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十話 血肉の晩餐《焼肉屋》
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――
「お、おおっ……!」
「これが……!噂には聞いたことがあるけれど、此処に来る事になるとは思わなかったわ……!」
騎士二人は、夏の夜風に髪を靡かせながら光り輝くその店の看板を見上げた。
『焼肉』
その筆書きの大きな二文字を。
「ふふふ……二人は勿論、初めてなのよね。焼肉屋さんに来るのは」
マリルは、自分の前で焼肉の看板に釘付けになっているルーティアとリーシャに後ろから声を掛けた。ルーティアが、後ろを振り向かずに頷く。
「ああ……。よくトレーニング終わりや大きな仕事を終えた団員が『よし、今日は焼肉だなー!』といった具合に詰め所から出て行くのは目にしていた事がある……。……ここがその『焼肉屋』なのだな……!」
「そうよ。良いことがあればその喜びを高め、悪いことがあればそれを払拭してくれる……。そんなパワーが、この食事処には存在するのよ」
「でも、焼いた肉を提供するだけなんでしょ?どうしてみんな、このレストランをそんな特別視してるわけ?」
十四歳の少女には、その存在の意義がいまいち分からないらしい。入ったことがないというのなら尚更である。リーシャは首を捻って店構えのあちこちを見ている。
白い外壁の周りに植木が植えられたシンプルな外観。他の大衆酒場やファミリーレストランとほとんど変わらないようにも見えるが……。
明らかな違いを見出したのは、ルーティアだった。……いや、『嗅ぎ分けた』というのが、正しい。
「こ…… この香りは、なんだ……?」
それは、大きな音を立てるダクトから漂う匂い。
店内の換気をするために風魔法を使い空気を外に送る銀色の配管から……今までに嗅いだことのないような、芳醇な香りが漂ってくる。
スパイスのような辛みを伴った香りに、何かを燃やしたあとの煙のような燻りの匂い。そしてそれらの奥底にある、嗅いだ事のあるジューシーな匂い。
「これは…… 肉の、匂い……!」
その匂いだけで、ルーティアの口中に涎が溢れる。
それは、普通の飲食店の外からはまず感じられない、香りのオーラ。タレのかかった肉を何かで焼いた匂いが、まるで見えない雲海のように見せを包んでいるのだ。
行き交う民衆を惑わし、店内へと誘う魔性の香り。
それにつられるように、ルーティアもフラフラと焼肉屋の入り口の方へと歩んでいく。
「ちょ、ルーティア!?どうしたのよ!?」
「ふふふ……限界まで昂ぶらせた空腹とそのフラストレーション。この焼肉の匂いの前では流石のルーちゃんも限界のようね。とにかく行こう、リッちゃん」
「だ、大丈夫なんでしょうね。なんかアイツ、なにかに取り憑かれたみたいになっているけど……!」
肉。肉。肉。
ダクトから溢れる匂いから連想される、未知の姿の血肉を求めて、ルーティアは店内へと入っていった。
心配そうにそれについていくリーシャと、落ち着いた笑いをみせるマリル。
三人は、肉の宴の会場へと、足を踏み入れていくのであった。
――
気付けば三人は、座敷に座っていた。
四畳半ほどの畳の部屋の真ん中には、大きなテーブル。それを取り囲む座布団に、ルーティアとマリル、リーシャは胡座をかいて座った。
テーブルの中央には…… 穴が開いている。
大きめのピザくらいあるその穴にぴったり填まるように、穴の開いた鉄板がセットされていた。普通のレストランではお目にかかれないその光景を、ルーティアとリーシャはじーっと眺めていた。
「失礼します」
座敷の入り口の引き戸が開き、女性の店員さんがメニューとお冷や、おしぼりを持って現れた。
それらを手早くテーブルに置き、店員は物静かにその場を去る。どうやらメニューが決まったら再び呼ぶシステムらしい。
マリルは、店員から受け取ったメニューを鉄板のある窪みの横に広げた。
「さあ……まずは、作戦会議よ!」
広げたメニューには、沢山の写真。
そしてその全てが…… 赤身の、肉の写真であった。
「に……肉!肉じゃないか!」
「しかもコレ、全部赤くて……焼いていない状態の写真ばっかりよ。どうしてこんな写真を…… ハッ!」
自分で言っていて、リーシャは気付いたらしい。
