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最終章 明日へ
最終話 煌めく明日へ
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「……ふう」
オキト城、謁見の間のバルコニー。
満月の月明かりが美しい夜。街を一望できるこの場所からは、城下町の家々の灯りが星屑のように光って見える。
片手に持ったホットコーヒーから立ち上る湯気が、夜空へと溶けていく。
ベンチに座り、マリルはそれをぼんやりと見つめながら酔いを冷ましていた。
「ここにいたか、マリル」
「ルーちゃん」
バルコニーへ続くガラス扉を開けて、ルーティアがそこへ近づいてきた。
「あちらも大分盛り上がってきたので、一旦避難してきた。……迷惑か?」
「あはは、そんなワケないでしょ。隣、空いてるよ」
やや疲れたような表情をしているルーティアに向け、マリルは自分の座るベンチの空きスペースをぽんぽんと叩いた。
ルーティアはそこにゆっくり腰掛けて、ぼんやりと星空を眺める。マリルも、同じ角度でそれを見つめた。
「楽しい宴だな」
「うん、ホントに。……ルーちゃんが頑張ってくれたからね」
「そんなことはない。マリルが一晩中看病をしてくれて、みんなが一緒に戦ってくれたからだ」
「あはは。アタシも少しは役に立てたなら、嬉しいよ」
「お粥、美味かったぞ」
「うんうん。……でも、病み上がりで今日あれだけ暴飲暴食して体調大丈夫なの?ルーちゃん」
「久しぶりに食べる揚げ物が嬉しくてな。……だが、流石の私でも少々腹がキツくて苦しい」
「それだけで済むんだ……」
今回の戦いの表の功労者と影の功労者は他愛のない会話を交わしあい、しばしの余韻に浸った。
だがそんな会話をしている中でも、マリルの表情はどこか暗い影を落としているように見える。
ルーティアはその理由を聞こうとするが、先に話を始めたのはマリルの方だった。
「……ドラク。あの人が、最後に言った言葉が……なんだか、残っちゃって」
「連行されている時に言っていたことか」
「うん」
それは、ドラク・ヴァイスレインが監獄へと連行される時、すれ違いざまにルーティア達に呟いた言葉。
怒りや、憎しみの言葉ではなかった。
紅蓮の骸、頭首が最後にオキト国の人々に告げた言葉は、悲しみの感情を含んだものであった。
「……俺達は『忘れられたくなかっただけ』だ。紅蓮の骸を……魔族という存在が、世界から消えていく。……それがどうしようもなく、辛く、悲しかっただけだ」
「それは、人間とて例外ではない。力を持つ者は、それを誇示することでしかこの世界に存在を許されない。どういう形であれ、それは必ず……自分の運命のように、降りかかってくる」
「オキトの者達よ。お前達は……それでも……『忘れられる』ことに、耐えられるかな……」
「……ルーちゃん達には、分かる?あの人の言葉の、意味」
「……さあな。敵対していた者の言葉だ。今はまだ……私にはピンとこない」
「……そうだよね」
首を傾げて満月を見つめるルーティアに、マリルは少し微笑む。
「アタシは、さ。なんか……なんとなくだけど、分かる気もするんだ」
しかし、それを理解できたというマリルの表情は、なんだか悲しそうでもある。
「人間も、魔族も……生きている者は全て、自分という存在を、誰かに知ってもらいたいっていう欲望があると思うの。だから……なによりも『忘れられる』ことに怯えてしまう」
「……」
「ドラクは、魔族という種族が持つ力や歴史を忘れられないために戦っているっていう大義名分のため。でもそんなに大きな理由じゃなくても……人間だってきっと、誰かに『忘れられない』ために生きているんだな、って」
「忘れられない、か」
「自分勝手でも、迷惑でも、忘れられることが怖いから……。だから努力をしたり、捨て身になって頑張ったり……。みんな、そんなどうしようもない不安のために、生きているのかなあって」
「……そう、なのかもしれないな」
「……アタシだって、そう。アタシという存在は、ルーちゃんやリッちゃんが……みんなが認識してくれているから、存在できている。……だからもしもみんなが、アタシのことを忘れちゃったら……すごく、悲しくて、辛いことなんだな、って」
「珍しく哲学的なことを考えるんだな、マリル」
「……」
ドラクは、魔族の、ひいては自分自身の存在意義のために戦っていた。
しかしそれは、大きくも小さくも、皆が持っている感情なのかもしれない。マリルは、そんな風に考えていた。
自分という存在を、誰かに見て欲しい。知って欲しい。感じて欲しい。……それが失われた時が、あまりにも怖いから。
その不安を改めて感じたマリルは、怖い、というよりも―― 悲しみが、胸を締め付けている。
だが、その悲しみを打ち消すように、ルーティアはベンチから元気に立ち上がって見せた。
「私は、忘れないぞ」
「え?」
「マリルと一緒に、初めて温泉に入った日のこと。ケラソスで美味しいものを食べたり、買い物をしたり、フェリーで旅をしたことも」
「……ルーちゃん」
「世界中の全ての人が忘れても、私は覚えている。かけがえのない……とても、とても楽しい、私とマリルの休日の思い出だ」
それは、マリルが今までに見たこともないような、とびきりの笑顔だった。
月明かりを後ろにして、ルーティアは語り続ける。
「忘れられたくない。忘れられるのが怖い。……そんなことを考えながら生き続ければ、誰しもみんな、疲れ切ってしまうだろう。だから……たまには『忘れても』いいんじゃないかな」
「……忘れても、いい?」
