最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。

ろうでい

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七話 英知の書斎《マンガ喫茶》

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――

それから少しして、クルシュ達はマンガ喫茶を退店。
一日入り浸る事も珍しくはないというクルシュであったが、ルーティア達がいる手前、今日は昼過ぎに切り上げる事に決めていたのだという。

むしろ、後ろ髪を引かれていたのはルーティアとリーシャの二人であった。
ルーティアの読んでいたマンガはツンツン頭の少年が長い修行を終え、宿敵と武闘大会で決着をつけるシーンで終了。
リーシャの読んでいたマンガはついに主人公が成人を迎え、家業の獣医を継ぐかどうかという決断のシーンで終了。
二人共、最も続きが気になるシーンで無理矢理退店をさせられたという結末に終わった。

「も、もうちょっとだけ……あと一冊だけ、読ませてくれないかクルシュ。そうすれば帰るから……!!」

「ああああ……。次の巻でいよいよ主人公がお医者さんになる話が出てくるのよぉぉ……。お願いだから読ませてクルシュぅぅ……」

泣きそうな勢いで懇願する騎士二人に、魔法使いの少年は首を横に振った。

「あと一冊、あと一冊が永遠に続く……それがこのマンガ喫茶の魔力なのです。潔く撤退し、次回の楽しみに回す事もこの店を楽しむ秘訣なのです」

「「そんなぁぁぁ……!!」」

慈悲なき少年の言葉に、二人は悲痛な声をあげた。

店のカウンターへと向かい、退店処理に向かおうとするクルシュは、くるっと振り返って二人に微笑んで呟く。


「思い出させてあげるのです。お二人は、何故僕とこの店に入ったのでしたか?」

「「…………」」

もはや、その理由すら失っていた二人は、ハッと我に帰るのだった。


――


「マンガをたくさん読んだあとのご飯は格別なのです」

クルシュ達は、マンガ喫茶の隣にあるレストランへと足を運んだ。

城下町では、何店か同じ看板を見かけるいわゆる『チェーン店』。
暖簾分けをして同じメニューを同じ値段に設定する事で、食材の安定供給やコストの低減を図り、顧客には『いつものメニュー』を安心して頼めるというタイプの店だった。

高級レストランのような豪勢な料理や、舌を躍らせる味は無い。
だが大人から子どもまで安心して注文し食事が出来るメニューは、どこか心を落ち着かせる美味しさがあった。

クルシュは焼き魚定食。リーシャはミートペンネグラタンなどの乗ったワンプレーとランチ。
ルーティアはすっかり空っぽになった腹を、ショッピングモールで食べ損ねたペペロンチーノとミートソーススパゲティの二皿を注文。しかも、大盛。
慣れない読書で空腹が加速したと彼女は言い、リーシャとクルシュの二人はただただその食欲に呆れていた。


食事もあらかた終わり、食後の紅茶を飲んでいた頃。

忘れていた事を、リーシャは思い出してクルシュに伝える事にした。

「お姉ちゃんが心配してたわよ。休みの日に怪しい施設に出入りしているって」

「それで今回、お二人が僕の後をつけてきたんでしたね。なんだか目的がぐちゃぐちゃになっている気がしますけど」

「う」

痛い所を突かれるリーシャは、テーブルに突っ伏す。
少し勝ち誇ったように微笑んで紅茶を啜るクルシュだが、カップを置く時には少し悲しそうな表情になるのだった。

「……。おねえは、僕の事を心配しすぎなのです」

「マグナが?心配なのは当たり前だろう。姉と弟、二人で暮らしているのだから」

そう言ったのはルーティアだった。しかしクルシュは、その言葉を否定する。

「おねえは王国騎士団員。それになにより、18歳の一人の女の子なのです。それを、あの人は理解していないのです」

「……?どういう事だ?」

「…………。剣の稽古。騎士団の職務。それ以外にも、お買い物に行ったり、オシャレをしたり、友達と過ごしたり……その……誰かと、恋に落ちたり。18歳であれば、そういうコトを謳歌していくべきなのです」

最後の言葉は、クルシュは言いづらそうにしていた。そのまま言葉を続ける。

「僕がお家にいると、おねえはいつも僕の世話をするのです。丁寧にお昼を作ってくれたり、部屋を掃除してくれたり、一緒に買い物に誘ってくれたり……」

「……なるほどねえ。マグナがクルシュに時間を割きっぱなしなのを、弟の方も心配してたってワケね」

リーシャは腕組みをして頷いて納得した。

お互いに、心配をかけあっていたという事だったのだ。

マグナは、12歳にして魔術団の筆頭となりえる存在の弟の身の回りの世話をしたり気遣ったりと、弟のために生きていた。
クルシュは、そんな姉の様子が心配。自分にかけている時間を少しでも自分に向けられるようにと、休日はマンガ喫茶に入り浸って離れるようにしていた。
そして、そんな弟の様子が、姉は心配になり……。

