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異星人
しおりを挟むとくに、前世のわたくしの口ぐせ、
ウザめんどくさを。
「え?いまなんとおっしゃいました」
わたくしの取り巻きたちが、弾かれたように顔を上げました。
先ほどマジマンジ皇太子さまが伯爵家の方々とお話を始めたので、わたくしは失礼してドロボーニャさまを探しにフロアを降りましたら、それまで離れたところにいた取り巻きたちがやってきて一緒に探し始めてくれたのですが、
どこを探しても、彼女、まったく見当たらないのですわ。
わたくし疲れてきて、気がついたら口走っておりましたようです。ああ本当に、ついに人前で……。
「いえ、なんでもございませんわ。コホン。本当に、どこへ行ってしまわれたのでしょうね」
「え、ええ」
取り巻きたちは顔を見合わせています。今のめんどくさを聞きまちがいと思ってくれましたかしら。
「バニラ」
わたくしは、もうこうなりましては、可愛い我がヨークシャーテリアを使うことにいたしました。
名を呼んで召喚しますと、目の前に泡をまとってバニラが出現しました。
この子は犬属性ですので、鼻が効きます。
ドロボーニャさまを見つけだしてくれた使用人から預かっておいた彼女のハンケチーフを嗅がせました。
「キャン」
心得たように愛らしく鳴いて、バニラは再び泡をまとって消えました。
そういえばなぜ泡なのかしら。
前世の記憶を思い出すようになってから、今まで気にもしていなかった事が気になるようになってまいりましたの。まあ大抵はどうでもいい事です。
「キャンキャン」
あらもう見つけたようですわ。さすが優秀な、わたくしの可愛い子。
再び泡をまとって戻ってきたバニラをわたくしは取り巻きたちと共に見上げます。この子は宙に浮いてますので、自然と見上げることになるのです。
バニラはまっすぐある方向へ向かっていきました。わたくしたちはバニラについていきます。
あら、この方向って。
「おや、バニラの散歩ですか」
マジマンジ皇太子さまがバニラを見てすぐ、わたくしのほうを振り返りました。わたくしの取り巻きたちは慌ててカーテシーをします。
わたくしは見開きそうになった目を急いで一瞬伏せました。
なぜって、マジマンジ皇太子さまのお傍に、ドロボーニャさまがいらっしゃいましたのよ。
どうりで下のフロアを探していても見当たらなかったわけですこと。
「ひゃあ、もしかしてダリ―ナさまですか?!実物めっちゃきれーい!」
わたくしは顔を上げて、そっと微笑みました。
なんですの、この方の話し方。前世の記憶の人々の話し方そっくり。
「そうでしょう。私の自慢の妃ですよ」
「まあ皇太子さま、そのようなことを人前で…」
「えーお二人とも仲良いんですねー!」
マジマンジ皇太子さまはお優しいので、身分の低い者にも大変丁寧に接します。きっと彼女がこの調子で話しかけてきたので、律儀にご対応されてらしたのでしょう。
これまで皇太子さまとお話されてらした伯爵家の方々も、遠巻きに遠慮なさって佇んでらっしゃいます。
どうやらわたくしの読みは当たりましたようです。
こちらの世界でのドロボーニャさまも、あの乙ゲーのドロボーニャさまと御性質がぴったり同じのようですわ。話し方はもう少し品があったような覚えがございますけれども……
それにしても、もしかしてわたくしがわざわざ探さなくとも、待っていればいずれ彼女のほうから皇太子さまへ接触があったのかもしれませんわね。わたくしが本日の場をセッティングしたことで、その時期が少し早まっただけなのかもしれません。
ええ、早まってくれたほうがいいのですから、成功ですわ。
「ダリ―ナさま、わたしドロボーニャといいます!仲良くしてくださーい!」
「貴女、ちょっと…」
わたくしの取り巻きが、ついにたまりかねたのか声を出しましたが、わたくしはそれを手で制しました。
「よろしくってよ。ですけど、」
わたくしはマジマンジ皇太子さまのように身分隔てなく接することができない心の狭い人間、いえ言い訳させていただくなら、秩序を守る人間……でございますけど、
これから婚約破棄されるためにも、心の広い人間にみせようなんて無理な演技は、もとい不要ですわね。
「そのお言葉遣い、もう少々直していただかなくては、色々と御一緒させていただくことはできかねますわ」
手にした扇子を口元に当て、彼女へ向けたまなざしにあえて嘲笑をのせてみました。
「え?あ、怒られちゃったあ!すみません!」
「……」
堪えていないようですわ。
しかも、なにかわたくしども高位貴族には無いその底抜けの明るさに、どうしたことでしょう、わたくし眩しささえ感じているのですけど。
「ドロボーニャはおもしろいな」
マジマンジ皇太子さまも、同じ想いなのでしょうか。
「えー、そーですか?前の世界でも私よく、言葉遣いがなってない!って怒られたんですよねーえへへ」
「前の世界…?」
「あ、こっちの話で―す。あーあとTPOをわきまえろとかー。私じゃむりですってー」
「てぃぴ…?」
「あーそれもこっちの話でーす」
仮にも貴族のはしくれ(失礼)としてはありえない大口で笑う彼女に、もう皇太子さまはつられて笑ってしまっておいでです。
てぃいぴいおぅなるものは、どこかで聞いたような記憶がございますけど、それにしましてもドロボーニャさまは先ほどから何やらよく分からないことをおっしゃってばかりで、一体どうされたのでしょうね。それよりなにより、なんでしょうか、どこか憎めないとはこういう方の事をさしていうのかしら。
ああ、こんなふうに感じるなんて、わたくしはどうかしてしまったのでしょうか。
「うーん、でも実物のダリ―ナさまは悪い人じゃなさそうですねー……困ったなー」
あいかわらず可笑しなことを言ってドロボーニャさまは小首を傾げました。
「ま、いっか。ゲームだし」
はい、なんですって。
今、ゲームとおっしゃいませんでした?おっしゃいましたわよね。
「げえむ…なんだ?」
皇太子さまがまたも不思議な単語に反応します。
ええ。不思議な単語です。
わたくしの前世に存在する単語であって、今の世には無いものでございますから。
ええと、なんですの。つまり、この方……
「いいえっなんでもありませーん!!」
辺りに響き渡った底抜けの明るい大声に、わたくし思考が飛びました。
いま何か大変に重要なことを導き出そうとした……ような気がしましたけど。
「これからよろしくお願いしまぁす!!きゃはッ」
この大声、不敬罪に抵触しかねません。
神話に出てくる異星人みたいな方ですわ。ああきっと先程わたくしそう導きましたのね……。
応援ありがとうございます!
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