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第43話:傘の下、君がいたから
しおりを挟む【雨の朝と、差し出された傘】
朝の駅前。雨がしとしと降る中、霧島まどかは立ち尽くしていた。
「……あれ、傘……」
昨日カフェに置いてきてしまったことに気づくも、時すでに遅し。
人の波の中、まどかはしおれていた。
そのとき、ぬっと差し出された黒い傘。
「バカ、風邪ひくぞ」
「た、橘さん⁉︎」
そこには、無言で傘を差し出す橘直哉の姿があった。
「通報受けて現場行く前だ。雨だからこっち通ると思ってな」
「えっ、エスパー?」
「……ちげぇよ。ほら、これ使え」
傘を渡そうとする直哉に、まどかは慌てて言う。
「橘さんが濡れたら意味ないですよ!」
「なら黙って入れ」
言葉少なに、自然にまどかの肩に傘を傾ける直哉。
「行くぞ」
「……はい」
⸻
【傘の中の異物】
その日の事件は、連続強奪事件。
商店街で金品を奪われた被害が立て続けに報告されていた。
その一方で、まどかは道中で立ち寄ったカフェにて、傘の違和感に気づく。
「……あれ?これ、取っ手のところ……緩んでる?」
外れかけたパーツを軽く回すと、
中から出てきたのは、薄いマイク型のチップだった。
「これ……盗聴器? いや、通信機……?」
その瞬間、まどかの肩を誰かが叩く。
「すみません、警察です。その傘、ちょっと見せていただけますか?」
数名の私服刑事がまどかを囲む。
彼女は呆然とするばかりだった。
⸻
【取調べ室:直哉の弁明】
「――だから、それ俺が渡した傘だって言ってんだろ!」
一課の仮設取調べ室。
直哉が声を荒げる。
対面の芦田刑事は、ペンを止めて眉を上げた。
「先輩、それ例の“通信傘”と同型ですよ? 現場近くで使われてたやつと一致しました」
「わかってるよ。……朝、署に一時保管されてた回収傘の中にあったやつだ」
「え、それ本物の“共犯アイテム”だったってことですか……?」
「“似た傘が使われてた”って話だったから、見た目の近いやつを数本回収してたんだよ。そのうち一本が……たまたま手元にあって」
芦田が唖然とした顔で笑う。
「それ、よりによって霧島さんに貸したんですか?」
「……他になかった。雨の中、ずぶ濡れで立ってたんだ」
「はあ~なるほど。で、結果まどかさん共犯扱い、と」
「うるせぇ。書類には『俺の判断ミス』ってしとけ」
芦田はくつくつ笑って頷いた。
⸻
【無実が証明されたあと】
まどかが釈放されたのは、夕方になってからだった。
「……本当に、すみません。ご迷惑おかけしました」
「俺が悪い。傘を適当に貸した俺の責任だ」
「でも、傘にそんな仕掛けがあったなんて。まさか通信機が入ってたなんて……」
「お前、あれ持っててなんとも思わなかったのか?」
「ちょっと重いな~とは……でも最近の高機能傘っていろいろあるって聞きますし……」
「ねぇよそんなもん!」
直哉はため息をつきながらも、目元は緩んでいた。
⸻
【傘の下、再び】
帰り道、ふたたび降り出した小雨。
直哉は今度は自分の私物の傘を差し出し、まどかと並んで歩いた。
「……なあ」
「はい?」
「さっきの、取り調べ室で言った話……」
「はい?」
「あの傘がそんなモノだなんて思ってなかった。でも……」
直哉は言葉を区切り、まどかの顔を見ずに続ける。
「それでも、あの時、お前を雨の中に置いておけなかった」
「――俺は、そういう選択しかできなかったんだ」
「……橘さん」
「例え話だ。忘れろ」
「…それ、絶対例えじゃないですよね?」
直哉が顔を背けたとき、まどかは無邪気に笑った。
「でも、私、傘の下で守ってもらったの、嬉しかったですよ」
直哉が少しだけ固まった。
(……いや、それ、伝わってねぇ)
「――橘さんって、傘の持ち方もきっちりしてますよね!」
(やっぱ伝わってねぇ!)
⸻
【別れ際、濡れた髪】
駅前に着いたところで、まどかの前髪に残る水滴に気づき、
直哉はふと手を伸ばした。
「……濡れてる。風邪ひくなよ」
「えっ……あ、ありがとうございます……?」
無意識の仕草に、まどかの頬が微かに赤くなる。
直哉は傘を閉じ、雨を背負いながらふとつぶやいた。
「……梅雨、長引きそうだな」
「ですね。でも、今日みたいな日は、悪くないかも」
「なんで」
「だって、“傘の下で誰かと一緒”って、ちょっとだけ、特別な気がします」
――告白しようとするたびに、すり抜けてく。
何度言っても、こいつは笑って、気づかない。
それでも、傘の下でこいつが笑ってるなら。
……雨も、悪くないか。
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