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特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》

一日目(1)

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――


「ふあ~あ……」

大欠伸をするマリルとリーシャは、既にガアの待つ鳥車の中に居た。
眠そうな顔をする二人はぼんやりとガア側の入り口から城の方を見ている。

時刻は、朝の四時。


リーシャが旅立ちの決意をしてから、数週間が経った。

出発の手筈は滞りなく進み、ルーティア・フォエル、リーシャ・アーレイン、マリル・クロスフィールドの三名はフォッカウィドー国への交流試合に出発する事となり、双方の国での合意がなされた。

フォッカウィドー国の城に到着するのは、三日後。

まず一日目の今日は、港のあるガニータ国への移動が主となる。
魔導フェリーの出港時刻は正午12:00。
前乗りしてガニータ国へ入国しても良かったのだが、ギリギリまで王国騎士団で職務を行いたいというルーティアとリーシャの希望もあり、出発はこの日の早朝となった。


春から夏になろうとする時期の朝はまだ薄暗く、夜の香りを残している。


鳥車から離れたルーティア。
旅立つ三人を見送りに来ていたのは国王、マグナ、そしてクルシュ・マシュハートの三名であった。


クルシュはルーティアに近づくと、彼女の手に麻で出来た小袋を渡した。
受け取ったルーティアの耳にチャラ、と金属が擦れるような音が聞こえる。少しの重さも感じた。

「これは?」

ルーティアが質問すると、クルシュは上目遣いに微笑む。

「あちらの国王に魔法道具を依頼されていたのです。試作品ですが、国王に渡しておいてください」

「ふむ、了解した。しかし、どんな魔法道具なんだ?」

「秘密なのです。……ああ、そうそう。それで思い出したのですがルーティアさんとリーシャさん、昨日渡した『魔装具』はしっかりと持っていただけましたか?」

クルシュに言われ、ルーティアは腰につけたサイドポケットから魔装具を取り出す。
リーシャも鳥車の中から、手に持った魔装具を寝ぼけながらアピール。青く光る宝石のついた腕輪が、キラリと光った。

以前テストに付き合わされて散散な目に合った、クルシュ謹製の魔法道具。
昨日改めて改良をしたというテスト品を旅に持参して欲しいと渡されたものだった。

二人の持った魔装具を見て、クルシュは満足そうに頷いた。

「よろしいのです。決して旅の途中でなくさないようにしてくださいね」

「ああ。だがどうして、旅にテスト中の魔装具を持っていくんだ?クルシュ」

「もしも危ない事があった時用、といいますか、なんといいますか」

「……?ガニータ国の港までの道は整備されているし、魔導フェリーの海路だって魔物が出るような場所ではないぞ。危ない事なんてあるのか?」

「万が一、です。……それに、旅の道だけが安全だとは、限りませんので」

「……??」

意味深な言葉を言うクルシュに、ルーティアは首を傾げるしかなかった。


「リーシャ様っ、ルーティアさん、マリルさん!あの、気をつけていってきてくださいねっ」

鳥車に近づいていくマグナに、その中で毛布をかけ寝ぼけたままのリーシャが目を閉じながら右手をあげて返事をした。

「まかせときなさいー。しっかりわたしのなをふぉっかうぃどーにとどろかせてくるんらからー」

「はいっ!頑張ってきてくださいっ!リーシャ様!」

「まぐなー。あんたもしっかりするろろー。わたしのいないあいだのきしだんをひっぱるろろー」

「勿論です!ボク、頑張ります!」

「あはは……。よく会話通じるね、マグナちゃんとリッちゃん」

毛布を被りながら眠そうな顔をしているマリルだが、流石にリーシャよりは覚醒をしているようだった。二人の様子を見て思わず笑っている。


一方で鳥車の外にいるルーティアは、国王の前に立って一礼をする。

「それでは、行って参ります、国王」

ルーティアの言葉にうむ、と王様らしく胸を張る国王。

「出迎えの人間がワシらだけですまないな。一応騎士団の重要人物がしばらく離れる、という事は極秘にしておきたいのだ。魔族や敵国に知れるとまずいのでな」

「ええ。お気になさらないでください」

「我が国の騎士団の力、しっかりと見せてきてくれ、ルーティア。そして何より、安心して楽しんで参れ。十日間はしっかりと優秀な騎士団と戦士団、魔術団が国を守ってみせる」

