最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。

ろうでい

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七話 英知の書斎《マンガ喫茶》

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――

カランカラン。

クルシュに続いて、恐る恐る建物の中へと入っていくルーティアとリーシャを迎えるように、入り口のドアのベルが鳴る。

全てのカーテンが閉められ、暗闇かと思われたその建物の中は、意外と明るい。
しかし、完全な灯りではない。遮られた日光の代わりに室内を照らしているのは、至るところに設置されたランタンの光だ。
魔石による魔力で発光をするランタンは、炎とは違い常に均一・均等な光で辺りを白く照らす。

そして、その灯りによって照らされているのは……。

「……なんだ、ここは……」

「これ、全部……マンガ?」

ルーティアとリーシャは驚きの溜息をつく。

本、本、本。

入り口から、奥までずっと続く本棚には、隙間なく本が収納されている。
六段の幅広の鉄製の本棚は、店の半分のスペースを埋めている。そしてその本棚は、中央から部屋の端まで並んでおり……更にその隊列は数十にも及ぶ。
つまり蔵書の数としては……想像もつかない、二人の騎士団員。恐らく千は軽く超えているだろう。いや、ひょっとしたら、数千……?
その光景にただただ驚く二人。


「いらっしゃい、クルシュくん。今日はお連れさんがいるのかい?」

入り口近くにいたカウンターには、白髪の老人が座っていた。どうやら、此処の店主のようでクルシュは顔なじみのようだ。

「はい。三人で入店をお願いしたいのです」

「珍しいねぇ。お友達かい?」

「そんなところです。あ、僕の会員カードで三人は入れますか?」

クルシュはローブのポケットから財布を取りだすと、白色のカードを抜き店主に差し出した。
店主は優しそうな顔でにっこりと微笑んで、頷く。

「大丈夫だよ。部屋はどうする?」

「オープンスペースでいいのです。空いていますか?」

「今日はお客さん少ないから、ゆっくり使えるはずだよ。ラッキーだね」

「有難いのです」


「る、ルーティア……なに話してるの、アレ。わたしさっぱり分からないんだけど」

「私に聞くな。分かるわけないだろう」

カウンターで店主と話すクルシュからやや離れた場所で、二人はひそひそと話し合う。

王国の城には図書室があり、蔵書も豊富にある。
しかし多くは戦術書や歴史書、古代文をまとめた書物や魔法指南書など難しい本が多い。
ルーティアは職務上そういった本を読む機会もあったが、リーシャに至ってはまともに図書室に滞在した事すらない。

本がたくさん並んでいる。その光景は見た事はあったが。

まさか、この場所にあるのが全て『マンガ』だとは……二人には信じられなかった。


マンガ。クルシュは言っていた。ここは『マンガ』喫茶である、と。

その存在自体は二人とも知っている。
学術書などとは違い、絵に台詞を乗せた読みやすい、娯楽をメインにした書物だという事。
これは先ほどの例とは逆に、リーシャは興味のあるテーマのマンガは何十冊か所持しており、部屋の本棚に置いてある。
しかしルーティアに関しては「そういうものがある」程度の知識しかなく、実際に見るのは初めてだった。

そのマンガが今。自分の前に、いきなり数千の軍になって現れたのだ。


「お二人とも」

「うおっ」

「ひゃっ!?」

店内をグルグルと見回す二人に、いつの間にかカウンターから戻ってきたクルシュが声をかけてきた。どうやら店主との会話が終わったらしい。

「さ、これで入店オッケーです。まずは座る場所へ行きましょう」

「座る、場所……?」

「僕たちが滞在するスペースなのです。仕切りのある部屋や大人数の個室もあるのですが、今日は長時間滞在しませんしオープンスペースにしました。こっちです」

その言葉も理解できないまま、説明を終えたクルシュはすたすたと店の奥の方へ進んでいく。
再び二人は、慌ててクルシュの後ろへついていった。


――


「さ、この三席です。どうぞお好きな場所へ座ってください」

クルシュが案内した場所は、本棚のスペースよりはややランタンの光が明るい場所。
長方形の形に区切られた場所には、壁に向かって長い机が備え付けてある。机にはリラックスして座れるチェアが備え付けてあり、左右の壁に向けてそれぞれ5つずつ、計10脚の椅子が並べられていた。
その中からクルシュは3つを指し示すと、自分は一番奥側の椅子の前へと来る。

「じゃ、じゃあわたしはここで……」

「私は……ここかな」

訳も分からぬまま、リーシャは一番本棚に近い椅子を。ルーティアは、クルシュとリーシャの椅子の真ん中の椅子を指さす。


「それでは、あとはご自由に」

「ご自由に……?どうすればいいんだ?」

自由の過ごし方が分からないルーティアは、クルシュに聞く。クルシュはにっこりと微笑んだ。

「言葉通りなのです。本を読むも良し、飲み物を飲むも良し。好きに時間を使うのです」

「飲み物……?飲み物がどこかにあるの?」

リーシャはキョロキョロと辺りを見回した。
「あ」とクルシュは気付いたように手を叩く。

「説明し忘れたのです。お二人はドリンクバーは初めて……ですよね。これは、僕が説明するのです」

「どりんく、ばー?」

聞き慣れない言葉に、ルーティアは首を捻った。


「ドリンクバー。……この場所の飲み物は……『いくらでも』飲んでいいのです……!」


「なん……だと……」


その事実に、ルーティアとリーシャは、驚愕した。

――

「すごい……オレンジジュースに、アップルジュース……!うわ、メロンソーダ……!これ、全部好きに飲んでいいの……?」

「はい。好きに飲むといいのです。お金は時間で清算するので、ドリンクの料金もそれに含まれています」

リーシャの目が輝く。

店内の端のコーナーには、奇妙な機械が数台並んでいた。
マシンには飲み物の写真が貼ってあり、その写真の部分はボタンになっている。
それを押す事でマシンの下部から写真の通りの飲み物がコップに注がれる仕組みとなっており、その種類は数十にもなる。

「魔力式飲料抽出器。マシン内部のタンクから、ボタンを押す事で魔石の力で氷魔法が発動。常に冷え冷えのドリンクが抽出される……魔法科学の英知の結晶なのです」

「こんな庶民的なところにも魔法科学が生きているんだな」

ルーティアは関心した。

「わ。あったかいのもあるし……!あ、わたしココアにする!……えい」

リーシャがボタンを押すと、マシンから湯気が出て暖かいココアがカップに抽出されていく。匂いから甘さが伝わるような、良い香りが漂った。

「じゃあ私はメロンソーダにしよう」

「相変わらず子ども舌ねー、アンタ。紅茶とかコーヒーにしなさいよ、20代」

「ココア飲んでるお前に言われたくない」

口喧嘩を始めそうになる二人を、咳払いで制するクルシュ。


「ここは、マンガ喫茶。こういう形で飲み物を飲むのは喫茶店ですが、基本的にこの場所はマンガを静かに嗜みたいという人が来店する場所だという事をお忘れないようにしてほしいのです」

「あ……なるほど」

「むう」

つまりは、単なる喫茶店ではなく、過ごし方としては図書館のように静かに本を読む形になるという事らしい。
慌てて口に手を当てるリーシャと、納得するルーティア。

その意図に気付いてくれた二人に、クルシュはまた、にっこりと微笑んだ。


「さあ、それでは。お二人とも、ご自分の好きなマンガを手に取って…… 心行くまで、読みふけるといいのです」

――
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