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八話 炎熱の石版《岩盤浴》
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――
そうして、ルーティアとマリルは数回、岩盤浴で身体を温めてはクールルームやラウンジで身体を冷やすという行為を繰り返した。
ドラゴンの湯の岩盤浴エリアには、数種類の岩で出来た岩盤浴があり、それぞれで効能も違うのだという。細胞活性化、肌の酸化防止、リラックス効果、肩こり・腰痛の軽減……。期待される効能だけではなく、それぞれの部屋で微妙に内装や照明が変わっていたり、温度が違っていたりするので二人はそれを巡るように岩盤浴を楽しんでいった。
最後は、やや暑めの65℃の岩盤浴。短時間でしっかりと汗をかき、すぐにクールルームへ。身体が正常に戻ったと思うタイミングで、持参した飲み物をラウンジで飲みきり、二人は安堵の息をついた。
「ふう……。もう、このくらいでいいでしょ、ルーちゃん」
「うむ。すっかり発汗に身体が慣れてきたな。部屋に入っただけで既に汗をかくようになってきたし……もう十分だろう」
「身体の芯が温まっている証拠なのかもね。あー、アタシもいい汗かいたわー。すっきりしたー♪」
マリルは、両肩をグルグルと回して身体が温まりほぐれた事を確認する。
ルーティアも、ここにくるまでに感じていた身体の冷えはすっかり消えている。何度も何度も岩盤浴に身体を慣らした成果が、しっかり出たようだ。今は、かつてない身体や気持ちの軽さを感じている。
「岩盤浴に大切な事は、無理はしない事。水分は多めにとって、無理に長居しないのがコツよ。というわけで、コレで岩盤浴は終了ね」
約2時間半。マリルがラウンジの時計を見て確認する。
クールルームやラウンジでの休憩も含めての時間ではあるが、普段、一階の温泉でこんなに長く利用する事はなかったルーティアは、その時間の経過に驚いた。
「そんなに長くいたのか。全然分からなかったな」
「あはは、岩盤浴やってる時、何回か寝そうになってたしね。一日がかりでゆったりする人も少なくないみたいよ」
「うむ……その気持ちは分かるな」
身体を長めに冷やせば、何回でも利用したくなるのはルーティアにも頷ける。一度しか体験をしていない岩盤浴ではあるが、この『ゆっくり身体を温める』という体験は何物にも代えがたいものだと理解が出来たのだ。
マリルは大きく背伸びをすると、受付で借りた透明のバッグを手に持つ。
「さ、この後はもう一度、一階のお風呂場へ行くわよ。言っておくけど、そのまま温泉に入っちゃ駄目だからね」
「ああ。ひとまずはこの汗だらけの身体を流さなくてはな」
「そういうこと。それでじっくりともう一度、温泉で身体をほぐしたら……今日の休日特訓は、終了よ」
しかし、マリルのその言葉をルーティアは否定した。
「違うだろ、マリル。まだ大切な事が残っているじゃないか」
「え?」
マリルはきょとん、とした顔でルーティアを見た。
彼女は大切な『日課』を、言い忘れているようだ。
――
「「 かんぱーい!! 」」
一階、食堂エリア。
ルーティアとマリルがこのドラゴンの湯に来た時は、温泉に入った後はなるべくココに寄るようにしている。
時刻は、十六時半。
昼食を済ませてすぐにドラゴンの湯に来た二人だったが、たくさん汗をかいたせいか、お腹はペコペコになっている。
マリルは生ビール、ルーティアは瓶コーラで乾いた喉を潤して、つまみに注文した餃子や枝豆、冷やしキュウリに手を伸ばす。
「いやー、アタシとした事が。すっかり忘れてたね、温泉後の乾杯の事を」
「あれだけマリルが汗をかいて、ビールを飲まないハズがないだろう。私も腹が減っていたし、どうしても食堂に寄りたかった」
「うんうん。良き休日の終わりには、良き乾杯がないとねー」
