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第44話:嘘つきは恋の始まり
しおりを挟む「鏡、全部に録画機能……すごいですね」
美容室〈LUCIR(ルシール)〉の白く整った空間の中で、まどかが目を丸くする。壁際に並んだ大型ミラーには、小型の録画カメラが組み込まれており、店内のあらゆる動線が記録されていた。
だが――事件は、それでも“映らなかった”。
営業中、ロッカールームに保管されていた店長の現金と顧客情報入りのUSBが盗まれたのだ。店にはスタッフと客、合わせて7名がいた。全員が録画に「ずっと映っていた」――それが、奇妙なアリバイになっていた。
•
「で、疑われてんのは俺ってわけですか」
名乗り出たのはアシスタントの青年・青木。明るく真面目な印象の彼だが、過去に万引き歴があるという噂が流れ、他のスタッフの視線が冷たい。
「録画見る限り、誰も席を離れてない。でも、鍵が壊された形跡もない……となれば、内部の人間の仕業でしょう?」
副店長の苦々しい口調に、直哉が静かに言った。
「映像ってのは、案外当てにならないもんですよ。特に“鏡”が絡んでるなら、なおさらだ」
「えっ?」
まどかが直哉を見る。その目は、何かに気づいたように少し揺れていた。
•
「……ねえ、橘さん。今、私と目、合ってます?」
「……あ?」
「いや、ちゃんと見てるのに、鏡越しだと視線がズレてる気がして」
まどかがスタイリングチェアに座ると、直哉も試すように椅子に腰かけ、鏡の角度を確認する。
「なるほど。ミラー同士が斜めに並んでるから、角度によって死角ができてる。録画に“座ってるように映ってる”だけで、実際にはそこにいないってことも可能か……」
「じゃあ、犯人は録画に映るように“椅子にカットクロスだけかけて”、自分は席を外したってこと……?」
「そういうこった」
直哉はゆっくり顔を上げ、副店長のほうを見た。
「ロッカーの鍵が壊れてない理由もこれで説明がつく。ロッカールームの合鍵、あんただけが持ってるって、店長が証言してた」
「そ、それは……!」
「それに、整髪剤。副店長のブースのだけ異常に減ってた。中身を詰め替えて鍵開け用のスプレーとして使ったんじゃないですか」
ぐらり、と副店長の体が揺れる。
「……全部、仕方なかったのよ。店長が私を辞めさせようとしてたの。引き継ぎも何もなく、“突然”よ……。せめて最後に、自分の手で幕を下ろしたかった」
まどかは、彼女の目を見つめながら小さく呟いた。
「自分の気持ちを隠してまで……そんなに、嘘って必要なんですかね」
直哉がその言葉に目を細めたのを、まどかは気づかない。
•
事件後、店の外で。夕方の湿った風が吹くなか、まどかは濡れたアスファルトを見つめていた。
「……ねえ、橘さん」
「なんだ」
「嘘って、つきたくなることありますか?」
「あるよ」
即答だった。
「でも……言えないことのほうが多い」
「それって、自分の気持ちも?」
直哉は答えず、ただ空を見上げた。
「……俺さ、嘘つくのは慣れてるけどさ。自分の気持ちだけは、いまだにうまく扱えねぇんだ」
まどかは困ったように笑う。
「正直に言ってくれたら、私は怒りませんよ?」
「……なら、もう少しだけ黙っとく」
その言葉の裏に何があるのか――まどかにはわからなかった。
だけど直哉には、それでいいと思えていた。
もう少しだけ。ほんの、あと少しだけ
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