そう、自分の目の前……テーブルの中央に君臨する、大きな鉄板の意味を。
マリルは眼鏡をくいっ、と上げて笑みを浮かべた。
「この鉄板の下には、炎の魔法石が敷かれていてね。テーブル横のスイッチで作動をするようになっているの。そして、メニューには赤身の肉の写真。これがなにを意味しているのか……分かるわよね、ルーちゃん、リッちゃん」
「ま、まさか、この焼肉屋という店は……!」
「『自分で肉を焼く』事を楽しむお店という事なの……!?」
マリルは、小さく頷いた。
「そう。調理済みの料理ではなく、自分たちでお好みの肉を焼き、喰らうという行為。それこそが、この焼肉屋という飲食店の醍醐味でもあるの。そして……」
そう言った後、マリルはメニュー表を鉄板の横のテーブル上に広げる。
赤く、霜のかかった肉の写真の数々。それらを二人の騎士の前に見せつけると……マリルは真剣な表情で告げる。
「ここから先は、選択肢の連続になるわ……!」
「……選択肢?」
ルーティアの顔を見て、マリルが頷く。
「普通のレストランならば、メインのメニューや食べたいものを決めれば注文するものがおのずと決まってくる。でもこの焼肉という飲食スタイルはそれとは全く異なるもので……常に食べるものを『選択しながら前に進んでいく』という方法となるわ」
「選択しながら、前に進んでいく……?」
「そう。「ごちそうさま」までの道筋をね」
今度は、リーシャの方を向いてマリルが頷いた。
そして二人に向かい、マリルは少し口元を歪ませながら言う。
「初心者の二人には、アタシ流のスタイル…… 自分の今の気持ちと向き合いながら注文をしていく、という焼肉の食べ方を伝授するわ」
「自分の今の気持ち……」
「な、なんか食事するだけなのに随分と大袈裟な話になってきたわね……」
「ふふふふ。それでは、まず『第一の選択肢』よ」
魔術師の眼鏡が、天井の照明に光った。そしてマリルは、二人に問いかける。
「ルーちゃんとリッちゃんは今…… 『がっつり食べたい』?『味わって食べたい』?」
「がっつりと……」
「味わって……?」
第一の選択肢。それは確かに、レストランなどで注文をする時に無意識に自分に問いかける事なのかもしれない。しかし、改めて言葉にしてみるとその気持ちに向き合う事はなかったような気もするルーティア。
しかし、一日を空腹で過ごした彼女にとっては、その答えは既に決まっていた。
「それは……『がっつり食べたい』だな」
ルーティアの選んだ選択に、リーシャも賛同した。
「わたしもー。なんだかんだ結構お腹すいちゃったし。今日はいっぱい食べたい気分かな」
二人の選択に、マリルは満足そうにうんうん、と笑った。
「それならば……まず注文すべきは『ライス』よ」
「ライス……。米を別で注文するのか」
「そ。この選択肢にはね、定食として焼肉を楽しむか、お酒と一緒に焼肉を楽しむか、それともよりよい肉をしっかり味わいたいか、という意味があったのよ。ルーちゃんはそんなにお酒好きじゃないし、リッちゃんはお酒飲めないでしょ。それで、がっつり食べたいというのであればライス……お米と一緒に焼肉を頼むのをオススメするわ」
「ふむ……。確かに、肉を焼くというのであれば白い米があれば尚、食が進むだろうな」
ルーティアは頭の中で、焼けた肉と白い米を思い、納得した。
そしてその間に、マリルは再びメニュー表を指さした。
「それじゃあ『第二の選択』よ」
「え、もう!?早くない!?」
リーシャは驚いたが、マリルは笑みを浮かべながら首を横に振った。
「お米だけじゃあ、焼肉に来た意味がないわよ。次の選択は……いよいよ『肉』に迫る事になるわ」
「……肉に、迫る?」
「ええ。焼肉屋では、単に「肉をください」なんて注文するのではなく……『肉の部位』と『味付け』を注文していく事になるの。詳しくは追々説明していくけれど、二人の今の気分によってアタシが注文するわ」
「……ま、任せるわ」
いつになく鬼気迫るマリルの表情に、リーシャは生唾を飲み込んだ。
「それじゃあ、『第二の選択』よ。 二人は……『肉の脂を楽しむ』?『肉の味を楽しむ』?それとも……『全てを喰らいたい』? ……さあ、どう?」
マリルの出した選択肢。まるで暗闇のダンジョンの分かれ道を、一つずつ選んで先に進んでいくような感覚になる、二人の女騎士であった。
