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第45話: 正しさの向こう側で
しおりを挟む夜の商店街。閉店後の質屋の裏口が、警察により封鎖されていた。
その場で、警官に保護された一人の少女――宮田美羽。14歳。中学生。
橘直哉が現場に入ると、既にまどかが少女に声をかけていた。
「ねぇ、美羽さん……何があったのか、話してくれない?」
少女は目を逸らし、しばらく沈黙していたが、小さな声で呟いた。
「お兄ちゃんが……お金、必要だって……。でも、私が止めたの。悪いことしちゃだめって……」
まどかが視線を交わすと、直哉は質屋の中を見回す。
金庫に手をつけた形跡はあるが、未遂。道具も雑。プロの仕業ではない。
「見せかけの強盗……にしちゃ、雑すぎる」
「……わざと、だったりして」
まどかの言葉に、直哉が目を細めた。
•
数時間後――
美羽の供述と、警察の捜査で衝撃の事実が明らかになる。
家の物置から、義父・岡村の遺体が見つかったのだ。
死因は後頭部強打による出血性ショック。死亡推定日は2日前。
しかし通報も行方不明届も出ていなかった。
母・冴子は取り乱しながら呟いた。
「違うの……私が、お願いしたのよ……。通報しないでって……家族が壊れると思って……!」
•
蓮はその日の夕方、港の倉庫街で発見された。
まどかと直哉が対面したとき、蓮は目を伏せたままだった。
「妹を守るためだった……それだけだったんだ。あの男が、また美羽に手を上げようとして……俺が突き飛ばした。そしたら、階段から……」
「事故だったんだな」
「そう……でも、母さんが泣いて頼んだ。バレたら美羽が施設に送られるって。母さんも壊れるって。だから……死体を隠した。あの人は“家を出た”ってことにしようって……」
「でも、生活が回らなくなった。だから盗みに入ろうとした?」
蓮は何も言わなかった。ただ、唇を噛んだままうつむいた。
•
事件の報告書を書き終えたあと、まどかと直哉は署の屋上にいた。
「……人を守るための嘘って、どう思いますか?」
「守りたい気持ちは……わかるよ。でもな、嘘ってのは、誰かの時間を止めるんだ。傷が残ってても、真実と向き合う方が、救われることもある」
直哉はそう言って、ポケットからガムを取り出した。
まどかは、黙ってその包みを見つめていた。
「蓮さん、きっとこれからずっと後悔しますね。だからこそ、誰かが傍にいてくれたら……って思っちゃう」
「……ああ。誰かが傍にいれば、人は壊れずに済む。俺も……そう思う」
「橘さんは?」
「ん?」
まどかはほんの少し頬を赤らめ、視線を逸らした。
「私は……ちゃんと聞きましたよ、前の、あれ」
「……あれ?」
「“好きだ”って……あの時。ようやく、ちゃんと届きました」
直哉の動きが止まった。
少しして、彼は優しく笑った。
「じゃあ、これからは――届いた分だけ返してもらえるか?」
まどかは、ためらいがちに頷いたあと、そっと彼の手を握った。
「……これで伝わりますか?」
直哉は頷き、もう片方の手で彼女の手を包む。
夕陽が二人を照らし、影を長く伸ばしていた。
•
罪の重さと向き合いながら、それでも守りたかったものがあった。
それはきっと、家族であり、誰かの心であり――
そして、いま隣にいる、この人の笑顔だった。
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