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特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》

前日(2)

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――


「……10日間の交流試合兼旅行、か」

ルーティアはひらひらと手に持ったフェリー乗船券を天井に掲げながら見つめた。

ここは、城内の食堂。
昼時ともなると城内の兵士や騎士でごった返す場所だが、15時を過ぎれば人入りも落ち着いてくる。
食事は常に決まったメニュー数パターンから選ぶ形式で栄養食に近い味気のない物が多いのだが、昼食時間を過ぎれば食堂はカフェスペースへと移行。
城内で働く者であればコーヒーや紅茶を無料で飲め、更に格安の料金でケーキやプリンなどといったおやつスイーツも注文できる。
忙しく働く部署も多いのでこのシステムを使う者は限られてはいるがスイーツの味は評判がよく、隠れた人気スポットとなっているのだった。

ルーティア、マリル、リーシャの三人はその食堂で、相談をする事にした。
紅茶は先ほど既に飲んだので、マリルはコーヒー、ルーティアとリーシャは甘いココアを注文。隣には本日のスイーツである特製のロールケーキが並べられていた。

「どう思うの?ルーちゃんとリッちゃんは」

既に船旅に行く気満々のマリルは、うきうきとした顔で二人に聞く。

リーシャの表情は、険しい。

「最北端にある大陸に、船で行くワケでしょ。そう簡単に決められないわよ。わたし旅行だってほとんどしたコトないのに」

「大丈夫大丈夫。ちょっと遠出するくらいの感覚で行けば平気だって」

「マリル、あんたねぇ……。一泊二日くらいの研修ならわたしだって経験あるけど、10日間よ?城からそんなに長い期間離れたコトないんだから」

「うーん、まあ不安といえば不安かぁ」

「怖がってるワケじゃないからそこは勘違いしないで。……この国に、何かがあったら、っていう心配があるの」


リーシャの気持ちは、ルーティアにもなんとなく理解できる。

リーシャは、城下町にあるアーレイン家の一人娘だ。
特に剣の名門の家柄や由緒正しい貴族の家柄というわけではなく、ごくごく普通の市民の家庭。両親も健在である。
だがなんの突然変異か、リーシャは6歳になる頃には城下町のちびっこ剣術大会で優勝。12歳の大柄な男の子を滅多打ちにして優勝したのだという。
リーシャ自身が小さい頃から既に勝気な性格で、本人の希望もありなんとなくの気持ちで剣術道場に通わせていたのだが一気に才能が開花した結果だった。

その才能は王国の目にも留まり、10歳という異例の若さ……いや、幼さで王国騎士団からスカウトがくる。本人はそれを喜んで受けた。
リーシャの両親としてはどんな気持ちだったのかはルーティアは知らないが、リーシャを娘として愛しているという心は知っている。

騎士団へ毎月のように両親からの手紙が届いているからだ。
それをじっと見て少し目を潤ませているリーシャの姿も、何度か目にしている。リーシャには「見るなバカ」と悪態をつかれたが。
長期の休みには必ず城下町の外れの方にある実家に戻るようにもしているそうだ。

リーシャは、ルーティアと同じく城内に部屋を持つ「住み込み組」である。
実家から通う事も出来るのだが、広大な城下町の外れにあるリーシャの家からは、通勤に毎日三時間以上は要する。
城内に住む事によりそのデメリットからも解消されるし、何より自分の身を騎士団の近くに置く事はそれだけでも訓練になる。
城内のトレーニングスペースはいつでも使えるし、騎士団にくる魔物の討伐依頼や不測の事態にも対応しやすい。常に戦場に身を置くのと同じになる。
自分の腕を磨くのに、城に住み込む事はメリットしかない。
その成果もあり14歳という若さでも、リーシャの実力は騎士団トップクラス。部下も既に持っており、人望も厚い。騎士団上層部からもかなりの信頼を置かれているし、なにより彼女の存在は大切にされている。


だからこそ、長い期間この国を離れる事は不安なのだ。

自分の愛する騎士団に、部下に、そして城下町にいる家族になにかがあったら。

その不安が、払拭できない。


「……まあ、王国騎士団のエース二人が10日間城を離れるっていうのもねぇ」

先ほどまで明るい顔をしていたマリルだが、そういった事情も加味しはじめる。
自分の行きたいという気持ちだけでは二人を連れてはいけない、というのを察知してきたようだ。

「でもさ。王様はそういう事は百も承知なんじゃない?じゃなかったらこんな話、そもそもルーちゃんとリッちゃんに打ちださないって」

「……そう、なのかしらね」

「邪龍討伐戦以降、目立った大型モンスターの出没なんて話聞かないし。小型モンスターの討伐ならあるみたいだけど、騎士団の他のメンツで十分に対処できるじゃない」


確かに、そうだ。
そもそも数か月前の邪龍のような超大型の魔物の出現自体、王国にとっては十数年ぶりの事だった。台風や地震といった、天災と同じと捉えるのが正しい。
いつ何時訪れるか分からない天災に常に脅えながら城や王国を守れというのはあまりにも酷な話だ。

