『容疑者は君に夢中?〜捜査一課の恋と事件簿〜』

キユサピ

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第19話:あなたがくれた光の記憶

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大学構内の緑地に、夏の終わりの風が吹いていた。
蝉の声は薄くなり、空の色がどこか透明になっている。

 

霧島まどかは、資料を小脇に抱え、構内の石畳を歩いていた。
その隣を歩く橘直哉は、相変わらず目深にキャップを被っている。

 

「ふー、大学っていいなぁ……空気が穏やかで」

 

「お前、ついこないだ盗撮事件の聞き込みで駆け回ってたとき、“もう二度と来たくない”って言ってなかったか?」

 

「え、言いましたっけ?」
まどかはくるりと笑ってみせる。

「忘れました!」

 

橘はあきれたように小さく笑い、首を振った。
その時、前方から手を振って駆けてくる影があった。

 

「霧島さん!」

 

写真部の山科アツシだ。眼鏡をかけ直しながら、走ってくる。

 

「この間は、本当にありがとうございました。……あの、少しだけ、お話いいですか?」

 

「もちろんです」
まどかは穏やかに頷く。

 

山科は少しだけ顔を赤らめながら、小さな封筒を差し出す。

「これ……現像したやつで。
霧島さんが、大学の門の前で誰かに手を振ってた時の写真です。すごくいい表情だったので」

 

封筒を受け取ったまどかは、丁寧に頭を下げた。

「ありがとうございます。すごく嬉しいです。……また、いい写真撮ってくださいね」

 

山科はその場でぴょこりと頭を下げ、嬉しそうに走って戻っていった。

 

橘がぽつりと呟く。

「また惚れるぞ」

 

「え?」

「なんでもない」

 

ふたりが再び歩き出そうとしたとき、今度はもうひとりの女子学生が現れた。

柚木マリ。
一時は自撮りを偽装してネットに投稿していた、あの少女だった。

 

「……霧島さん」

 

まどかが顔を上げると、柚木はゆっくりと近づいてきた。

「……大学、停学にならずに済みました。指導と反省文で」

 

「そうでしたか。よかったです」

 

柚木はしばらく黙っていたが、ふと切り出した。

「“綺麗”って言ってくれたじゃないですか。……あれ、ちゃんと響いてました。
でも、それって“誰かに見てもらったときの自分”だけじゃ、足りないってわかりました」

 

「うん」

 

「だから今は、自分のこと、少しずつでも好きになろうって思ってます。
写真じゃなくて、現実の私を」

 

まどかは微笑んだ。

「それが“本当の自撮り”だと思いますよ」

 

柚木は一礼し、キャンパスの中へと戻っていった。

 

──午後の光が、木漏れ日のようにまどかの肩に落ちていた。

 

その帰り道。大学前の並木道。

 

「橘さん、私って……なんでこんなにモテるんでしょうね」

 

唐突なまどかの問いに、橘は思わず咳き込んだ。

「自分で言うなよ、そういうのは」

 

「いやだって、今回も山科くんとか、柚木さんまで、なんか好意寄せてくれたし……
もう、ありがたいけど、ちょっと怖いです」

 

橘は歩を止めて、帽子を少し上げた。

「……それだけ、お前が“光”を持ってるってことだろ。
お前は、見られる側の人間なんだよ」

 

まどかは立ち止まり、驚いたように橘を見る。

「……橘さん、今、珍しく褒めましたよね?」

 

「評価しただけだ」
橘は素っ気なく返し、歩き出す。

 

まどかは吹き出す。

「……もう、素直に照れてればいいのに」

 

「俺は照れてねぇよ。暑いだけだ」

 

 

──その夜。

 

どこかの暗い部屋。
無機質なモニターに、まどかと橘の名前が並ぶ。

 

【霧島まどか 捜査一課 女刑事 画像】
【橘直哉 警部補 家族 情報】
【彼女たちは、正義か?】

 

指先が、カタカタとキーボードを叩く。

最後に“Enterキー”が静かに押された。

 

──何かが、始まろうとしていた。
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