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九話 戯れの楽園《遊園地》
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イライラ。
イライラ。
「あ、あの……リーシャ、様……。そろそろ、一番奥ですけれど……」
マグナ・マシュハートは、恐る恐る、自分の前方を歩く少女に声をかけた。
背中から伝わるのは、苛立ち。今まで部下として少女についてきたマグナには、顔を見ずともその感情が伝わった。
「わかっているわ」
リーシャ・アーレインは……キレかけていたのだった。
ルーティアとマグナが、ガナーノ国の氷龍討伐に出ているのと、同じ日。リーシャとマグナは、別の任務に駆り出されていた。
最近、オキト国領土内の路地裏などで頻発している、強盗事件の解決依頼であった。数人の男に金品を巻き上げられた挙げ句、暴行を加えられたという傷害事件が、このところ城下町で頻発をしていた。調査をしていくうちに、どうやら組織ぐるみの犯行だという事が明らかになり、オキト騎士団により調査活動が開始。そして、どうやら傭兵上がりや腕に覚えのあるチンピラが束になって結成された、強盗団だという事が分かった。
諜報活動の末、強盗団のアジトが突き止められ、殲滅のためにオキト騎士団により殲滅部隊が結成。逃亡をされては元も子もないという事で、数名の選抜メンバーのみで作戦は開始された。
塒は、昼間でも薄暗い、繁華街の裏路地。住宅が密集しているものの、治安が悪く空き家が多いこの地区は、オキトの住民でも滅多に寄りつかない場所であった。この日は朝から小雨がパラついており、いつにも増して不気味さを増した、オキト城下町の影の街。窓ガラスの割られた落書きだらけの空き家が点在し、物陰や暗闇の中からは誰かの視線を感じる気配がある。
元から、ゴロツキや野盗がウロつくような場所だけに、いつ誰かが襲ってくるのかも分からないような危険な状況だった。
そして、強盗団のアジトは判明。ボロボロになった三階建ての廃ビルの中を拠点にしているらしく、既に騎士団が突入。中にいた数人のゴロツキをあっという間に捕らえ、手錠をかけて外に連行し終わった後だった。
しかし、リーダーと思われる男はビルの上へ逃亡。三階建てで、間口も奥行きも広く、数十もの部屋が迷路のように入り組んでいる奇妙なビルの中で逃げ回られたものだから、リーシャもマグナもその追いかけっこに苛立ちが募るばかりだった。
廃ビルの中の衛生環境は非常に悪く、絶えず土埃が舞い、蜘蛛の巣が頭に引っかかる。梅雨時のジメジメもプラスされるという最悪の環境の中、既に三十分はリーダー格の男をリーシャとマグナの二人で追いかけ…… 遂に、逃げ場のない三階の一番奥の部屋まで男を追い詰めたのだった。
他の騎士団員は外で強盗団の手下達を捕らえている事もあり、残りの強盗団はリーシャとマグナの二人で逮捕しなければならない。
リーダー格の他に、幹部級の強盗も何人か潜んでいるだろう。マグナは、周囲を警戒しながら、肩に背負っている大剣の柄に手を添えているが……。
リーシャは、もうそれどころではない。
汚く、狭く、ジメジメした廃ビルの中でチンピラと追いかけっこをしているという状況に、彼女の苛つきは最大値に近づいていた。警戒などせず、奥の部屋へとスタスタと進んでいく。
そして――。
二人は、三階奥の大部屋の扉を、勢いよく開けた。
「く、来るんじゃねェ!!じゃねえとこのサーベルでたたっ斬っ、て――」
身の丈二メートル。坊主頭で筋肉質。いかにもなチンピラ顔の強盗団リーダーは、太く大きな右手に、巨大なサーベルを構えていた。振りかぶり、いつでも戦闘ができる体勢で、部屋に入ってきた二人を見るが……。
臨戦態勢だったその顔が、リーシャとマグナを見てすぐに、嘲笑するようなニヤけ顔に変わる。
「……ぶ……ふはははは!! なんだなんだ、こんなか弱いお嬢ちゃんが相手かよ!!誰が追いかけていると思っていたら、こんなガキ二人だったとはなあ!逃げて損したぜ!!」
「はっはっはっは!!」
「ひーひひひ!!」
部屋の中には、強盗団リーダーの坊主頭と、護衛の幹部が二人。いずれもガタイが良く、腕に覚えがあるような男達だ。
だからこそ、女騎士二人から逃げ回っていた自分たちを笑ってしまったのだろう。それは明らかな、安堵と嘲笑の笑みだった。
しかし、マグナはそれに屈せず、一歩前に勇み出る。
犯罪者や強盗に対する任務の場合、原則として騎士団は『生け捕り』を命じられており、今回の任務も強盗団に剣などの武器での攻撃は認められていない。
マグナは、鋼鉄で出来た長い特殊警棒を両手持ちにして中段に構える。
「お、大人しく投降してください!今なら危害は加えません!」
しかし、坊主頭のリーダーとその取り巻きのチンピラ男達は、にやついた顔を消す事はない。坊主頭は臆する事なく、サーベルを肩に担いだまま前に出る。
「そりゃあこっちの台詞だぜ、お嬢ちゃん。今なら俺様のサーベルの餌食にはしねえ。おとなしく回れ右して帰りな」
「親分。それよりこのガキ二人、人質にするっていうのはどうですか?そうすれば表にいる騎士団達も手出しはできねェでしょう。その隙に、こいつら連れてどこかに高飛びすれば……!」
「おお、そりゃあいいぜェ。ついでにどっかの奴隷市場にでも売りに出せば、いい旅費になるだろうなァ!はーっはっは!」
取り巻きの男の意見に、坊主頭も高らかに笑って賛同した。
その時。
マグナの後ろにいたリーシャが、少し俯いたままスタスタと歩み出した。
「……え?」
マグナも、チンピラ達も驚く。
そしてリーシャは、一歩前に出ている坊主頭と対峙をした。
2mを超える坊主頭は、自分の眼下に来た小さな少女の頭を見下す。俯いたまま、何も喋らず、武器も構えず……ただ、自分の前に来たリーシャの姿に、坊主頭はにやついたまま言った。
「おい、どうしたお嬢ちゃん。素直に人質になるつもりになったのかい?」
「きっと親分のサーベルにビビって、降参してるんですよ。騎士団のお嬢ちゃんには少し刺激が強すぎたようですぜ!」
「はーっはっはぁ!!素直でいい子だなァ、おい!!それじゃあ、丁重に人質に――」
スパァァァンッ!!