王は、そういったルーティアとリーシャの緊張を緩める意味も込めて、この研修旅行を二人にプレゼントしたいのではないだろうか。マリルはそう思っていた。


そしてマリルの思いは、ルーティアには伝わったようだ。

「気持ちは無下に出来ないだろうな」

「ルーちゃん!気が変わった?」

「王が何も考えなく私達にこの話を持ち掛ける事はないだろう。そういった意図を汲み取るのならば……この旅行、行くべきだ」

「うん、アタシもそう思うよ。それじゃ、ルーちゃんは行く事決定ってことね」

「ああ。その方向で王ともう一度話してみようと思う」

心底嬉しそうな表情をするマリル。明るく前を向くルーティア。

しかし、リーシャは……浮かない表情のままだった。

「……リッちゃん」

マリルはそのリーシャを見ると、またすぐに表情を変え、少し困ったような微笑みを浮かべた。

……仕方のない事だろう。

彼女にも、守りたいものが多い。城、騎士団、部下、家族、そして……自分自身の、存在意義。
プライドと若さの狭間で揺れるリーシャには、この話は向いていないのかもしれない。


「リッちゃん。今回は、やめとこうか。王様にはアタシから伝えておくよ」

「…………」

マリルもルーティアも、残念ではあった。
何度も休日を一緒に過ごし、気ごころの知れた彼女と一緒に旅行に行くのは心強い事だったからだ。

しかし、この葛藤は、リーシャ一人で解決できるものではない。

それならばいっそ、マリルが答えを導き出す事にした。辞退という結論をこちらから出せば、リーシャの心苦しさが少しでも減るだろうと考えたからだ。

「ね。リッちゃん。……大丈夫!アタシとルーちゃんで行ってきて、沢山お土産買ってくるから!その代わりリッちゃんは、しっかり国の防衛、頼むわよ!」

「…………ん……」

表情は隠しているが、その顔はきっと、とても悲しそうなのだろう。
俯いたまま顔を隠し、ゆっくりと頷くリーシャ。





「行ってきてくださいっ!! リーシャ様!!」

ガタっと後ろの席にいる人物は、椅子から立ち上がって三人に歩み寄ってきた。

その表情は、凛として、強気。その人物の普段の表情からは、考えもつかないような目であった。


「ま…… マグ、ナ……?」

リーシャは、驚いて目を見開いた。


――



つかつかと三人のいるテーブルに歩み寄ってきたマグナは、リーシャの席の隣に立つ。
その顔は凛々しく、強い。いつもの弱腰な彼女の態度からは考えられないほどの威圧感があった。

「ま、マグナ……」

まさかマグナが後ろにいるとは思わなかったリーシャは、驚きの目でその顔を座ったまま見上げる。
いや、その驚きは、自分の部下の見たことのないような強い意志を感じているからであろう。

マグナはキッとリーシャの顔を見下ろしながら、告げるように言った。

「リーシャ様、行ってきてください。フォッカウィドー! 交流試合なんですよね!リーシャ様の強さを存分に他国に知らしめるチャンスじゃないですかっ!」

「で、でも、国の防衛は……」

「王国騎士団は、リーシャ様やルーティアさんだけで成り立っているんじゃないんですっ!ボクはリーシャ様の部下だけど、仲間でもあるんですっ!仲間を信頼してください!」

「…………」

再び、考え込むリーシャ。

リーシャの自分自身に対する強さの自信は相当なものだ。また、その自信に見合っただけの実力はある。
だが、心の奥底では、その強さへの自信は脆くも弱いものでもあるのだ。
自分の力しか信用できない。それゆえ、自分の強さがもし何の役にも立てないのであれば。もし、何かがあったら。彼女の若く幼い心は簡単に崩れてしまうであろう。

仲間を信頼していないわけではない。だが、大切な仲間だからこそ、頼れないのだ。
今自分が身を置いている環境を壊さないように、崩さないように。

この国があるから、自分があるのだと信じ切っているから。

それは、ルーティアも同じだった。

―― つい、数か月前までは。


「なあ、リーシャ。リーシャは、騎士団や魔術団……いや、この国全てを、自分の力で守りたいと思っているんだろう?」

「…………」

ルーティアは、リーシャを安心させるよう薄く微笑みながら話をはじめた。
顔こそ俯いて見えないが、しっかりと話を聞く気持ちがあるのは、同じ騎士団のルーティアには分かっている。だから、話を続けた。