「はい。お願いします、国王。……それでは」

「忘れ物はないな。渡した旅の資金も財布にしっかりしまったであろうな」

「はい。ありがとうございます」

「着替えとかも、大丈夫であろうな。あとあちらの国王に渡すお土産の饅頭の袋とか、しっかり車の中に入っているであろうな」

「大丈夫です」

「フェリーの券も持ったな。アレがないと船に乗れないし帰れないからな。往復分確認しておくんじゃぞ」

「はい、あの」

「道中でお腹とかすかないかな?なんならワシ、急いでおにぎりでも握ってくるけど」

「……あの、そろそろ出発しないと、船の時間が……」

「……すまん、ルーティア。なんか娘が旅立つようでつい、不安になってしまって……」

心配そうな国王の顔。自慢の長い髭がなんだかしゅん、と萎れているようだった。

ルーティアは顔を上げ、凛々しく笑顔を見せた。


「大丈夫です。ルーティア・フォエル、リーシャ・アーレイン、マリル・クロスフィールド……必ず無事に、十日後にこの国に戻ってきます。
それまでの間、どうか国をよろしくお願いします、国王。必ずやあちらの国での交流試合、成功させて参ります」

力強く断言するルーティアに、国王、マグナ、クルシュも安心したように微笑んだ。


鳥車に乗り込み運転席に座るルーティアに、国王は一歩近づいて宣言する。


「それでは三名とも!良い旅をしてくるがよい!よいな!必ず無事に戻るのじゃぞっ!!」


「はい!それでは、行ってまいります!」


ルーティアがガアの手綱を引くと、ガアは勢いよく身体を反転させ、走りだす。

土煙をあげて走る鳥車は、どんどんとオキト城を離れていき……やがて、見えなくなった。


「……行っちゃいましたね、国王」

マグナが国王に言うと、国王もこくり、と頷いた。

「さ、ワシらも張り切らないとね。……でもその前に、もうひと眠りしよっかな」


朝日が、徐々に城の外壁を照らしていく。

きっとその光は、ルーティア達の乗る鳥車にも差し込んでいる事だろう。

国王達は、思いをはせながら城へと戻っていくのだった。



――



「それで……このあとの行程は?」


朝7時半。
三人は一旦、朝食をとることにした。

道沿いにぽつりと佇む店の扱う食べ物は、ハンバーガー。
車に揺られる事にも少し疲れてきたくらいの時間だったので、三人はドライブスルーではなく店で食べる事にした。

リーシャとマリルはベーシックな朝用のベーコンや卵の入ったハンバーガーを一つ。
ルーティアはガッツリと肉の入ったバーガーにハッシュドポテト、アップルパイまで注文していた。
もはや彼女の食欲にツッコむ人間もこのメンバーにはおらず、リーシャは呆れながらルーティアの食べる様子を見つめ、マリルにこの後の行程を聞く。
マリルはもはやルーティアは半ば無視しながら手に持った地図をテーブルに広げリーシャと会話をする。

「もうすぐマーグン国とガニータ国の境目のトンネルに入るわね。大分長いトンネルになるけれど、それを抜ければ目的のガニータ国よ」

「船の出港って正午の12時ちょうどなんでしょ?大分早くない?」

「ガニータ国も結構広い国だからねー。入国しても港までは結構距離があるのよ。……と、いっても10時ちょっと過ぎに到着予定かな。当初の予定通りだけどね」

「二時間近く早いじゃない。着いて何してろっていうのよ」

「ちっちっち」

マリルは「甘いわね」というニヤニヤした笑いを浮かべ、人差し指を振った。

「交通機関を利用する場合は早いに越した事はないのよ、リッちゃん。それに、フェリーなら余計に早くなくちゃいけないの」

「どうして」

「今回私達が乗る魔導フェリーには、ガアちゃんも一緒に積み込む事になってるの。その作業がまず一時間前くらいから始まるから、その前に乗船の手続きをしなくちゃいけない。
飛行船やフェリーなどの移動手段は、30分前でも「遅い」なんて事ざらにあるんだから。今回はまず、一時間半前には港のフェリー乗り場につきたいところね」

