『容疑者は君に夢中?〜捜査一課の恋と事件簿〜』

キユサピ

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第31話:渡せなかったケーキ

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署の休憩室。コーヒーを淹れながら、直哉はなんとなく後ろのテーブルの会話に耳を向けていた。

「ねえねえ、霧島って誕生日いつだっけ? 確か今月末だったよね」
「うん、たしか26日じゃなかった? 去年、みんなでサプライズしようとしてスカされたって話」
「そっか。じゃあ今年は何か仕掛ける? ほら、いつも頑張ってるし」

直哉は一瞬、手を止めた。

(……26日)

内心でその数字を繰り返す。

「霧島さん、ああ見えて案外そういうの照れるタイプだからさ」
「それがいいんじゃん。じゃ、なにかプレゼントでも考える?」

何気ない雑談として聞き流すべきだった。
けれど、直哉の耳には妙に残った。
そして、その日の帰り道――

彼は気づけば、小さな洋菓子店の前で立ち止まっていた。

 

(……別に深い意味はない。ただ、たまたま知っただけだ)

自分に言い聞かせるように、小さなホールケーキを予約する。
プレートには「Happy Birthday まどか」の文字。

その場では“ただの義理”のつもりだった。
結局のところ、直哉は“渡すタイミング”を掴めないまま、ケーキを署の休憩室の冷蔵庫に保管していた。

──いや、厳密には「ほんの数時間だけ」置くつもりだったのだ。

その日まどかは現場から直帰すると聞いていたし、
翌朝に「おい、これ」くらいの気のない感じで手渡せば、
気まずくもならないだろう──そう踏んでいた。

しかしその翌日は急な聞き込み対応でタイミングを逸し、
その次はまどかが当直明けで不在。
気がつけば、ケーキは冷蔵庫に三日目を迎えていた。

 

(……マズいか? いや、冷蔵だし。賞味期限はまだだ)

焦りながら冷蔵庫の扉を開けたその瞬間だった。

 

「あ、それ──」

 

声に振り向くと、そこにいたのは、本人だった。
霧島まどか。
彼女は無表情で冷蔵庫の中を覗き込み、直哉の手元の箱を見た。

直哉の手が微かに硬直する。
まどかは一歩前へ出て、箱の上部をなぞるように見つめた。

「……これ、私の名前書いてありますよね?」

蓋はしっかり閉まっていたはずだ。
しかし、透明なフィルム越しに見えたのだろう──

『Happy Birthday まどか』

プレートの文字が、まるで白状でもするかのように、堂々と存在を主張していた。

 

「ちょっと、説明してもらっていいですか。直哉さん」

 

いつになく真顔で言われ、直哉は明らかに動揺した。

「ち、違う。これは……いや、違わないけど、別に、なんだ、あれだ。たまたま知って」
「たまたま知って?」
「……予約したんだ。事前に。冷蔵効くって言ってたから、だから、冷やしてただけで」
「冷やしてただけで?」

まどかは目を細めて、まるで尋問する刑事のような口ぶりになる。

「渡すタイミングを……逃しただけだ」
「ふぅん」

まどかは箱の前に腕を組んで立ち、数秒の沈黙。

やがて、ゆっくりと小さく笑った。

「じゃあ、夜。フォーク持ってきます」
「え?」
「食べましょう。今さら隠されても、困りますから」
「……べつに、隠すつもりは……」
「“腐る前に”って、よく言うでしょう? ケーキも、気持ちも」

まどかはそれだけ言うと、くるりと踵を返して去っていった。

直哉は、残されたケーキと、開きっぱなしの冷蔵庫の前でしばし立ち尽くしていた。

(……なんだよ、“気持ちも”って)

けれど、口の端が少しだけ緩むのを、自分では止められなかった。

その夜。署の休憩室。
直哉は少し遅れて到着した。
まどかはすでにフォークと紙皿を手にして、テーブルに座っていた。

「……遅い」
「すまん、聞き込みのあとでね」

直哉は軽く頭を掻いて、冷蔵庫からケーキの箱を取り出す。
箱を開けると、苺がたっぷりと載ったケーキが顔をのぞかせた。

「……いい匂いだな」
「そう? わたし、甘いの苦手だけど……これは別」

まどかは小さく笑った。
二人はそれぞれにフォークを取り、ケーキを一口ずつ口に運ぶ。

「……うまい」
「ね?」

沈黙が一瞬流れた。
その間に、まどかが少しだけ顔を赤らめているのを直哉は見逃さなかった。

「……直哉さん、ありがとう」

(直哉さん?!いつもは橘さんなのに)
「え、あ、うん。まあ、いいって……」

直哉はそわそわしながらも、いつもより少しだけ落ち着いた声で言った。

「次は、ろうそくも立てるか?」
「ふふっ、それもいいかもね」

 

それから、しばらくは二人だけの、ほんの少し甘くて温かい時間が流れた。
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