最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。

ろうでい

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八話 炎熱の石版《岩盤浴》

(1)

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――

 目の前に広がるのは、一面、銀と白の洞窟内であった。

 吐く息は白く、顔に当たる風が痛いほどに冷たい。
 氷柱からは一滴の水も垂れておらず、この場所がいかに寒いのかを示している。

 洞窟の外は、吹雪。
 まるで巨大なかまくらのようにこの洞窟は豪雪から避難をさせてくれる。
 小さな入り口からは想像もできないほどに内部は広く、天井は見上げるほどに高い。

 自然が作り出した天然のシェルターの中を、進む人の群れ。
 厚手のローブを身に付け、フードからは目だけを出すようにして寒さから身を守っている。
 その数、およそ二十人。

 全員、何かを探すようにキョロキョロと巨大な氷の洞窟の中を見回し、歩いていく。

 そして、一人が叫んだのだった。

「いた…… いましたっ!……!!ここで間違いないようです……!!」

 それ・・を見つけた時、その男の騎士は興奮した様子だった。
 しかし…… そのあまりの巨大さと、威圧的な巨体に、声をすぐに潜める。

 洞窟の奥に、そびえるように立つ、氷の壁。
 高さは約三m。決して高いものではない。まるで人工的に作られたそうなその美しい絶壁の上に…… 巨大な生物が存在する。

 ドラゴン。

 身を縮こまらせて眠る犬のように、体長十数mの巨大な龍は縮こまり、翼を布団のように器用に身体に巻き付けていた。
 まるで、その氷の壁をベッドにするかのように、眠っている。
 巨大な身体からは信じられないほど静かな寝息を立て、大きな腹が微かに揺れていた。
 この洞窟に入ってきた人間達には、気付いていないようだ。

 その様子を見て、人の群れから一歩歩み出た人間がいた。

 紅く、美しい瞳を氷台の上にいるドラゴンに向けながら……。

 その騎士、ルーティア・フォエルは全員に作戦を伝えた。

「作戦通りに行くぞ。魔術団、前へ。氷龍に奇襲をかける」

 静かだが力強いその声は、団員達全員の耳に届いた。
 この作戦に参加しているのは、オキト王国騎士団十名と、魔術団十名。共同作戦であった。
 ドラゴンの名は、氷龍。
 このガナーノ王国の永久凍土の山に生息する、大型の魔物。体長は同じドラゴン属から見ればやや小さいが……。

 騎士団も、魔術団も、この氷龍に対してはかなりの警戒をもって作戦にあたっていた。

 ルーティアの号令で、魔術団十名が前に歩み出た。
 全員、防寒具を身につけていて、その隙間の中から杖や魔術所、魔術アイテムなどを取り出していく。

 ルーティアは、その様子を見ながら…… 一人の魔術団員に声をかけた。

「マリル。お前からいくんだ」


「 えっ 」


 声をかけられると思っていなかったマリル・クロスフィールドは点になった目をルーティアに向ける。

「な……なんで?みんなで一斉にいけばいいんじゃあ……」

「魔術団長からの頼みでな。今回の任務では是非、マリルの魔法の上達を図りたいとの事だった。全員でやる前に…… まず、マリルの爆発魔法エクスプロージョンを見せて欲しい」

「……爆発魔法は、ちょっと、苦手で……」

「その稽古を実戦でつけて欲しいという事なんだ。マリルから、先にやってくれ」

「あ……アタシの魔法で、氷龍に先制攻撃をかけるってコト……!?無茶だよ……!!」

 不安そうに首を横に振るマリルに対して、ルーティアはその肩を叩いた。

「私達を信じろ。マリル、お前のサポートはここにいる魔術団員と騎士団員が精一杯やる。今のお前の全力を、見せてみろ」

「だ、だ、だってぇ……」

「マリル」

 ルーティアは、マリルの目をじっ、と見た。
 今回の作戦、マリルがわざわざ駆り出された理由は、前線に立って戦う事が彼女の魔法の力を向上させる何よりの修行になると団長が考えたからだった。
 その思いを、無下にしたくはない。
 ルーティアの瞳は、マリルに信頼を、そして希望を託しているのだった。

