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九話 戯れの楽園《遊園地》
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ルーティアとマリルは、岩盤浴の体験を終えて一日の休日を挟み、騎士団・魔術団それぞれの通常業務をこなしていった。
ガナーノ国出張後の休暇は特別扱いとなり、通常の休みはいつも通り与えられる。二日勤務を行い、すぐに定例の休日が訪れるのだった。
二人は一日の業務を終えると合流し、明日の休みの事を話し合うため城内のテラスで暖かな紅茶を飲んで優雅な時間を過ごしていた。何日か降り続いていた雨はようやく落ち着きを見せ、夕暮れの赤い空と雲が窓の外に広がっている。
「明日からはしばらく晴れ続きだって。良かったね、ルーちゃん」
「ああ。折角の休みなのに、ジメジメと寒いのは適わんからな」
「今週はどうする?どこか羽伸ばしてみる?」
「ううむ、そうだな……」
既に二人のピントは明日からの過ごし方に向いている。騎士団のルーティアと魔術団のマリルの休みが合うのは珍しい事ではなく、もはや予定が合えば休日は基本的に二人で過ごすくらいの間柄になっていた。
明日の一日休み。それに加え、明後日もルーティアに夕刻の城内見回りの当番が回ってくるくらいで、梅雨時の今に晴れが続くのであれば、少し遠出をするのには絶好の機会となっている。
「この間のガナーノ国では任務優先で観光が出来なかったのが悔しかったな。少し遠出して遊びに行くのも手だ」
「小旅行!いいじゃん。ルーちゃんは明後日当番があるから日帰りだね。どこにしよっか?」
「オキト国内で遊ぶのもいいが……そうだな。隣国でいえば……ワガカナ国、タサイマ国、ヴァーチ国、それから……」
二人は腕組みをしながら、同じタイミングで紅茶を啜って考える。
その時。
テラスの入り口である、城内へ続く大きなガラスドアが勢いよく開かれた。
大きな音に驚いてルーティアとマリルは自分たちの座る椅子の後方にあるそちらを振り返る。
見るとそこに…… テラスから展望できる、オキトの城下町と夕暮れ空を遠い目で見つめるリーシャ・アーレインの姿があった。
「り、リッちゃん。久しぶりじゃない、どうしたの?」
「…………」
だがリーシャはマリルの声には反応せず、そのまま二人の座る椅子の隣に腰掛けて俯いた。
「強盗団の取り締まり任務はお手柄だったそうだな。リーシャとマグナでリーダーを取り押さえたと聞いたぞ」
「…………ええ」
俯いて座るリーシャの表情は、長い髪の毛に隠れてよく見えない。
「あー、アタシも聞いたよ!でも大変だったんでしょ?アジトまで乗り込んでいって、武器を持ったチンピラに襲われたとか。リッちゃん、大丈夫だったの?」
「…………うん」
「あ……あの、リッちゃん?」
いつものツンツン加減も、デレ加減も、強がる様子も見られないリーシャに、マリルもルーティアも心配になった。そっと俯いた顔を覗き込もうとマリルが近づこうとした、その時。
リーシャが、爆発した。
「どっかつれてってーーーッ!!!」
「「 は?? 」」
椅子から勢いよく立ち上がって夕暮れ雲に叫ぶリーシャを、ルーティアもマリルもポカンと見つめた。
「もうサイアクなのよ!取り締まりの日からずっと小雨が続いてジメジメして気分が悪いし、アジトに乗り込んだら蜘蛛の巣が張ってるわ埃が積もってるわ……湿気でものすごく汗くさいわ!!」
「は、はあ……」
「おまけにアレ見ちゃったのよ、アレ!分かるでしょ、アレ!口に出したくもないGから始まるアレよ!動物は好きだけど、わたしはアレがこの世の嫌いなもののベスト3に入ってるの!!分かるわよね!?」
「さ、災難だったな……」
「更に言えば強盗団のチンピラどもの態度!!クソ弱いくせにわたしの顔見た途端ゲラゲラ笑ってくれちゃって……。ぶっ飛ばして少しは気分が晴れたけれど、結局生け捕りなワケでしょ!?ぜんっぜん痛めつけ足りないのよ!!あー、いっその事あの場で……!!」