坊主頭の顎を打ち抜く、リーシャの右足ハイキック。油断をして、防御姿勢もなにもとっていない強盗団リーダーに、それはクリーンヒットをした。
強烈な打撃音が狭い部屋に響き、坊主頭は巨体を横に一回転させ、半分白目を剥きながらその場に座り込んだ。
リーシャ・アーレインは俯いていた顔を上げる。
その顔は……マグナが今までに見たこともない程に、怒りを滲ませているのであった。
座り込んで意識を失いかけている坊主頭の前に、リーシャは立った。左手で、まん丸な坊主頭を押さえて……右手で、相手のコメカミに向けて何度も拳をぶつける。まるで今までの鬱憤を晴らすように、強すぎない力で、何度も……。頭にグーパンチを喰らわせながら、リーシャは怒りの言葉を譫言のようにつぶやき始めた。
「こっちは、お前ら、捕まえて、こんな、汚くて、ジメジメしたところから、早く、帰りたいのよ……!!これ以上、イラつかせるんじゃ、ないわよ……!!」
言葉に句読点を置くように、坊主頭に拳をぶつけた。そのたびに、強盗団リーダーの意識が更に遠のき、首の力がなくなっていく。
「……!! て、てめェ!!今すぐ親分から離れ――」
小さな少女に叩きのめされているリーダーの姿に、思わず呆然としてしまっていた取り巻き二人。そのうち一人が、遅れて現状を把握したようにハッ、となって、リーシャを押さえようと飛びかかる。
リーシャは坊主頭から手を離し、左方向から自分に飛びかかってきた男の方に鋭く眼光を向けた。
自分を捕らえようとする大きな両腕を、体勢を低くして回避。そしてがら空きになった男の鳩尾に、渾身の右アッパーを放った。
「おぶゥ!!」
男の呼吸が止まり、動きが止まる。鋭い痛みと吐き気が、全身を駆け巡ったからだ。
リーシャの細い腕では、筋肉のついたチンピラ達に打撃は通用しづらい。しかし、彼女は人間の急所を素早く的確に攻撃する『技術』を体得している。
鳩尾をついた事で前屈みになり下がっていく男の頭部。その無防備な頭に、リーシャは身体を右に一回転させ…… 遠心力のついた、強力なエルボーをお見舞いした。
「ぐ、へ……!!」
フラついた男に、ダメ押しとばかりに……顎に向けて、膝蹴り。
後ろに倒れた男は、ピクリとも動かなくなった。
「…………」
「…………」
マグナも、もう一人の取り巻きも。武器も使わず、一瞬で大男二人を倒した少女の姿を、ただただ呆然と見ていた。
「……!!て、てめェら!!許さねェ!!」
しかし、その状況から一瞬早く回復したのは、強盗団の男の方。
自分から近い、警棒を構えたマグナに向け、自分の持っている短剣を突き出しながら突進する!!
「……!!はッ!!」
それに、スイッチが入ったように反応するマグナ。
半身を右前に出して男の突進を避けると、自分の目の前を通り過ぎる男の後頭部。
持っている警棒の柄を使い、その首元に打撃を加えた。
「ぐは……」
あっという間に、最後の一人もマグナによって気絶させられた。
「あ……あの……リーシャ、様……」
未だかつてないスピードと、荒々しい打撃技でチンピラを倒したリーシャ。恐る恐る、その機嫌を確かめるように声をかけるマグナに……リーシャは、ため息をついて、いつもの騎士団らしい、凜々しくも幼い顔を見せた。
「表に待機している団員に声をかけてきてくれる?マグナ。流石にコイツら引きずり出す力ないし」
「……は、はい!分かりました。ボク、急いで行ってきます!」
「急がなくていーわよー。半日は意識失ってるでしょうしねー」
慌てて部屋から飛び出していくマグナを、リーシャはヒラヒラと手を振って見送った。
部屋の窓からは、シトシトと雨が降っている外の景色が見える。
ジメジメとした梅雨時の曇天に向け、リーシャは呟いた。
「あー……。なんかスッキリしたい……」
男臭い、ジメジメした、汚い場所での長時間の任務に、彼女の心は荒みきっていたのだった。
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