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一話 灼熱の龍泉《スーパー銭湯》
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しおりを挟む「な……なんだ、この、気持ちよさは……!」
ルーティアは、生まれて初めて味わう感覚に包まれていた。
それは、単純に湯に浸かるだけでは存在しない感覚。
外。青い空が頭の上にあるという開放感。
そこから顔を抜けていく春のやや冷たい風。
しかしその冷たい風とは対照的に、身体を暖めていく熱い温泉。
足を伸ばし、それを全身で味わう事の出来る岩風呂の広さ。
全てが、味わった事のない幸せの感覚へと繋がっていくのだった。
「いいでしょー、露天風呂。やっぱ温泉にきたからには外で入らないとねー」
マリルが湯の中をス―ッと進み、ルーティアの隣へとやってきた。
「こ、こんなにお風呂が気持ちいいものだったなんて……知らなかった」
「ルーちゃんのその感じだと、こんな風にゆっくりお湯に浸かるなんてなかったんだろうね」
「ああ……。外気を浴びながら湯に浸かるのだが、こんなにも気持ちいいなんて……!」
「ふふふ、露天、というだけではないのだよ、ルーティアくん」
師匠ぶったマリルは、少し曇った眼鏡をクイッとあげて、露天風呂の近くにある看板を指さした。
そこには、この風呂の泉質が記してある。
ルーティアは、湯船に浸かり、タオルを頭に乗せながらそれを読んだ。
「アルカリ性、単純、温泉……?」
マリルが、その効能をそれに続いて説明していった。
「単純温泉っていうのは、温泉の成分が一定量以外の温泉の事だね。要するに成分が薄い温泉って意味」
「でも、成分が薄いのでは効能も薄いのではないのか?」
「ノンノン。成分が薄いという事も温泉には大切な要素なのだよ、ルーティアくん。成分が薄い……言い方を変えれば『刺激が少ない』っていう事が単純温泉の強みよ」
「刺激……?」
「温泉初心者のルーちゃんにはぴったりの『やさしい温泉』が単純温泉。あんまり成分が強い温泉に入ると肌が刺激されちゃったり湯あたり起こす危険性もあるからね」
「ゆあたり……。ああ、風呂から上がった後のめまいとか、ああいうヤツか。経験があるな」
「基本的には熱すぎるお湯とか長風呂すると起こりやすいんだけど、成分が強い温泉でも起こる事もあるのよね。だからルーちゃんみたいに温泉に入った事のない人とか、お子様とかお年寄りにはこの単純温泉っていうのが一番オススメなワケ」
「はー……なるほど。考えているな、マリル」
「へへへ、お褒めに預かりなにより」
マリルは少し頭を掻いて照れくさそうにして、話を続けた。
「話を戻すけど、成分が薄いからって効果が無いワケじゃまったくないのよ。アルカリ性単純温泉っていうのは、一般的に『美肌』の効果があると言われているの」
「びはだ……?」
「古今東西、古くからこの単純温泉は刺激が少ないから肌に優しく、外傷なんかに効果的と言われてきたの。色んな国の兵士達の慰安に使われた事から『兵士の湯』なんて異名もあるわ」
「ほー……。それは、私にぴったりかもしれないな」
「でしょでしょ?ルーちゃんだって女の子なワケだし、肌は一応気にするワケじゃん?アタシもほら、一応……三十路が近いし、さ」
「ああ……」
あまり肌の傷などは気にした事もなかったが、確かに訓練や戦闘でついた傷は全身に多い。それが癒えるのであればそれに越したことはない、とルーティアは思った。
「最近じゃ、うつ状態とか自律神経の不安定さの回復にも効果があるなんて説もあるし。刺激が少なく、ゆったり浸かれる優しい温泉。それが単純温泉って事ね」
「ふむ……確かに。こんなに気持ちがいいとずっと浸かれていられそうだ」
効果や効能はとにかくとして、ルーティアは初めて味わうこの露天風呂の幸福感に酔いしれていた。
さっきから必死にお湯を肌に塗り込むように手を動かしているマリルとは対照的に、ルーティアは空を見上げ、心地よい風を感じている。
「湯あたりを起こしにくいとはいえ、無理な長風呂は厳禁。適度に浴びたら身体をまた冷やすのよ、ルーちゃん」
「ああ、そうだな」
「ふっふっふ。それじゃ、身体を冷やしたらルーちゃんにはもう一つ、湯を紹介してあげよう」
――
「炭酸、泉?」
その温泉の看板には、そう書いてあった。
ルーティアとマリルは中の風呂に戻り、大理石で正方形に区切られたその風呂の前に立つ。
「近年、各国で爆発的なブームとなってるのがこの炭酸泉よ。さ、まずは入ってみましょ」
マリルは浴槽内の段差を進み、ざぶざぶと奥へと入っていく。それに続いてルーティアも浴槽の中に足を進めていくが……。
「ぬるっ……」
「はっはっは。さっきの温泉と比べると確かにかなりぬるく感じるよねー」
「なんでこんなにぬるいんだ?この風呂は」
「これも色々理由はあるのよ。ここの炭酸泉は人工炭酸泉って言ってね。お湯自体は温泉じゃなくて普通のお湯なんだけど、その中に炭酸ガスを溶け込ませてるの」
「炭酸ガス。それを入れるとどうなるんだ?」
「ふふふ、ルーちゃん。自分の身体を見てみよ」
「……? ……!?な、なんだ、コレは……ッ!?」
気付けば、湯の中に入ったルーティアの身体にはびっしりと小さな泡のようなものが無数についている。
「それが、炭酸ガス。小さい気泡になって身体に張り付くの。そのガスが肌から吸収されると、内部の血管が開くようになるんだって。それで血流が良くなるのがこのお風呂の効能」
「け、血管が……!?大丈夫なのか、ソレ……!?」
「あはは、大丈夫大丈夫。そんな爆発的に広がるワケじゃないんだから。これも優しいお風呂に含まれる程度のものよ」
「そ、そうなのか……」
「血流を良くするから、動脈硬化とか高血圧に効果があるって言われてるの。んで、この炭酸ガスが湯に溶けやすい温度が37度前後って話だから、こんなにぬるめに設定してるって事」
「ほー、なるほどな」
「それ以外にも、この炭酸泉は15分以上を2、3回に分けて入浴した方が効果が高いなんていう風にも言われててね。だから長風呂出来るようにこんなにぬるめにしてるっていうのもあると思うよ」
「うむ……確かにこの温度だと、永遠に入っていられそうだな」
ルーティアとマリルは、しばらくリラックスできる姿勢を模索して、炭酸泉にじっくりと身をゆだねる。
「……なんだか、湯はぬるいんだがこう……肌が温まるというか、不思議な感じだな」
「でしょ?医療でも用いるところもあるくらい効果があるらしいしね。ふふふ……しかもコレも美肌に効果があると言われているのよ……ふふふ」
「……マリル。なんか……大変なんだな、色々」
ルーティアとマリルは体温より少し高いほどの炭酸泉にしばらく浸かり……。
その後は熱いお湯に入り、のぼせない程度に身体を暖め、このドラゴンの湯の風呂を満喫するのだった。
――
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