『鬼の袖にも露は降る』

キユサピ

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第七話『鬼が出るか蛇が出るか』

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斉藤翔太(さいとう しょうた)は、40代の中堅サラリーマン。
ここ数年は平凡な毎日にどこか物足りなさを感じながらも、職場と家の往復を繰り返していた。

そんな彼に、突然の異動が告げられた。
新たに配属された若い新人社員の育成担当を任されることになったのだ。

「……鬼が出るか蛇が出るか、だな」
斉藤は心の中でつぶやいた。
周囲の先輩たちは、新人の評判を聞いて「扱いにくい」と口を揃えていた。
だが、それがどうした。
翔太はどんな相手でも、真っ向勝負で向き合うつもりだった。

初出勤の日。
オフィスの片隅で、ぴったりと目を合わせようとしない若者が、うつむき加減に座っていた。
「君が新人の佐野か」
翔太はそっと声をかける。
佐野はちらりと顔を上げ、小さく頷いた。

「これからよろしくな」
そう言って握手を求める翔太の手に、佐野の手がゆっくりと重なった。

「まずは、話を聞かせてくれ」
翔太は続けた。
「会社も君も、いいスタートを切れるように、力を貸すよ」

佐野は不意に見せた笑顔の奥に、まだ誰にも言えない悩みを抱えているようだった。
佐野の表情は硬かったが、翔太は焦らずゆっくりと話を進めた。
「仕事のことだけじゃない。困ったことや悩みがあったら、いつでも相談してくれ」

佐野はわずかに肩の力を抜き、目を伏せたまま小さくつぶやいた。
「ありがとうございます…」

翌日から、翔太は佐野の仕事ぶりを注意深く見守った。
時折ミスもあったが、持ち前の粘り強さで何度も立ち直ろうとする姿勢が印象的だった。

社内の空気は決して温かくはなかった。
「佐野くん、あんまり頼りにならないな」
「使えない奴が来たもんだ」

そんな声が聞こえてくるたび、翔太は心の中で「そんなことない」と何度もつぶやいた。

ある日、重要なプレゼンの準備中にトラブルが発生した。
資料が消えてしまったのだ。

佐野は顔を青ざめたが、すぐに翔太に報告した。
「申し訳ありません、すぐに復旧作業を始めます」

翔太は静かに頷き、こう言った。
「大丈夫、一緒に乗り越えよう」

そこから二人は夜遅くまで残り、資料を作り直した。
失敗もあったが、二人の間に芽生えた信頼は確かなものだった。

数日後、佐野は社内の会議室で、緊張した面持ちでプレゼンを始めた。
資料のトラブルが嘘のように、言葉は滑らかで、自信に満ちていた。

翔太は端の席から静かに見守っていた。
彼の励ましとサポートが少しずつ、佐野の自信を育んでいることを実感していた。

プレゼンが終わると、部内からは驚きと称賛の声が上がった。
「意外とやるじゃないか、佐野」
「これから期待できそうだな」

佐野は照れくさそうに笑いながらも、確かな手応えを感じていた。

その日の夕方、翔太はデスクでひと息つきながら、ふと思った。
「鬼が出るか蛇が出るか、なんて心配してたけど、結局はやる気と自信次第なんだな」

日々の小さな積み重ねが、誰かの成長を支え、そして自分自身も変えていく。
そう思うと、不思議と胸が熱くなった。

まだまだこれからだ。
彼らの物語は、これからも続いていくのだ。
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