それは、互いが互いを大切にしているからこそ起きるすれ違い。

自分より大切な存在がいる。でも、自分を大切にしてほしい。

その思いが、交差しているだけの些細な事だった。



「杞憂だったにしろ、どうにか解決させないとねぇ。この問題」

リーシャは天を仰いで難しい顔をした。
心配するな、と言ってもマグナのあの性格の事だ。余計に弟の事を心配するし……それでも、強くは出られないだろう。
マンガ喫茶に入り浸るクルシュを止めようとはしないが、内心は気が気ではない……そんな毎日を過ごしそうな気がする。

しかし、ルーティアは何故か自信ありげな笑顔でクルシュを見ていた。

そして、はっきりとこう告げる。

「クルシュ。次の休みは、私達とピクニックに行くぞ」

「…………え?」

虚を衝かれた様子のクルシュ。

「マグナは、アウトドアが趣味でな。この間、そこで会話をしていた時聞いたんだ。『弟も誘いたい』って」

「……僕を、ですか?」

「ああ。でも、クルシュが嫌がるかもしれないからなかなか誘えないと困っていてな。それで、もし機会があればクルシュも含めた私達でピクニックをしないかという話をしていたんだ」

「…………」

「クルシュは、嫌か?サンドイッチを持って、公園でピクニック」

「…………僕は……。……行って、みたいのです」

「そうか」

恥ずかしそうにしているが、初めて見る、クルシュの少年らしい表情だった。

「おねえが、いつもどんな風にピクニックをしているのか。どんな風にルーティアさん達とお休みを過ごしていたのか。……少しだけ、知りたいのです」

「うむ。それじゃあ、決定だな。次の休みはピクニックだな、リーシャ」

隣に座るリーシャの肩をポンと叩く。リーシャは頬杖をつきながら、溜息混じりに微笑んで、頷いた。


「それで、次の次の休みだ。その時は、全員でマンガ喫茶に行くぞ」

「え。ぜ、全員で、ですか……?」

「クルシュのカードがあれば連れは入れるのだろう?だったら、全員だ。マグナもクルシュがいつも過ごしている店が気になるだろうし、私達はマンガの続きが読めるし、一石二鳥じゃないか」

「そ、それはそうですけど……」

ルーティアはフッと笑い、話を続けた。

「マグナも、クルシュも。お互いが心配をかけあうのは大切な事だし、いい姉と弟だ。しかし、二人には取り払わない壁がある。『遠慮』という壁だ」

「遠慮……」

「相手がどう思うか。嫌な気持ちにならないか。邪魔にならないか。それをお互いに気をつけているうちに、二人の間に壁ができてしまったのだ。本当は、そんな壁は全く必要ないくらい仲の良い姉弟なのにな」

「……そう、なのでしょうか」

「ああ。だから、私達でその壁を取り払おう。一度、『相手がどう思うか』を取り払って、お互いのフィールドで休みを過ごしてみようじゃないか。そうすれば、そんな壁は吹き飛ぶ。……クルシュが、その壁を取り払いたいのかどうかにもよるがな」

ルーティアはクルシュの顔を微笑みながら見て、尋ねるように言う。

クルシュは少しだけ言葉に詰まるが…… すぅ、と深呼吸を一つすると、ルーティアと同じように、微笑んで返答をするのだった。


「僕も、皆さんと……おねえと、休みの日を過ごしてみたいのです。どんな事が待っているのか、どんな事に出会えるのか、非常に興味深いのです」


「決まりだな、リーシャ」

「オッケー。次の休み、合わせられるように調整しておこうね。クルシュ♪」

ルーティアとリーシャは、クルシュに見えないようにテーブルの下で拳と拳でタッチをした。

そしてルーティアは、宣言するように二人に告げる。


「それじゃあ、全員……五人で、ピクニックだ!楽しみにしておこう!」


――


「えっくし!!」

くしゃみをしたマリルは、ティッシュを取って鼻をずずず、とかんだ。

魔術団の詰所。
溜めに溜めた事務書類の山に机から向き合う彼女は、窓の外を見た。

「……ぬう、誰かがアタシの噂をしているな。ふふふふ……」

書類仕事の山に現実逃避気味の魔法使いは、そう言って眼鏡を太陽に光らせるのだった。


――
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