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三話 獣の集いし場所《動物園》

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――

「ううう……こ、怖いなぁ……」

夜の街道をガタゴトという車輪の音だけが響く。
ガア、という乗りものはこの世界での一般的な移動手段である。一般的にこの世界では『鳥車ちょうしゃ』と呼ばれる。
大型の鳥類『ガア』を使い馬車のように荷車を引かせて移動をする。ガアという生物の体調は人間より一回り大きいし、筋肉量も多くスピードを出して荷車を引くのに優れているからだ。
また鳥類であるのに夜目がきき、人間が見えない暗闇の中でも道を察知して進めることからこの世界では馬車よりもメジャーな移動手段となっていた。

ガアには道が見えても、荷車の方で手綱を引く人間にとってはランタンの灯りだけが頼りだ。一寸先の景色しか見えない、漆黒の闇。
今宵は月は見えているが、雲が厚く、多い。明るい三日月も隠れては現れ、隠れては現れを繰り返し不気味な雰囲気を醸し出している。

マグナ・マシュハートは王国騎士団所属の新米女剣士。オレンジのセミロングの髪をポニーテールにした、活発そうな女性。
18歳とまだ新人で、騎士団でも一般兵士扱い。ガアの運転などの雑務は基本的に下の立場の者がする事から今日の城への帰り道を任されている。
しかし慣れない夜の運転は彼女にとって恐怖でしかなかった。城や街の外の街道というのは、何が起こるか分からないほど暗い。
民家は基本的に集落を形成して存在しているため、少しでもその場所から離れるとあとは森と平原。最低限の整備がされている道しかないのだ。


「マグナー。城まであとどれくらい?」

荷車の奥から、少し眠そうな声がした。

「あっ、起きていたんですね、リーシャ様」

マグナは少しホッとしたように荷車の方をチラと見てまた前方に視線を戻す。

「アンタのガタガタ震える歯の音が気になって寝れないわよ。……で、城まであとどれくらいなの」

リーシャ、と呼ばれた人物はそのまま荷車を前に進み、運転席である荷車の先へと来る。手綱を握るマグナの隣に座り、肩からかけていた毛布にくるまった。

マグナと比べると、かなり背が小さい。
いや、顔つきを見るに『幼い』と言ったほうが正確であろう。

リーシャ・アーレイン。それが彼女の名前だった。

王国騎士団所属。齢は14。騎士団の中では最も若いメンバーの一人である。
茶と金の間くらいの色の美しくウェーブのかかった長い髪を二つに結わき、まだ少女といえるクリクリとした翡翠のような瞳で夜道を見つめる。

「あと少しで城下町の灯りも見えてくるかと思います。1、2時間も走れば城に到着するかと……。22時くらいになるでしょうか」

自分一人で運転するのがたまらなく心細かったマグナは、起きてきたリーシャという少女に心から安心している。
年齢はマグナの方が上なのだが、敬語を使っているところを見るに立場はリーシャの方が上らしい。

リーシャは不機嫌そうに腕組みをして、睨むように顎を引いて暗闇の街道を見つめていた。

「あーあ。あの忌まわしい研修も終わってスッキリしたわ」

「剣技習得訓練、お疲れ様でした。参考になったんじゃないですか?」

「全然。講師もわたしより実力下なんじゃない?教科書通りの技すぎて欠伸が出たわよ」

「う、そ、そうなんですか……。ボクは結構勉強になったんですけど……」

「あんなのが勉強になったんじゃまだまだね。精進しなさい」

「は、ハイ……」

王国騎士団所属の2人は、城から少し離れた別の街で剣技の修行……という名の『研修』を受けてきた帰りである。
遠征をし、朝から晩までみっちり稽古をつけたわりには講師のレベルの低さに退屈し、話など聞くふりをしていただけのリーシャ。

