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第21話:恋文の送り主
しおりを挟むおはようございます! 橘さん、今日の差し入れは――」
紙袋を下げて元気よく出勤した霧島まどかは、橘直哉の無言の視線に首を傾げた。
「……あれ、どうかしました?」
「お前の机の上、見てみろ」
言われるまま机に目をやったまどかは、そこに置かれた一通の白い封筒に気づいた。
宛名も差出人も書かれていない。妙に丁寧に折られた便箋。指先が、ほんの少し震える。
「……誰から、これ……」
開くと、墨のにじむ文字が並んでいた。
『昨日も君は、あの男の隣にいた。
君は思い出しているはずだ。あの防音室のことを。
僕の声に応えたのは、君だけだった。』
「……なにこれ、ストーカー?」
「防音室ってのが引っかかるな」
橘が立ち上がる。すぐにパソコンを操作して資料を出す。
「三ヶ月前、音大の録音スタジオで職員が意識を失った事件。事故として処理されたが……閉じ込められてたって噂もあった」
まどかの目が見開かれる。
「……その場所、私、通りかかったことあります。その時、確か誰かが中にいて……私、声かけた気がする……」
──あのとき、確かに誰かの声が聞こえた。
「どうかしましたか?」
『……いえ、対応済みです』
淡々と答えたその男の顔は思い出せない。けれど、あの声だけが耳に残っていた。
⸻
その午後、音楽大学から通報が入る。
録音スタジオの防音室で職員が意識を失って倒れていた。中から鍵がかけられており、完全な密室。
「同じトリック……いや、“再現”だ」
現場で橘がつぶやく。内部に荒らされた形跡はないが、妙に整然とした空間。その一角に、折りたたまれた花が置かれていた。紫のトルコキキョウ――別名、花言葉は「永遠の記憶」。
職員は幸い命に別状はなかった。
「目撃者がいた。現場近くで見かけた職員、倉田リョウ。姿を消してるらしい」
まどかと橘が大学裏の搬入口に向かうと、まさにそこに、コートのフードを深く被った男がいた。
「倉田リョウさん! 警察です、止まってください!」
男は逃げようとするが、橘が裏手から回り込み、静かに取り押さえる。
「……君は……やっぱり、覚えてたんだな……あの時、俺を見つけてくれた……」
呆然とした顔で、倉田はまどかを見つめる。
「防音室の前で、君が声をかけてくれた……あれは、俺にとって救いだった。君だけが、俺を見つけてくれた。俺は、君とあの空間を共有していた。なのに……君は、あの男の隣にいて……」
「それだけで、人を閉じ込めたんですか?」
まどかの声が震える。
「……違う。君は思い出してないだけだ。あれはただの同情じゃなかった。俺と君は、繋がってる。だから、もう一度思い出してもらう必要があった。あの空間で。俺の声で」
橘が低く言った。
「その職員は、まどかと親しそうにしていた。それが許せなかった。まどかの“唯一の理解者”は自分だけだと思ってたんだろう」
「黙れっ! 君が、壊したんだ……!」
取り押さえられた倉田は、崩れるようにうずくまった。
⸻
翌日。橘は大学側の許可を得て、倉田のロッカーと使用PCを調べていた。
中には一冊の手帳と、USBメモリ。そこには、狂気の片鱗が滲んでいた。
『彼女は気づいていない。けれど確かに目が合った。あの一瞬、彼女は俺に救いの言葉をくれた。あれは絆だった。俺だけが気づいた絆。』
『彼女は気づけば戻ってくる。だから、邪魔なものは消しておかなくてはならない。』
『永遠に、俺たちだけの防音室に……』
橘はそれを読み、静かに目を閉じた。
⸻
その夜、交番裏のベンチ。缶コーヒーを手に、まどかが沈んだ声で言う。
「……私のひとことが、あんなことに繋がるなんて……」
「お前のせいじゃない。お前はあの時、ただ困ってる誰かに声をかけただけだ」
橘の言葉に、まどかは少しだけ肩の力を抜いた。
「……でも、なんだか怖いですね。人の心って」
「だから警察がある」
「……あの、橘さん」
「なんだ」
「次に“恋文”が来たら、先に読んでおいてもらっていいですか?」
「……手紙は宛名の人が開けるもんだ」
「冷たいっ!」
まどかの叫び声が、夜の交番にこだました。
その頃、刑事課のポストに、もう一通の封筒が届いていた。
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