「一人で旅に出てもいい。家でダラダラ過ごしてもいい。美味しいものを食べて、温泉に浸かって、ぐっすり寝てもいい。自分という存在を、休めてやるために…… 休日をまた、思い切り楽しく過ごせばいい。マリルがそれを、教えてくれたんじゃないか」
「……あ……」
「仕事でも、勉学でも、大きな目標のためでも……自分の背負う重荷は、自分を苦しめていく。忘れられるのが怖い、忘れられたくない、もっと、もっと――と。だから、たまにはそれをも『忘れて』しまうことが必要になるんだ」
「……忘れる……」
「ああ。楽しい思い出をたくさん、たくさん自分で積み重ねて、辛いことも苦しいことも忘れてしまえばいい。そのために、休日は存在するんだ。大義を捨て、目標を捨て……軽くなった身体で、次のステージに向かえるように。だから『忘れられることを、忘れてしまえばいい』のさ。休日だけはな」
「……あはは。なんだかワケがわからないような、よく分かるような言葉だね」
「うむ。私も言っていてちんぷんかんぷんだ」
「ルーちゃんらしいや」
そう言って、二人は笑い合う。
月明かりが照らす、バルコニー。宴会の喧噪が遠くに明るく聞こえる。ルーティアとマリルは、そこから離れて二人だけで、今までのことを思い返していた。
楽しくて、心安まる、休日の時間を。
「マリル」
「……ん?なに?ルーちゃん」
「ありがとうな、今まで」
「……やめてよー。なんだかアタシ達の関係、これで終わりみたいになるじゃん」
「……ははは。そうだな。次の休みも、よろしく頼むぞ休日マスター」
「うんうん。……今度の休みも、よろしくね。ルーちゃん」
――その時。
ガラス扉を開けてバルコニーへ入ってきたのは、リーシャ・アーレインであった。
「こらー!二人でなにしてんのよっ。こっちは酔っ払いの相手してて大変なんだからさっさと中に入りなさい!」
そう言う彼女の先ほどまでいた謁見の間からは、大声で笑う国王の声や何故か大声で泣きわめいているランディルの声が聞こえてくる。酔える年齢の方々は、そろそろ羽目の外れてくる時間であろう。
「あー、すまんすまん。今、行くよ」
ポリポリと頭をかいて、ルーティアはふう、と苦笑を含んだため息をつく。
「ルーティアとマリルで、何話してたのよ。今更深い話する仲でもないでしょ?」
「色々あるんだ。大人はな」
「なに、大人って。そういう性格でもないでしょアンタら。……って、マリルなんか涙ぐんでない!?」
ベンチから立ち上がり、リーシャの元へ近づいていく二人。目元を擦るマリルにリーシャは驚き、心配そうに顔を覗き込む。
「ち、ち、違うよぉ。あはは、ちょっと疲れて、眠くなっちゃっただけだって」
「……ホントでしょうね。なんならもう少し放っておこうか?二人とも」
なんだか、二人の語らいの時間を邪魔してしまった気分なのだろう。ばつの悪そうなリーシャに、ルーティアは首を横に振る。
「いや、いい。お前が来てくれた方が助かる」
「なによそれ」
「私達だけだと、妙なことを色々考えてしまってな。やはり子どものような素直で明るい気持ちを私達も見習ったほうがいいと思えるよ、リーシャを見ていると」
「……そう、なの?……なら良かっ…… って、なに子ども扱いしてんのよッ!!」
すぱんっ、とルーティアの頭を小突くリーシャ。その様子に、思わずマリルは微笑む。
「……あははは」
「ふふふ」
「……うわ、気色悪。なに笑ってんのよ」
とはいえ、なんだか元気の出たようなルーティアとマリルに、悪い気はしないリーシャ。
「ルーちゃん、リッちゃん」
「ん?」
「なんだ?」
マリルは、にっこりと微笑んで二人を呼ぶ。
リーシャは目を丸くし、ルーティアは腕組みをして微笑んだ。
「次のお休みも……楽しいことしようね。忘れられない、楽しい思い出を……いっぱい作ろうね」
「……ああ。よろしく頼むぞ、マリル」
「なに今更言ってるのよ。休日マスターらしく、シャキッとしなさい」
「……うん!アタシ、なにするかしっかり考えておくからね!……次も、よろしくね!」
ルーティアとリーシャは顔を見合わせる。
どうやらマリルに向けて言うべき言葉が、二人とも同じだったらしい。
リーシャはルーティアの肩を叩き…… ルーティアが、その気持ちを代弁する。
マリルに向けて、ルーティアは満面の笑みで言った。
「 私達は、休日の過ごし方をまだまだ知りたいのだからな 」
月と星が大地を照らす夜。
街の灯りが輝く夜。
無数に輝く光は、人々の物語の数を示すように煌めく。
世界の何処かで、今も続く物語を。
この世界でも、きっと、ずっと。
ルーティア・フォエルは、その煌めきを見送りながら、城の中へと戻っていった。
自分の物語に、また戻っていくように。
――
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神獣なんて馬鹿な物出すお子様バカ娘に痛い目見せてやってください。
感想に気付いていませんでした…本当に申し訳ありません!!ありがとうございます!! 痛い目は見せられませんでしたが勝利はしてもらいました…!!
ガニータ国民ですが、本当に広いというか長いんですよねw
船の旅、とても楽しみです♪
感想がきていたことに気付いていませんでした…本当に申し訳ありません…! ガニータのかたでしたか!!想像より本当に長いんですよね!!マーグン国の民としては海関係で本当にお世話になりました!!
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ありがとうございます!とても嬉しいです!これからもよろしくお願い致します!