「……ふうん。そういうものなの」

「そういうものなの。勉強になるでしょー、リッちゃん」

感心したような真顔で、リーシャはマリルを見ながら甘くて暖かいココアを啜った。

「ふう、食べた食べた」

あらかた料理をたいらげると、ルーティアは一息ついて野菜ジュースでそれを流し込む。

「ルーちゃん、栄養補給終わったかな?」

「ああ。美味かった。早起きをするといつも以上に腹が減るからな、しっかり蓄えておかないと」

「なにに備えて蓄えるのよ。第一、そんだけ食べてアンタお昼ご飯とか食べられるの?」

「多分」

「……頼もしいことで」

薄笑いを浮かべるリーシャ。

慣れた様子のマリルは、外のガアを見ながらルーティアに聞く。

「ルーちゃん、そろそろ運転変わろうか?ここまでずっと運転してくれてたし」

「いいのか?マリル。ガアの運転した事あるのか?」

「……あはは、免許だけ、って感じ。かなり久しぶりだけど、まあ慣れておかないといけないだろうし。フォッカウィドーでもルーちゃんだけに運転させるわけにいかないしね」

苦笑いをするマリルに、リーシャが頬づえをつきながら呆れたように言う。

「わたしとルーティアの交流試合の付き添いなんだから、ガアの運転くらいしてもらわないと困るわよねぇ。魔法使いサマには」

「うぐ」

痛い所を突かれてマリルは胸をおさえる。

「だ、だから今のうちに運転慣れておきたいんだってばぁ。この先はトンネルで一本道だし、慣れるにはいいだろうしさ」

「運転ミスって故障しただの、ガアをケガさせただのは勘弁してくれよ、マリル。港に間に合わなければチケットもパーになるし」

「うぐぐ」

ルーティアにも真顔でプレッシャーをかけられ、胸をおさえて机に突っ伏すマリル。


「と……とにかくっ。安全第一、無事故無違反でしっかり港まで行くからっ!大船に乗ったつもりでいなさいよっ、ルーちゃんリッちゃん!」


「「 ………… 」」


立ち上がって熱弁をふるうマリルに、飲み物を飲みながら疑いの眼差しを向ける、騎士二人。


――


ガニータ国へ入国したのは、国境であるトンネルを抜けた時間となる八時となった。
そして港までさらにガアを走らせ、時刻は十時。ようやく三人の目の前には、海が見えてきた。

「よーし、いいぞー!ガアの運転もだいぶ慣れてきたでしょー、ルーちゃんリッちゃん!」

眩しい笑顔を見せる運転席のマリルとは対照的に、鳥車の中のルーティアとリーシャの顔は暗い。

「……死ぬかと思った……」

「慣れてきた、って既に二時間近く運転しているから慣れてもらわないと困るぞマリル」

荒い運転だった。

並走する別のガアを全く見ずに車線を変更させたり、危うく全く別のルートに分かれ道を進みそうになったりと、後ろに乗る二人は気が気ではなく、全く休めなかった。
久しぶりの運転というマリルの言葉に嘘偽りはなく、運転自体は出来るものの細かい注意点が全く身についていない、ペーパードライバーらしいガアの運転が二時間続き……ようやく、港への看板が見えてくる。

「あ、あははは……ごめんごめん。でもこれでフォッカウィドーに着いてもアタシが運転できるから、安心してよー!」

「……ルーティア。アンタあっちでもなるべく運転してね、悪いけど」

「自分で運転していた方が身体が休められるからな」

なるべくマリルを傷つけないように、鳥車の二人はこっそりと会話をする。



そして三十分後の、十時半。

三人はついに、『魔導フェリー発着場』に到着をする。



「ついたー!!」

鳥車に揺られて六時間と少し。
すっかりなまった身体を早く動かしたくて、リーシャは車から飛び出す。

「おおっ!」

そして目の前に広がるのは、広大な海。
その海に浮かぶは、巨大な船。

小さな要塞ほどあるその船は、目の前に壁のようにそびえ立ち、出向の時を今か今かと待ち構えていた。

「これが魔導フェリー!……こ、こんな大きなものが海を進むっていうの?」

眼前に広がる船体を見上げるリーシャに続いて、荷物をまとめたマリルとルーティアが車から降りた。

ガイドブックを見ながら、マリルが説明をする。

「全長200m。最大積載量1万トン。航海速度25ノット。動力は魔力を含む魔法石を動力窯にくべ船体下のスクリューを動かしその反動で進む。
風がなくとも、逆流でも全く同じ速度で進む事が出来るという魔法科学の粋を集めて作られた夢の船よ」

