

「そう!その使命! 人の休みっていうのはね、与えられた使命を『忘れて』、使命を全うして勝ち取ってきた平和を享受するという事なのよ、ルーちゃん」

「……忘れて……平和を、享受する」

「そりゃ、国も民も大切。ルーちゃんがいなくちゃ、国は守れない。でも……だからこそ、休まなくちゃ。ルーちゃんが戦っているのは、国の平和のため。邪龍を討伐できたのも、ルーちゃんあってのもの。平和になった。だから、勝ち取ったものを、満喫しなくちゃ。それが王の願いよ」

「……!」

ルーティアには、今までに存在しなかった考え方だった。

自分が戦っているのは、王国の平和のため。それは、理解しているつもりだ。
しかし……その平和を、自分は理解していても、『感じる』事はなかったのだ。

なんのために戦っているのか。なんのために、働いているのか。
それは民が……ひいては、民の一人である自分が、安心して暮らせる世界が、そこに存在できるようにしているのだ。

だからこそ、自分が勝ち取った平和は、自分が味わってみなくては。

それを、王は伝えたかったのだ。

ルーティアという騎士を、一人の民と……娘と、認識できるように。

ルーティアの目が、涙で微かに潤んだ。

「……ありがとう、マリル」

「うんうん。今日はアタシも楽しかったよ。また次回からもよろしくね、ルーちゃん」

「ああ、次からも……。……次……?」

聞き捨てならない言葉に、ルーティアは首を傾げた。

「あの、次というのは……」

「ふふふふふ……。ここで、初めの質問に戻ろうではないか、ルーティア殿……!」

マリルは座布団から立ち上がり、手を大きく掲げ宣言する。
周りで休憩をしている温泉の客たち、そしてルーティアの視線を一斉に浴びながら、マリルは高らかに言うのだった。

「我が名はマリル・クロスフィールドッ!王国の魔術師にして……王より『休日マスター』の異名を授かりし者なり!我が使命は……王国騎士ルーティアに、『休日』の知恵と英知を授ける事であるッ!!」

…………。

シン、と周りが静まりかえる。
ルーティアも、ポカンとマリルを見ている。

スッ、とマリルは座布団に座り直し、ルーティアに向けてにっこりと微笑んだ。


「次のお休みもよろしくね♪ルーちゃん」


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