水分を求める身体に入るアルコールも炭酸飲料も、格別の味であった。
マリルは少し赤い顔をしながら、ルーティアの事をニヤニヤした表情で見つめる。
「しかしルーちゃんも、休みの日の過ごし方が分かってきたねー。もうアタシ、必要ないんじゃないかなー?」
ルーティアは、腕組みをしてマリルに答える。
「そうだな。休日を一緒に過ごすのは、ここまでにしよう」
「え」
真顔でそう返事をするルーティアに、マリルは一瞬で酔いが冷める。
口を半開きにして驚くマリルに、ルーティアは思わず吹き出した。
「冗談だ、冗談」
「え、ええ―!?ひどいよルーちゃん……!あ、アタシちょっと、真に受けちゃったじゃん……!」
「お前がそんな事を言うからだぞ。まさか真剣に聞かれるとは思わなかったがな」
「もーー!!……うー、アタシが悪かったです。これからも、仲良くしてください」
「うむ。そうしてやろう」
机に頭を伏せるマリルにルーティアは腕組みをしながら笑い…… もう一度、ビールとコーラのジョッキを合わせるのだった。
「思えば、初めてマリルと休日を過ごしたのも、この温泉だったのだな」
「……そうだね。あの時と比べて、ホントにルーちゃん、変わったね」
「だろうな。おかげさまで、すっかり温泉漬けの身体になってしまった」
「あははは。でも、いいもんでしょ?お休みの日って」
休日。
今日もまた、ルーティアは新しい休み方を知った。
きっとこの世界には、人の数だけ『休み方』が存在するのだろう。
遊ぶ者。寝る者。出かける者。籠もる者。探訪する者。迷走する者。
今日一日を過ごす事に、正解はない。
人それぞれの休み方があり、それを見つけ、発見する事に終わりはないのだ。
窓の外は、徐々に日が落ちて、夕方から夜が近づく。
今日の休みが終わり、明日は仕事だ。
憂鬱な気分が襲う者も、きっとこの時間にはいるのだろう。
だが……。
それをかき消すように、ルーティアは、思いをはせた。
「次の休みまで、頑張るぞ」
いつかくる、休日を信じて。
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そうして、ルーティアとマリルは数回、岩盤浴で身体を温めてはクールルームやラウンジで身体を冷やすという行為を繰り返した。
ドラゴンの湯の岩盤浴エリアには、数種類の岩で出来た岩盤浴があり、それぞれで効能も違うのだという。細胞活性化、肌の酸化防止、リラックス効果、肩こり・腰痛の軽減……。期待される効能だけではなく、それぞれの部屋で微妙に内装や照明が変わっていたり、温度が違っていたりするので二人はそれを巡るように岩盤浴を楽しんでいった。
最後は、やや暑めの65℃の岩盤浴。短時間でしっかりと汗をかき、すぐにクールルームへ。身体が正常に戻ったと思うタイミングで、持参した飲み物をラウンジで飲みきり、二人は安堵の息をついた。
「ふう……。もう、このくらいでいいでしょ、ルーちゃん」
「うむ。すっかり発汗に身体が慣れてきたな。部屋に入っただけで既に汗をかくようになってきたし……もう十分だろう」
「身体の芯が温まっている証拠なのかもね。あー、アタシもいい汗かいたわー。すっきりしたー♪」
マリルは、両肩をグルグルと回して身体が温まりほぐれた事を確認する。
ルーティアも、ここにくるまでに感じていた身体の冷えはすっかり消えている。何度も何度も岩盤浴に身体を慣らした成果が、しっかり出たようだ。今は、かつてない身体や気持ちの軽さを感じている。
「岩盤浴に大切な事は、無理はしない事。水分は多めにとって、無理に長居しないのがコツよ。というわけで、コレで岩盤浴は終了ね」
約2時間半。マリルがラウンジの時計を見て確認する。
クールルームやラウンジでの休憩も含めての時間ではあるが、普段、一階の温泉でこんなに長く利用する事はなかったルーティアは、その時間の経過に驚いた。
「そんなに長くいたのか。全然分からなかったな」