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「お、おおっ……!」
「これが……!噂には聞いたことがあるけれど、此処に来る事になるとは思わなかったわ……!」
騎士二人は、夏の夜風に髪を靡かせながら光り輝くその店の看板を見上げた。
『焼肉』
その筆書きの大きな二文字を。
「ふふふ……二人は勿論、初めてなのよね。焼肉屋さんに来るのは」
マリルは、自分の前で焼肉の看板に釘付けになっているルーティアとリーシャに後ろから声を掛けた。ルーティアが、後ろを振り向かずに頷く。
「ああ……。よくトレーニング終わりや大きな仕事を終えた団員が『よし、今日は焼肉だなー!』といった具合に詰め所から出て行くのは目にしていた事がある……。……ここがその『焼肉屋』なのだな……!」
「そうよ。良いことがあればその喜びを高め、悪いことがあればそれを払拭してくれる……。そんなパワーが、この食事処には存在するのよ」
「でも、焼いた肉を提供するだけなんでしょ?どうしてみんな、このレストランをそんな特別視してるわけ?」
十四歳の少女には、その存在の意義がいまいち分からないらしい。入ったことがないというのなら尚更である。リーシャは首を捻って店構えのあちこちを見ている。
白い外壁の周りに植木が植えられたシンプルな外観。他の大衆酒場やファミリーレストランとほとんど変わらないようにも見えるが……。
明らかな違いを見出したのは、ルーティアだった。……いや、『嗅ぎ分けた』というのが、正しい。
「こ…… この香りは、なんだ……?」
それは、大きな音を立てるダクトから漂う匂い。
店内の換気をするために風魔法を使い空気を外に送る銀色の配管から……今までに嗅いだことのないような、芳醇な香りが漂ってくる。
スパイスのような辛みを伴った香りに、何かを燃やしたあとの煙のような燻りの匂い。そしてそれらの奥底にある、嗅いだ事のあるジューシーな匂い。
「これは…… 肉の、匂い……!」
その匂いだけで、ルーティアの口中に涎が溢れる。
それは、普通の飲食店の外からはまず感じられない、香りのオーラ。タレのかかった肉を何かで焼いた匂いが、まるで見えない雲海のように見せを包んでいるのだ。
行き交う民衆を惑わし、店内へと誘う魔性の香り。
それにつられるように、ルーティアもフラフラと焼肉屋の入り口の方へと歩んでいく。
「ちょ、ルーティア!?どうしたのよ!?」
「ふふふ……限界まで昂ぶらせた空腹とそのフラストレーション。この焼肉の匂いの前では流石のルーちゃんも限界のようね。とにかく行こう、リッちゃん」
「だ、大丈夫なんでしょうね。なんかアイツ、なにかに取り憑かれたみたいになっているけど……!」
肉。肉。肉。
ダクトから溢れる匂いから連想される、未知の姿の血肉を求めて、ルーティアは店内へと入っていった。
心配そうにそれについていくリーシャと、落ち着いた笑いをみせるマリル。
三人は、肉の宴の会場へと、足を踏み入れていくのであった。
――
気付けば三人は、座敷に座っていた。
四畳半ほどの畳の部屋の真ん中には、大きなテーブル。それを取り囲む座布団に、ルーティアとマリル、リーシャは胡座をかいて座った。
テーブルの中央には…… 穴が開いている。
大きめのピザくらいあるその穴にぴったり填まるように、穴の開いた鉄板がセットされていた。普通のレストランではお目にかかれないその光景を、ルーティアとリーシャはじーっと眺めていた。
「失礼します」
座敷の入り口の引き戸が開き、女性の店員さんがメニューとお冷や、おしぼりを持って現れた。
それらを手早くテーブルに置き、店員は物静かにその場を去る。どうやらメニューが決まったら再び呼ぶシステムらしい。
マリルは、店員から受け取ったメニューを鉄板のある窪みの横に広げた。
「さあ……まずは、作戦会議よ!」
広げたメニューには、沢山の写真。
そしてその全てが…… 赤身の、肉の写真であった。
「に……肉!肉じゃないか!」
「しかもコレ、全部赤くて……焼いていない状態の写真ばっかりよ。どうしてこんな写真を…… ハッ!」
自分で言っていて、リーシャは気付いたらしい。
そう、自分の目の前……テーブルの中央に君臨する、大きな鉄板の意味を。
マリルは眼鏡をくいっ、と上げて笑みを浮かべた。