「私もそうだった。自分の力をこの国全ての人のために役に立てたい。そう思って、剣の腕を磨き、仕事に明け暮れ、自分を犠牲にしてきた。……だけどな、リーシャ。少しだけ、それは違ったんだ」

「…………」

「私が大切にしてきた国という存在は、全く同じように、私の事も大切に思っていてくれたんだ。それが分かったのは、本当にこの数カ月の話だったんだがな」

「……マリルと、過ごすようになってから?」

顔を下に向けながら、リーシャは小さな声で質問をした。
見えないだろうが、ルーティアは頷く。マリルは「え?アタシ?」とポカンとした顔でキョロキョロしはじめた。

「国王から言われたんだ。しっかり休みを取るようにとな。……初めは、私は騎士団に不要になったのかと思って疑ったよ。何故王は強制に近い形で休みをとらせ、魔術団のマリルという人物に休み方を教えさせたのか。その意図がつかめなかった」

マリルは自分の話が出てきたので会話に入るべきかオドオドと迷っているが、空気を壊したくないので黙っている。

ルーティアは、隣の席に座るその様子は意に介さず言葉を続けた。

「その意味が、最近ようやく分かってきたんだ。私達騎士団が、国を守っている。だが、それと同時に騎士団も……すなわち、私自身も、国の一部なんだ。それを、理解してきた。そしてリーシャも、マリルも、マグナも。みんな、国を形成する一つの大切なパーツなんだ」

「……わたしが、国の、一部?」

「人がいる。街がある。賑わいがあり、笑顔が溢れる。それは、騎士団が全てを作っているわけではない。住民一人一人が、商いをし、物流を支え、田畑を耕し、生活を潤しているから出来ているものなんだ。
全ての人が、この街を、国を、大陸を作っている。そして、その職務をずっと続けて、永遠のものにしていくためには……人は、休まなければならないんだ。
平和を謳歌し、賑わいを享受する。自分たちが作った平穏をしっかりと感じ、幸せを肌に受けるためには、休まなければならない。この国のために働いたからこそ、しっかりと休むべきなんだ。
それは、甘えや怠慢ではない。国が、一人一人がこの国をしっかりと作り、支えてもらうために、休んでほしいと求めているからだ」

「…………」

「誰かが「休め」と言ったわけではない。逆に、働き続けろと強制したわけではない。
ただ……この国には、温泉がある。商店街があり、公園があり、マンガ喫茶があり、動物園があり……憩いの場所が、数えきれないほどある。
それは、全ての人に安らぎや安寧を感じてほしいと願う、人が人を想う気持ちの表れだと、私は思うんだ。
そうでなければ、憩いの場所なんてものは、必要ないのだから」


こんなに長く話したのは、初めてかもしれないな。ルーティアは自嘲気味にフッ、と笑う。

椅子からルーティアは立ち上がり、リーシャに向けて手を差し伸べた。


「行こう、リーシャ。私達を国が信じてくれるように、私達が国を、騎士団を、皆を信じなければいけない。……一緒に、出掛けよう。最北端の大陸へ」



ガタっ。
ガタっ。
ガタっ。


いつの間にだろう。

食堂で食事や軽食を食べていた騎士団、戦士団、魔術団の団員達が、椅子から立ち上がり、ルーティア達のテーブルへと向かってきた。

数十人。円になり、四人を取り囲むように集まって……皆それぞれ、大きな声で声援を送る。


「そうだそうだ!ルーティア、リーシャ!行って来い!」
「我々オキト国の騎士団の代表だぞ!交流試合しっかり頑張ってこい!」
「フォッカウィドーと言ったらカニが有名だ!土産、忘れず買って来いよ!」
「マリル!しっかり道案内するのよ!」


「がんばってきてください!リーシャ様、ルーティアさん、マリルさん!ボク達が全力で10日間、国を守ります! 最北の地、たくさん楽しんできちゃってくださいっ!」

今や、マグナはその集団の中心人物だ。
力強い笑顔で、叫ぶようにそう言った。


「…………ふ……ふふふふ……」

テーブルに座ったままのリーシャ。俯いたまま、怪しく、低い声で笑い始めた。


……かと思ったら、突然椅子から勢いよく立ち上がる。
その勢いでテーブルの上に乗り、大きな声で自分の周りにいる集団に、叫んだ。


「リーシャ・アーレインの実力! フォッカウィドーの地に轟かせてきてあげるわっ!! 期待していなさいっ!!」


オオオオオオオオッ!!
取り囲む十数人の歓喜の声が上がる。
なにかに吹っ切れたようなリーシャは、涙目のまま、その場でガッツポーズをした。

どうやら、三人の船旅は今、この時決定をしたようだ。



「リッちゃん。食堂のおばちゃんに怒られるから、早めに降りようね……!」

ガッツポーズをしたままのリーシャを、マリルはひやひやしながら慌てて下ろした。

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