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第20話:「それでも僕は、君を見ていた」
しおりを挟む「……これ、見てくれ」
橘が差し出したタブレットには、見慣れた顔が映っていた。
どこかの駅前。歩道橋の下。まどかが傘を差しかけている。
その一瞬を、誰かが望遠で撮ったかのような構図だった。
「……私、これ……知らないです」
まどかは目を細め、眼鏡をずらした。
「他にもある。大学のカフェ、通勤途中、家の近所。……全部、お前を“狙って”撮った写真だ」
数十枚にも及ぶ写真は、匿名掲示板に投稿されていた。
スレッドのタイトルは【美人刑事・霧島まどかさんを守りたい】。
文体は一見、崇拝的。しかし、その裏に滲む“監視”の気配。
「ストーカーじゃ……ないですか」
まどかはぽつりと呟いた。
橘は腕を組み、険しい目で画面を睨む。
「しかも投稿主、俺たちが大学の事件を捜査してる間も写真を撮ってる。……場所が一致してる。これ、内偵レベルだぞ」
「どうします?」
「捜す。絶対に吐かせる。お前のことを“見てただけ”で済ませるつもりなら、それは……勘違いだって教えてやらなきゃな」
⸻
久保田ソウタは、ビルの裏手のコンビニで発見された。
通報したのは大学の守衛だった。「数日間、妙に出入りを気にする男がいた」とのこと。
彼は身分証を提出し、警察の呼び出しにすんなり応じた。
取調室での彼は、終始伏し目がちで、小さく身を縮めていた。
「……俺、悪いことをしてるつもりは、なかったんです」
「写真を撮るだけが“悪くない”って思ってたのか」
橘の声が鋭くなる。
「……違うんです。俺……彼女に、助けてもらったんです。三年前。駅のホームで、俺、飛び降りようとしてて……
でも、後ろから声をかけてくれた警察官がいて。それが……霧島さんだったんです」
「……」
「俺、名前も聞けなくて。でもあのときの言葉、忘れられなくて。
“今日は無理でも、明日は笑えるかも。だから、いま無理しないで”って……それだけで、生きる理由になったんです」
まどかは、ようやく口を開いた。
「……私、覚えてないです。ごめんなさい。でも、そんなふうに……思っててくれたのは、嬉しいです」
「俺、ただ……言葉をかける勇気もなくて、何かを残したくて、写真を……
でも、ネットに出したのは俺じゃない。知人に見せて……そいつが勝手に投稿したんです」
橘の表情が曇る。
「お前の“恩返し”は、彼女を脅かすことになった。自覚あるか?」
久保田は俯き、小さくうなずいた。
「……あります。だから、自首したんです。全部、俺の責任です」
⸻
取調室を出たあと、まどかは自販機の前で立ち止まった。
「なんか、思い出せないのが申し訳ないですね」
「いいんじゃねえの。お前、たぶん声かけたあと、そのまま次の現場行ってたタイプだし」
まどかは笑った。
「でも、誰かの人生に関われたって、嬉しいです」
「……あいつのこと、恨むなよ」
「うん。……ありがとう、って言います。だけど、次はちゃんと言葉でって。思いは、ちゃんと口にしないと」
並んで歩く帰り道、橘がぽつりと言った。
「……お前のこと、ちゃんと見てるのは、俺も同じだよ」
まどかが立ち止まる。
「え?」
「なんでもない。暑いだけだ」
「……九月ですよ?」
「地球温暖化だ」
二人の足音が、静かに路地を曲がっていく。
──その夜。
暗い部屋のパソコン画面に、新たな検索ワードが打ち込まれる。
【橘直哉 家族構成】
【橘直哉 交際相手】
【霧島まどか 関係者】
指が、最後のキーを叩く。
次に狙われるのは――彼だった。
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