 そしてその想いは、マリルにも伝わる。


「…… 分かった。アタシ、やってみる……!」

 おおお……。
 と、団員達から静かな歓声が湧いた。
 ルーティアも、もう一度マリルの肩を力強く叩いて後ろに下がる。


 マリルは、ローブに隠された手を外に出し、杖を前に振りかざす。
 目を閉じ、集中。魔力を杖の先に集める。

「 ―― ……粉砕せよ。炎よ、風よ―― 我が敵を……―― 」

 かつてない、魔力の高まり。
 小さな声の詠唱が続くたび、魔力のオーラが身体から溢れてくる。
 マリルという魔法使いを知っているルーティアからは、信じられない威圧感を彼女が放っているのが分かった。

(―― マリル…… お前、ひょっとして……以前より……!)

 マリルは目を見開き、そしてその魔法の名を叫んだ。


「燃え上がれェェッ!! エクスプローーージョンッ!!」


 ポスン。

 マリルの杖の先から、ドーナツのような小さな黒い煙が出て。

 それは、ふわふわと氷の洞窟の天井まで飛んでいった。


「…………」
「…………」
「…………」

 ルーティア、マリル、団員達……一瞬の静寂。

 そして。


「魔術団員!炎魔法と爆発魔法で、氷龍に一斉攻撃ッ! 騎士団員は反撃に備えて武器を構えよッ!!」

「「「 おおおおおッ!! 」」」

 指揮を高めるルーティアの凜とした命令に呼応するように、騎士団員、魔術団員達は鼓舞した。

「……辱められた…… 辱められた……」

 一人マリルは、端の方で体育座りをして、泣いていた。



 火球。
 爆発。
 炎上。

 オキト王国魔術団の素早く的確な詠唱により、次々と魔法が繰り出される。
 手から炎の渦を出し、放物線上に発射する者。火炎の球を数十、自分の周りに集めて指の動きで次々に投げていく者。杖を使い、龍の身体の周りに小規模な爆発を起こし攻撃する者。
 どれも、一級品の魔法。

 洞窟内はその衝撃に揺れ、氷柱が次々と降り注いでくる。
 それを数人の魔法使い達がガード。炎の障壁魔法を展開し、騎士団、魔術団全員をカバーできる半透明のテントのような防御魔法が一瞬で出現する。降ってくる氷柱は、そのテントの表面であっという間に溶け、消滅していった。

 たちまち、氷龍の周りは炎魔法による黒煙で遮られていく。
 それでも攻撃の手を緩めない魔法使い達。黒い煙の向こうにいるであろう対象に向け、容赦のない連続魔法を仕掛けていった。


 ――しかし。


 ブォオオオオッ!!

 嵐のようなその突風は、洞窟内に充満していた煙を一瞬で外に追い払った。

 そして…… その煙があった場所からは、既に起き上がった氷龍の姿がある。

 鈍色に光る黒く美しい巨体から生える、二つの大きく広がった翼。
 その一振りだけで、突風が起き、煙を吹き飛ばした。
 魔法使い達の火炎魔法でさえ、その強力な風圧により威力を失い、方向が曲げられて氷龍には届かなくなった。

「そ、そんな……羽ばたいただけで……!?」
「あれだけ魔法を受けても、ビクともしていないぞ……!!」

 氷点下に近い洞窟内の温度が、更に下がる。
 炎の魔法は、龍に効いていないのではない。

 氷龍の周りに漂う、目に見えない冷気の魔法。
 それは常にドラゴンの周りを漂い、身を守るように纏わり付いている。
 火炎ですら、一瞬で吹き消し、爆発すら、その衝撃を失ってしまう。

 狛犬のように座り、ルーティア達を正面に見据える龍。
 魔法の力を持つ氷龍は、この山の主として君臨するように、その身体をオキトの団員達の前に現したのだった。

――
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