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三話 獣の集いし場所《動物園》
(2)
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数分。いや、数十秒だった。
あれほどいたグールの大群は、一匹残らず、地面に這いつくばっている。
ある者は、胴体を。ある者は、腕を。そしてある者は首を両断され、身体のパーツと灰に染まった魔物の血液が地面に点在していた。
「……。手ごたえもない。藁人形斬ってるほうがマシね」
リーシャは刀身の血を振り払い、腰の鞘に剣をしまう。
「あ、あ、あ……」
マグナの目には、一瞬の出来事だった。
まず、リーシャは前方に駆けだした。
彼女を捕食しようと腕を伸ばしてきた数体のグールを、流れるような動きで通り過ぎる。
通り過ぎる、その瞬間。彼女の剣は煌めくように光り、腕を、胴を、首をまるで豆腐のように断ち切っていった。
続いて、後方。鳥車とマグナに近づこうとするグールに踵を返してリーシャは近づき、大きく跳躍。
上空から一体のグールの肩に飛び乗ったかと思うと、頭に剣先を突き刺す。
グールが倒れる瞬間。頭上の彼女に襲い掛かるグールを右足で一蹴し突き飛ばし、着地。その時の低い姿勢のままよろめいたグール達の胴体を切断していく。
次々と。スローな動きのグール達はリーシャに触れることすら敵わず、一瞬で倒された。
並の剣士ではこうはいかない。360度、自分の周りに敵がいたのならばいかに素早く動けようと自分の後方の敵などには隙を見せてしまう。
リーシャ・アーレインにはその隙すらないのだった。
常に大きく動き、敵をかく乱。自分の視界に映る全ての敵の動きを的確に判断し、どう動き、どう倒していくのかを瞬時に決める。
敵の脆い部分に適格に刀身を当て、切り裂きやすい角度とスピードを常に見極めて斬撃を放つ。
その動きが、彼女には常に染み込んでおり、何も考えずとも身体が動くのだ。
その技と動きは、まさに『天才』という他なかった。
「……ふう。お疲れ様、マグナ。指示通りガアを落ち着かせていてくれて助かったわ」
ぴょん、と軽くジャンプし、リーシャは再び鳥車の中に戻る。
「と、とんでもないです……!ボクなんて何もしていないのに、リーシャ様は……!」
「何もしてくれないのが一番助かるのよ。守るべき対象が動かないでジッとしていてくれるのが重要なの。敵と味方がどの位置にいるのか判断するのが夜だと分かりづらいからね」
「そういうもの、なんですか……」
「そうなのよ。さ、城に帰りましょ。……おかげで身体がグール臭くなっちゃったし、早く帰ってシャワー浴びたいの」
「は、はい……!」
運転席の隣にどっかりと座るリーシャ。
そのリーシャを尊敬の眼差しで見つめるマグナ。
二人は再び夜道を、城に向けて進み始める。
しかしグールの襲撃を突破したリーシャの表情は、未だ先ほどみた悪夢の記憶のせいで、晴れないのであった。
(……もう一度。城に帰ったら決闘よ)
ギリ、と歯を食いしばって、彼女は夜空に向かって小さな声で呟いた。
「待っていなさい、ルーティア・フォエル……ッ!」
――
「えっくし」
「あれ、風邪?ルーちゃん」
「んー、特に引いてはいないのだがな」
ルーティアはティッシュをとり、小さく鼻をかんだ。
「なら良かった。折角明日お休みなんだから、風邪で出かけられないんじゃつまらないからねー」
マリルはホッと一息ついて、ティーカップの紅茶を啜った。
ここは、王の謁見の間。
先日の邪龍討伐戦の祝勝会のあとはこの部屋も使われず、広い大理石の部屋も静けさだけが包んでいる。
部屋の隅には小さなテーブルと椅子が数脚。大きな窓からは夜の城下町の夜景が見える、美しいテラス席があった。
夜中。そのテラス席に座っていたのは、ルーティアとマリル。そして……国王だった。
「いいなー、二人とも休みで。ワシもたまには誰かと出かけたいなー」
国王は全身灰色の寝間着に身を包み、普段の凛々しく王座に君臨する姿が想像できないほどふてくされていた。
そんな国王の姿を見て、マリルが笑う。
「たまには王様も休み入れればいいじゃないですか。自分の職務なんだから自分でスケジュール調整して」
「そうも言ってられんのよ。明日はワガカナ王国の魔物調査団と会議があるし……明後日は隣接国との首脳会談、明々後日は……はぁぁぁぁ……」
「国務にお励みになる王の姿、尊敬しております」
「ルーティアにそう言ってもらえるのは嬉しいんだけどねー……。いつか一緒に出掛けようね、マリルとルーティアとワシでさ」
「是非、そうしましょう」
夜中。
三人で暖かい紅茶を飲みながら春風の涼しいテラス席で夜景を見ながら話す国王とルーティアとマリル。『女子会』と言いたいところだが一人は六十を過ぎた翁である。
マリルに、ルーティアに休みの過ごし方を伝授して欲しいと依頼をしたのは国王であった。
今日はその進展を聞きたくて、夜中にこっそりと誰もいない謁見の間でその報告を受けるべくこの会は開かれている。
勿論これは国務とは関係なくあくまで自分の娘同然のルーティア・フォエル個人の報告なので、このように寝間着のままのんびりと国王はここにいるのだった。
報告の結果に、国王は満足していた。
成人を過ぎるまで休日というものを知らなかったルーティアが温泉に行ったり居酒屋に行ったりしていると聞き、父親のような存在の王も安心をしている。
なにより、こうして談笑をしているルーティアの顔が以前より幾分か和らいでいるように見える事が証拠だった。
「明日は、二人はどのように休みを過ごすつもりじゃ?」
王の質問にマリルは腕組みをして考える。
「んー……それがまだ決めかねてるんですよね。色々連れていきたいところはあるんですけれど、ありすぎて困っているというか」
「私は別に何処でも構わないぞ。なんなら前回の温泉でもいいし」
「あー。まあ、いいですよね、ドラゴンの湯」
国王もその言葉に満足そうに頷いた。
「うんうん。温泉、気に入ったんだね、ルーティア」
「はい。トレーニングで軋んだ身体が休まるし、なにより汗をかくのが気持ちいいです。一人でも行きたいのですが、なかなか勇気が……」
「あー。汗かくのはいいね。稽古でかく汗とはまた違うだろうし……それに、二階もあるしね」
マリルの言葉に国王もにやりと笑う。
「あー、二階ね。ワシもたまに行ってるよ」
「いいですよねー。二階。あの気持ちよさを知ったらリピートしちゃいますよねぇ……」
ふっふっふ、と笑う二人を不審に思い、ルーティアは尋ねた。
「な、なんだ?ドラゴンの湯の二階には、なにが……?」
「ふふふふ……実はね」
その時。
謁見の間の重く大きな扉が勢いよく開かれる。
三人がその方向を見ると……小さな少女が一人、シャンデリアの灯りに照らされ、そこに居た。
ツカツカと少女は謁見の間のテラス席まで歩いてきて……膝をついた。
少女は国王を。
そしてルーティアを、少しだけ睨んで……頭を下げた。
「リーシャ・アーレイン。ただいま戻りました、国王」
――
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