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口ぐせに関しまして
しおりを挟むそれにしましても、
(ウザ)めんどくさ
が口ぐせの前世の生きざまに、今世のわたくしの魂が目覚めてしまってからは、もうここでの生活の全てがいっそう辛うございます。
常に監視されて自由なんて本当にございませんのよ。何をするにも侍女がついて、一見らくそうに見えることでしょうけど、らくなのは身の回りの支度だけでございます。
あとは朝から晩まで規律にがんじがらめ、皇太子妃らしくありなさい、あれはしてはならない、これはしてはならない、あれはしなくてはならない、これはしなくてはならない、もううんざりでございます。
あの素敵な怠惰、いえ、スローライフの毎日を思い出してしまいましてから、本当はもう一分一秒でも早く婚約破棄されたいのですけども、早まっては家を滅ぼしてしまいますので、へたなことはしませぬよう気を付けております。
家が存続するためには、あくまで皇太子さまのほうから皇太子さまのご都合で破棄されなくてはなりませんから。
そういう意味でも、皇太子さまの恋人となるドロボーニャさまを虐め抜くなんてできませんわね。時期王妃に恨まれてしまっては家に影響が及びますから。やはりお茶をひっかけるパフォーマンスくらいで止めておきましょう。
さて、肝心のドロボーニャさまですが、本当にいらっしゃいましたわ。探し出してくだすった優秀な使用人には、褒美をたくさん与えて暫しのバカンス休暇に出しておりますの。
次のミッションは、どのようにして彼女とマジマンジ皇太子さまに運命の出逢いを迎えていただくかなのでけど……これが、なかなか妙案が浮かびません。
前世のわたくしはあの乙ゲーひとすじでしたけど、あの世界には他にいくつもの乙ゲーが存在しておりまして、たとえば学園という、身分の隔てなく学問を学ぶ仕組みのなかで皇太子と娘が出逢う、なんていうセッティングの乙ゲーも人気でしたようなのですが、
前世のわたくしが夢中になっておりました乙ゲーにも、もちろんこちらの世界にも、そのような学び舎はございません。
みな貴族の家は優秀な家庭教師をお呼びするのです。かようなこちらの世においては、皇太子さまと男爵家の娘が出逢える場は、もう社交場くらいしかございませんが、その中においてもなかなか難しいのでございます。
本来ならば、口をきくことも憚れる身分の差でございますから。皇太子さまのお傍に近寄るなんて、常識をわきまえた男爵家の者でしたら決してなさいません事。
とは申しましても、あの乙ゲーのドロボーニャさまは、思い出せばそういったことには少々、いえ、かなり疎い方でしたので、もしこちらの世でのドロボーニャさまも同じ御性質をお持ちならば、期待できますわね。
何かの理由をつけてドロボーニャさまをわたくしどもの社交場にお呼びして、それとなく皇太子さまを彼女のいらっしゃるフロアまでお導き差し上げたらよろしいのですわね。
うまくいきますように、懇意の者達を使って事前の根回しもしておきましょうか。
ええ、ご質問ですか。
婚約破棄を望むなんてわたくしは皇太子さまを好いていないのか、ですって……?
いいえ。お慕いしておりますわ。そうですわね、わたくしの愛するヨークシャーテリアの二番目くらいに……
恋、というものでしたら、わたくしは存じませんのです。きっとそのような不可思議なものとは、ずっと御縁がないのではないかしら。
がっかりしてしまわれたなら申し訳ございませんわ。
「ダリーナ、君は逢うたびに美しくなる……君に逢えば一日の疲れなど一瞬に消え去っていきます」
そうでしたわ、もうひとつお伝えしていなかったことがございます。
こちらのマジマンジ皇太子さまは、大変にレディーファースト、社交辞令の御上手な殿方なのです。もちろんご容姿も端麗でいらっしゃいます。
前世の世でいう、イケ男子って存在かしら。事実、乙ゲーでもたしかそのような紹介でしたわ。
「皇太子さま。いつもお優しいおことばをかけてくださり、大変に光栄でございますわ」
「何を言いますか?君は私の妃となる御身、私が君へこのような想いを口にするのは当然でしょう」
「まあおふたりとも、いつにもまして仲がよろしくて微笑ましいこと。今から結婚式が楽しみで仕方ありませんわ」
麗しいその御声に振り返れば、王妃さまがおわしました。
「ごきげんよう、王妃さま」
わたくしはカーテシーをおこない、深く礼を尽くします。
「ふふ、ごきげんようダリーナ妃。本日は盛大な催しものがなされると聞きましたわ」
「左様でございます。僭越ながら多くの御方々にも招待状をお送りさせていただきましたの。きっとご満悦いただけることと存じます」
「まあそれは楽しみね」
「ではダリ―ナ、私と一緒に挨拶にまわりましょうか」
マジマンジ皇太子さまが仰いました。
「仰せのままに」
わたくしは王妃さまに今一度、姿勢を落として礼を致しましてから、マジマンジ皇太子さまの後へと続きます。
「ダリ―ナ、そろそろ、その重苦しい言葉遣いを止めてはもらえませんか」
わざわざ振り返りなさり、マジマンジ皇太子さまが困ったような御声を出されました。
「皇太子さま…」
負の感情をここまでご尊顔に表してくださるのは、このように二人だけでお話している時だけですの。
なぜかしら、こんな時のマジマンジ皇太子さまに対しては、胸の奥がどこか、きゅっと締まるような不思議な感覚がするのです。こういう瞬間は嫌いじゃありません。
「皇太子さま、そうはおっしゃられましても、わたくしは他に話し方を存知あげませんのです」
ええ、嘘を申しました。
前世の記憶の中のわたくしは、きっとわたくしのお母上がお聞きになったら卒倒してしまわれるような話し方をしておりましたから。
それも、近頃では、一人でいる時ふとした瞬間に口をついて出てきてしまうのですわ。くそ疲れた。ですとか。マジありえん。いっぺん死んでこい。ですとかね……。
少しずつ前世の記憶がわたくしの心に侵食を始めているのでしょうか。
そのうち、人前でも言い始めてしまいそうな気がしてなりませんわ。
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