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四話 全能の要塞《ショッピングモール》
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「……ハッ、ハッ、ハッ……!」
荒い息を繰り返し、走るルーティア。
額には大量の汗が滲んでいるが、走るペースはずっと変わらない。
既に城の外周の外堀を、一時間以上は同じペースで走り込んでいる。
「ま、待ちなさいよぉぉぉ……!! ぜぇっ、ぜぇ……!!」
その後ろをついていく一人の若い……いや、幼い女性。リーシャだった。
ルーティアとは対照的に、走るペースはどんどん疲労で遅くなり、かろうじてルーティアの後を追っている状況。
それでも気力を振り絞りここまでついてきたが、そろそろ限界のようだった。
「……ふぅ。この辺までかな」
城門近くでルーティアは立ち止まり、軽く足を動かしてストレッチをしながら身体の汗を拭く。
遅れて、リーシャもそこへ到着。倒れるようにその場に座り込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「よく頑張ったな、リーシャ。私についてこれたのはお前一人だけのようだぞ」
夕暮れの城周りには、ルーティアとリーシャ以外誰もいなかった。
スタートをした時には騎士団員数人と始めたはずであったが、もう誰もルーティアのペースについていけず離脱をしたようだ。
今日の騎士団の訓練は、城外堀のマラソンを一時間。
距離は設定されておらず各々のペースを維持して走る訓練であるが、騎士団の中でルーティアについていこうとする者は誰一人としていなかった。
しかしリーシャはこれも勝負と思ったのであろう。初めからペースをルーティアに合わせて走ったが……。
一時間という時間設定が幸いし、どうにかゴールまで後を追えた。あと10分でも長ければその場に力尽きていた事であろう。
「ば、化け物かアンタは……。ぜぇ、ぜぇ……。なんであんなペースで走って、顔色一つ変えないのよ……!」
「そういうリーシャこそ、大したものじゃないか。頑張ったな」
「や、やかましい……!絶対に次は……ぜぇぜぇ……」
もはや反抗する体力もあまり残ってはおらず、悪態は荒い息に消される。
それでもルーティアは、リーシャの体力に感嘆していた。かつてマラソンでここまで自分についてこれる者はいなかった。
訓練を一緒に行ったのは初めてだが、14歳でここまで体力があるとは。口には出さずとも、少しずつ彼女を見直し、尊敬していくルーティアであった。
水筒の水を一口飲むと、ルーティアはフッ、と嬉しそうに笑い、リーシャの隣に腰掛けた。
――
「むう……」
「?どうしたのよ、ルーティア」
ルーティアは着ている黒いジャージの袖を見たり、布地を引っ張っている。その様子を気にして、ようやく息の整っていったリーシャが声をかけた。
「いや、この服も古くなってきたなと思ってな」
「アンタ訓練の時いつもそのジャージじゃん。何年着てるのよソレ」
「これは……二年くらいかな」
「随分ボロボロになってるし……脇のところとか破れかけてるわよ。買い換えた方がいいんじゃない?あ、それとその靴も。走り込みすぎて汚れてるわ」
人より激しい訓練を行っているルーティアの服や靴は、使用不可になるまでの期間が非常に短い。
そのためなるべく手軽な安物を常に買っているのだが、安物ゆえすぐにボロボロになるという悪循環に陥っている。
「ストックはまだあるが、買い替えるかな。そろそろ」
「ストック……。アンタそういえば、この前動物園行った時にもジャージで来てたわよね。何着持ってるの?」
「あと七着くらいかな」
「なんだ。まだいっぱいあるじゃないの。……ちなみに、他の服は?」
「ジャージ以外持っていないが」
「……マジで」
小洒落た事に一切興味も感心もなかった彼女の人生では、服に対して何かを意識する事などなかった。
着て、訓練が出来ればそれでいい。休むという概念が存在しなかったルーティアにとって運動着であるジャージという服はまさに最適な服であった。
「他の服も買ったほうがいいのかな」
ルーティアにそういった疑問が生じる事自体、奇跡というに近い。リーシャはその疑問を思いきり肯定した。
「いいに決まってるでしょ。ジャージ以外の服も買いにいきなさいよ」
「どこに?」
「どこに、って……。服とか買いに行った事ないの!?」
「買うぞ。武器と防具の店にこの服売ってるからな」
「それ、城の中にある装備屋でしょ……。そうじゃなくて街の衣料品店とかよ」
「ない」
「……マジで……」
常軌を逸したルーティアの私生活に、驚き、呆れるばかりの14歳のリーシャであった。
「おっ、お二人さん。丁度揃ってるね」
城の外堀に座り込む二人を発見し、近づいてきたのはマリルだった。
手にはなにやら水筒のようなものを二つ持ち、嬉しそうな表情をしている。
「なになにー?ちょっとは仲良くなったの?リッちゃーん」
マリルはリーシャの隣に座り、顔を近づける。それを心底嫌そうな顔で睨むリーシャ。
「なってない。今は反抗する体力がないだけよ」
「またまたー。二人で座って歓談なんかしちゃって。どしたのどしたの?」
「コイツの私生活の無趣味っぷりに呆れていただけよ……。で、なによその水筒」
「ああ、コレ」
話題を変えられたマリルは立ち上がり、水筒をリーシャとルーティアに手渡す。
「それ、春の新作。魔術団特製のスペシャル栄養剤よ。色々身体にいいもの入ってるから、飲んでみてね」
「…………」
二人は、水筒を開ける。
緑色のドロドロとした液体は何故か暗闇の中で淡く発光し、熱くもないのに煙が出ている。
フルーティなような、新緑のような、土のような……なんとも形容しがたい匂いも立ち込めてきた。
不審そうにルーティアは尋ねた。
「これ、誰が作ったんだ」
その質問に、マリルは自信ありげに応える。
「アタシ」
「捨てていい?」
リーシャは笑顔でそう言う。
「ちょ、ちょっと!!安全の保障はばっちりだよ!!アタシ魔法の方はからっきしだけど魔法薬の調合は得意なんだから!団長にも試飲してもらって、大丈夫だって言ってたし!」
「試飲って、いつしてもらったんだ?」
ルーティアがまた質問した。
「昨日」
「団長はどうなった?」
「別にどうにもなってないよ。……ただ、今日はおやすみしてるよ。熱が出たとかなんとかで」
「…………」
「…………」
「「 捨てていい? 」」
ルーティアとリーシャは、マリルに笑顔でそう言う。
――
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