「あはは、岩盤浴やってる時、何回か寝そうになってたしね。一日がかりでゆったりする人も少なくないみたいよ」
「うむ……その気持ちは分かるな」
身体を長めに冷やせば、何回でも利用したくなるのはルーティアにも頷ける。一度しか体験をしていない岩盤浴ではあるが、この『ゆっくり身体を温める』という体験は何物にも代えがたいものだと理解が出来たのだ。
マリルは大きく背伸びをすると、受付で借りた透明のバッグを手に持つ。
「さ、この後はもう一度、一階のお風呂場へ行くわよ。言っておくけど、そのまま温泉に入っちゃ駄目だからね」
「ああ。ひとまずはこの汗だらけの身体を流さなくてはな」
「そういうこと。それでじっくりともう一度、温泉で身体をほぐしたら……今日の休日特訓は、終了よ」
しかし、マリルのその言葉をルーティアは否定した。
「違うだろ、マリル。まだ大切な事が残っているじゃないか」
「え?」
マリルはきょとん、とした顔でルーティアを見た。
彼女は大切な『日課』を、言い忘れているようだ。
――
「「 かんぱーい!! 」」
一階、食堂エリア。
ルーティアとマリルがこのドラゴンの湯に来た時は、温泉に入った後はなるべくココに寄るようにしている。
時刻は、十六時半。
昼食を済ませてすぐにドラゴンの湯に来た二人だったが、たくさん汗をかいたせいか、お腹はペコペコになっている。
マリルは生ビール、ルーティアは瓶コーラで乾いた喉を潤して、つまみに注文した餃子や枝豆、冷やしキュウリに手を伸ばす。
「いやー、アタシとした事が。すっかり忘れてたね、温泉後の乾杯の事を」
「あれだけマリルが汗をかいて、ビールを飲まないハズがないだろう。私も腹が減っていたし、どうしても食堂に寄りたかった」
「うんうん。良き休日の終わりには、良き乾杯がないとねー」
水分を求める身体に入るアルコールも炭酸飲料も、格別の味であった。
マリルは少し赤い顔をしながら、ルーティアの事をニヤニヤした表情で見つめる。
「しかしルーちゃんも、休みの日の過ごし方が分かってきたねー。もうアタシ、必要ないんじゃないかなー?」
ルーティアは、腕組みをしてマリルに答える。
「そうだな。休日を一緒に過ごすのは、ここまでにしよう」
「え」
真顔でそう返事をするルーティアに、マリルは一瞬で酔いが冷める。
口を半開きにして驚くマリルに、ルーティアは思わず吹き出した。
「冗談だ、冗談」
「え、ええ―!?ひどいよルーちゃん……!あ、アタシちょっと、真に受けちゃったじゃん……!」
「お前がそんな事を言うからだぞ。まさか真剣に聞かれるとは思わなかったがな」
「もーー!!……うー、アタシが悪かったです。これからも、仲良くしてください」
「うむ。そうしてやろう」
机に頭を伏せるマリルにルーティアは腕組みをしながら笑い…… もう一度、ビールとコーラのジョッキを合わせるのだった。
「思えば、初めてマリルと休日を過ごしたのも、この温泉だったのだな」
「……そうだね。あの時と比べて、ホントにルーちゃん、変わったね」
「だろうな。おかげさまで、すっかり温泉漬けの身体になってしまった」
「あははは。でも、いいもんでしょ?お休みの日って」
休日。
今日もまた、ルーティアは新しい休み方を知った。
きっとこの世界には、人の数だけ『休み方』が存在するのだろう。
遊ぶ者。寝る者。出かける者。籠もる者。探訪する者。迷走する者。
今日一日を過ごす事に、正解はない。
人それぞれの休み方があり、それを見つけ、発見する事に終わりはないのだ。
窓の外は、徐々に日が落ちて、夕方から夜が近づく。
今日の休みが終わり、明日は仕事だ。
憂鬱な気分が襲う者も、きっとこの時間にはいるのだろう。
だが……。
それをかき消すように、ルーティアは、思いをはせた。
「次の休みまで、頑張るぞ」
いつかくる、休日を信じて。
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