「そ、それは流石に……どうかと思うけど、リッちゃん……」
未だかつてないリーシャの激昂に、ルーティアとマリルは思わずたじろいだ。梅雨時の苛立つような湿気に加え、不衛生的な場所の任務と態度の悪いチンピラ相手の仕事にその怒りはピークに達している様子だった。
「おまけにその後はずっと城内で書類仕事で、ロクに身体も動かせないのよ!?相変わらずシトシト小雨は降ってて城内まで居心地悪いし……ほんっっっとーにサイアクの週なの!!」
「あ、ああ……。だが、明日からはようやく雨も上がる――」
「そう、ソレ!!」
ルーティアが言いかけたところで、リーシャは人差し指をビシッ、と空に掲げてそれを遮るように叫ぶ。
「ルーティアもマリルも、明日休みでどっか行こうとしていたでしょ!?わたしもどっか連れてって!!」
「め……珍しいね。リッちゃんからアタシ達と過ごしたいなんて……」
「もう限界なんだもん!さっき、日帰りで旅行行くとか言ってたでしょ?わたしも連れてって!!」
「は、はい。勿論……」
積もりに積もった苛立ちに、いつものツンツンした態度をとる事すら忘れているリーシャであった。
――
「それでそれで?どこに連れてってくれるの?マリル」
淹れたての甘いハチミツ入りのミルクティーを飲み気分を落ち着けたリーシャは、子どものように輝く目でマリルを見つめる。
明日、ようやくこのジメジメとした天気と気分から脱出できると思っているリーシャは、その期待が膨らみ続けていた。
「うーん、そうねえ。日帰り、小旅行、お天気……。魔導列車でどこかに行こうか、乗り合いガアでどこかに行くか、それとも……」
マリルは条件を出していき、それを纏めるように顎に手を当てて考え込む。
「朝は早く出られるし、翌日も私に午後の仕事があるだけだからな。長く滞在出来るぞ」
「とにかくスカッ、と出来るところね!モヤモヤが晴れて、嫌な事を忘れられるようなところ!どこかにない?」
「うーむ。日帰り長時間、スカッとできる、嫌な事を忘れられる……」
ルーティアとリーシャの出していく条件も当て嵌め、休日マスターは思考を脳内に巡らせる。
木魚の音がマリルの頭の中にしばらく響き…… やがて、高い鐘の音が鳴り響いた。
「よし、決めた!!明日は6時出発。レンタルガアの手配をしておくから、現地までルーちゃんかアタシが運転ね。確か10時から開園だったはずだから、余裕もあると思うわ。夕方まで遊んでもいいし、周辺でお土産も買えると思うし……少し遠出になるけれど、折角の晴れだし、おいしい空気と自由を満喫できるのであればうってつけの場所!うん、あそこにしよう!」
「おー」
騎士二人はマリルの情報処理能力に拍手を送り、次の言葉を待った。
そしてマリルは、高らかに宣言する。
「明日は、チギート国へ行くわよ、ルーちゃん、リッちゃん!」
「ち、チギート国?随分と遠いな」
チギート国は、オキトからはタサイマ国を通って到着をする国となる。雄大な自然を持ち、風味豊かなフルーツや独特の美味な料理が数多くなる国で、オキトからの観光客も多い。それに加え、山地や高原も国土の多くを占めており、観光をするにはうってつけの場所だった。
「大丈夫。遠いって思われがちだけれど、実はガアで二、三時間もあれば着いちゃうの。道路が整備されているから直線的な距離でガアもスピードが出やすいからね。オキトとは全く違う自然が見られるから、リッちゃんのリクエストにも合うと思うわ」
その言葉に、リーシャも嬉しそうに頷いた。そして次の言葉を急かすように、マリルに質問する。
「それで、チギート国の、どこに行くの?マリル」
「ふっふっふ……。定番。しかし、いわば……『究極の娯楽』よ。二人にはまた、新しい刺激を与えられると思うわ……」
ゴクリ。騎士二人は生唾を飲み込み……魔法使いは、もう一度高らかに、その名を宣言した。
「明日は『遊園地』に行くわよ!」
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