「この鉄板の下には、炎の魔法石が敷かれていてね。テーブル横のスイッチで作動をするようになっているの。そして、メニューには赤身の肉の写真。これがなにを意味しているのか……分かるわよね、ルーちゃん、リッちゃん」
「ま、まさか、この焼肉屋という店は……!」
「『自分で肉を焼く』事を楽しむお店という事なの……!?」
マリルは、小さく頷いた。
「そう。調理済みの料理ではなく、自分たちでお好みの肉を焼き、喰らうという行為。それこそが、この焼肉屋という飲食店の醍醐味でもあるの。そして……」
そう言った後、マリルはメニュー表を鉄板の横のテーブル上に広げる。
赤く、霜のかかった肉の写真の数々。それらを二人の騎士の前に見せつけると……マリルは真剣な表情で告げる。
「ここから先は、選択肢の連続になるわ……!」
「……選択肢?」
ルーティアの顔を見て、マリルが頷く。
「普通のレストランならば、メインのメニューや食べたいものを決めれば注文するものがおのずと決まってくる。でもこの焼肉という飲食スタイルはそれとは全く異なるもので……常に食べるものを『選択しながら前に進んでいく』という方法となるわ」
「選択しながら、前に進んでいく……?」
「そう。「ごちそうさま」までの道筋をね」
今度は、リーシャの方を向いてマリルが頷いた。
そして二人に向かい、マリルは少し口元を歪ませながら言う。
「初心者の二人には、アタシ流のスタイル…… 自分の今の気持ちと向き合いながら注文をしていく、という焼肉の食べ方を伝授するわ」
「自分の今の気持ち……」
「な、なんか食事するだけなのに随分と大袈裟な話になってきたわね……」
「ふふふふ。それでは、まず『第一の選択肢』よ」
魔術師の眼鏡が、天井の照明に光った。そしてマリルは、二人に問いかける。
「ルーちゃんとリッちゃんは今…… 『がっつり食べたい』?『味わって食べたい』?」
「がっつりと……」
「味わって……?」
第一の選択肢。それは確かに、レストランなどで注文をする時に無意識に自分に問いかける事なのかもしれない。しかし、改めて言葉にしてみるとその気持ちに向き合う事はなかったような気もするルーティア。
しかし、一日を空腹で過ごした彼女にとっては、その答えは既に決まっていた。
「それは……『がっつり食べたい』だな」
ルーティアの選んだ選択に、リーシャも賛同した。
「わたしもー。なんだかんだ結構お腹すいちゃったし。今日はいっぱい食べたい気分かな」
二人の選択に、マリルは満足そうにうんうん、と笑った。
「それならば……まず注文すべきは『ライス』よ」
「ライス……。米を別で注文するのか」
「そ。この選択肢にはね、定食として焼肉を楽しむか、お酒と一緒に焼肉を楽しむか、それともよりよい肉をしっかり味わいたいか、という意味があったのよ。ルーちゃんはそんなにお酒好きじゃないし、リッちゃんはお酒飲めないでしょ。それで、がっつり食べたいというのであればライス……お米と一緒に焼肉を頼むのをオススメするわ」
「ふむ……。確かに、肉を焼くというのであれば白い米があれば尚、食が進むだろうな」
ルーティアは頭の中で、焼けた肉と白い米を思い、納得した。
そしてその間に、マリルは再びメニュー表を指さした。
「それじゃあ『第二の選択』よ」
「え、もう!?早くない!?」
リーシャは驚いたが、マリルは笑みを浮かべながら首を横に振った。
「お米だけじゃあ、焼肉に来た意味がないわよ。次の選択は……いよいよ『肉』に迫る事になるわ」
「……肉に、迫る?」
「ええ。焼肉屋では、単に「肉をください」なんて注文するのではなく……『肉の部位』と『味付け』を注文していく事になるの。詳しくは追々説明していくけれど、二人の今の気分によってアタシが注文するわ」
「……ま、任せるわ」
いつになく鬼気迫るマリルの表情に、リーシャは生唾を飲み込んだ。
「それじゃあ、『第二の選択』よ。 二人は……『肉の脂を楽しむ』?『肉の味を楽しむ』?それとも……『全てを喰らいたい』? ……さあ、どう?」
マリルの出した選択肢。まるで暗闇のダンジョンの分かれ道を、一つずつ選んで先に進んでいくような感覚になる、二人の女騎士であった。
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