しかし、彼女が今、不機嫌である理由はそれだけではなかった。

「もう少し城までかかるので奥で休んでおられても大丈夫ですよ、リーシャ様」

本心では(怖いから隣にいてください)と言いたいマグナも、立場上リーシャにそう声をかける。しかしリーシャはその言葉に首を振った。

「嫌な夢見ちゃってね。寝たくないの」

「いやなゆめ……?どんな夢ですか?」

「…………」



『羨ましいな、お前の剣には才能がある。しかもまだ幼い。これからどんどん成長し続けるだろう』
『そのためには、『敗北』を知る必要がある。敗北を知れば、努力をする。強くなるためにはその才能だけでは限界がある』
『才能と、努力。その二つを両立するために……今は、負けた方がいい。そういう時だったんだ』
『強くなれよ。リーシャ・アーレイン』



「――― ッ!!」

リーシャは右手の親指と小指をこめかみに当てて顔を覆い、頭を締め付けるように力を入れる。
震えるその手で隠された顔には……怒りが滲み出ていた。

(許さない……。このわたしに対して、説教じみたことを……!)
(敗北を知れ、ですって?余裕ぶった口ぶりで……まるで勝つのが当然だったような言いぐさじゃない……!ふざけるな……!)
(城に帰ったら、もう一度……!もう一度、試合を申し込んでやる……!今度はアンタが恥を晒す番よ……ッ!!)

「……あの、リーシャ様?」

ガアの手綱を引くマグナは、心配そうにリーシャの顔を覗き込んだ。
悪夢。それは、数週間前に起こった、リーシャの『記憶』であった。その屈辱は、ここ何日かフラッシュバックしてそのたびに彼女の怒りをこみ上げさせる。

はっ、と我に返ったリーシャは、マグナに向かって苦笑してみせた。

「ごめん。なんでもないわ」

「そう、ですか……?あの、ボクで良かったらなんでも相談――」

マグナがそう言った矢先、順調に歩いていたはずのガアが急に足を止める。

「きゃあッ!?」

急ブレーキに揺れる車内。ガアはけたたましく辺りに甲高い鳴き声を響かせていた。

「ど、どうしたの急に!?なにかあったの!?」

ガアが足を止めた、その場所。
古いレンガで作られた獣道に近い街道。その道の両脇には…… 数十の、石造りの墓が佇んでいた。
雲の隙間からのぞく月明りに、その墓場が一斉に照らされる。

「……ッ!?あ、あ、あ……こ、ここって……!?」



墓の前の土が、盛り上がる。
そこから出てくるのは……灰色の、血の気のない腕。
次に出てくるのは、生気のない土を被った、顔。やせ細った、骸骨に近い、身体。

「ぐ……屍食鬼グール……!?嘘でしょ……!?」

墓から出でる数十体のグールは、生き血を、食肉を求めてガアの鳥車にゆっくりと近づく。
腐った腕を前に出し、獲物を捕らえようと腐った足を一歩、一歩とゆっくりと。
逃げ出そうにも既に此処はグールの群れの中心、墓場の真ん中に知らぬ間にきてしまったらしい。前にも、後ろにも、両脇にも、グールの群れ。
こうして夜、街道を通る旅人を襲うのがこのモンスターの習性なのだ。

「ど、ど、どうしたら……!」

慌て、泣きたくなる衝動に駆られるマグナ。ガタガタと震え、蹲ろうとする彼女に――。

リーシャ・アーレインは彼女の肩をポンと優しく叩き、鳥車から飛び出した。

「――え……!?リーシャ様ッ!?」

「そこ、動かないでいて。ガアを落ち着かせて暴れさせないように。いいわね?」

暗闇の街道に、一人足をつけたリーシャ。
その彼女に気付き、グール達は低くくぐもった歓喜の声をあげながら彼女に接近する。餌を求める、飢えた獣のように。

しかし、リーシャに恐怖は微塵もない。
腰の鞘から銀に光る剣の刀身を抜き、構える。

一瞬目を瞑り……カッ、と見開いたあと。
その表情は、怒りに満ちていた。


「ちょうどいいわ。悪夢の払拭にはね」


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