「はー……。ねえねえマリル。『ノット』ってなに?」

リーシャの質問にマリルは「待ってました」と質問に答える。

「船のスピードを表すのに用いる単位よ。一時間に一海里進む速さの事で、時速に換算するとざっと1.8km/hね」

「1.8キロ……えーと、ガアの歴代最高速度が100キロくらいでしょ?今回オキト国からガニータまで大体ガアが70キロくらいで飛ばしてきたから……」

指で計算しようとするリーシャに、ルーティアが腕組みをして魔導フェリーを見上げながら言う。

「およそ45キロというところだな。ガアより遅いが、フォッカウィドーまで陸路を揺られ危険地帯を抜けていくより快適に移動できるだろう」

「そういうことー。……嗚呼、魔法使いとしてこの魔法科学の結晶の船に乗れる事をどれだけ夢みた事か……うふふふふ」

目を輝かせながら大きな船体を見上げるマリル。


船の浮かぶ海。
そしてその海の前には乗船口となる大きな建物がある。
『魔導フェリー運営航行会社』と書かれた白く巨大な建物の二階からは、桟橋のように細長い通路が伸びて船体に繋がっている。
どうやらあそこから乗船を行うようだ。

同時に、今ルーティア達のいるレンガ造りの地面の港からは橋がかかり、巨大な船体の下部に開いた入り口に繋がっている。

興味深そうに見ているルーティアに、マリルが補足をする。

「下の方の入り口から船に乗せるのはガアね。あそこからガア専用のスペースになっていて、乗客とは別の場所で目的地まで運ぶらしいわ」

「その間はどうするんだ?」

「ガア専用のスペースは一種の牧場みたいになっているみたい。草が敷き詰められていて安全だし、魔導フェリー自体もあまり揺れないからガアも安心して一緒に乗れるらしいわ。食事やトイレの管理もしてくれるみたい」

「ほー、至れり尽くせりだ。……良かったな」

ルーティアは自分をここまで乗せてきてくれた白く大きなガアの頭を優しく撫でた。
「クエエ」と気持ちよさそうな声を出して、ガアはルーティアの頬に頭を擦り付ける。


「それじゃ、乗船の手続きをしてきましょうか。ガアは一旦ここに止めておいて、とりあえずあの建物へ。
乗船時間になったら運転手が一人、ガアを船体の下部まで運転していって、指定されたスペースにガアを入れたら船の上まで階段で上がってくるらしいわ。
運転手以外の乗客は建物の方から桟橋で乗船するらしいから……一旦分かれる事になるわね」

「なるほどな。それじゃあ、ガアは私が運転して乗せよう」

「えー、いいの?ルーちゃん」

「……アンタに任せたらガアが海に落ちちゃうかもしれないからね……」

ボソッと言うリーシャに、「なにか言った?」と聞くマリル。リーシャは優しく首を振った。

ルーティアはガアの運転席に再び乗って二人に聞く。

「それじゃあ、船内で合流する事になるな。どの辺に集まる?」

「多分アタシ達の方が先に乗船する事になるから、ルーちゃんの上ってくる階段の近くにいるよ。えーと……吹き抜けのエントランスがあるから、その辺りで待ってるね」

マリルの言葉に、リーシャが首を傾げた。

「……吹き抜け?船の中に階層があるってコト?何階建てなのよ、この船」

マリルは「驚くなかれ」と眼鏡をくい、と指で持ち上げて告げた。


「六階建てよ。中にレストランや売店、遊ぶスペースまで完備された豪華フェリー……それこそがこの夢の船、魔導フェリーなのよ……!」


「「 …… マジで…… 」」

ルーティアとリーシャは、目を点にして改めて巨大な船を見上げた。



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