黒い箱と白い箱

キユサピ

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第2章:だいじょうぶのことば

第8話「『だいじょうぶ』と言えなくなるルル」

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森に、やわらかな朝がやってきました。
小鳥の声がきらきらと空にのぼっていくなか、ルルはそっと耳をすませながら歩いていました。

「おはよう、ルル!」

クマのモコが、にこにこしながら手をふってくれました。
その横では、キツネのソラも小さくしっぽをゆらしています。

「うん、おはよう……」

ルルも笑ってこたえようとしたけれど、声が、少しだけうわずってしまいました。
胸の奥に、小さなつかえが残ったまま、笑うのがちょっとだけ苦しかったのです。


「ルル、なんだか眠そうだね」

ソラがすこし心配そうにのぞきこんできました。
ルルは、あわてて笑顔をつくります。

「へーきだよ。ちょっと夜ふかししちゃっただけ。だいじょうぶ」

その言葉を口にした瞬間――
ルルの心の中で、「カチッ」と音がした気がしました。

“ほんとは、だいじょうぶじゃないのに”

でも、言えませんでした。


お昼すぎ、ルルはひとり、森のベンチに座っていました。
ひざのうえに手をおいたまま、ただ、風の音を聞いています。

「……なんでかな。
モコもソラもいてくれるのに、うれしいはずなのに、
なんか、しずんじゃう」

胸のなかには、ことばにならないきもちがつまっていて、
それが少しずつ、ふくらんでいる気がしてなりません。

「しろいはこ、いまは開かない……」


その日の夕方。
「またあしたね!」とモコが手をふると、ソラも笑顔でうなずきました。

ルルも、手をふろうとしました。
けれど――

「……」

どうしても、“だいじょうぶ”って言えませんでした。

言葉が、喉のところで止まってしまったのです。

ルルは、うなずいただけで、小さく笑ってみせました。
それは、ちょっとだけゆがんだ笑顔でした。


その夜、ルルは毛布をかぶって、目をつむりながらつぶやきました。

「ほんとは、だいじょうぶじゃないよ……」

だけど、それを口にすると、
なにかが崩れてしまいそうで――

今日もまた、だれにも言えないまま、
ルルの「くろいはこ」は、そっとふくらんでいきました。


森の空は、しずかに星をともしていました。
ことばにならないきもちが、
どこか遠くで、きらきらとひかっているようでした。
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