『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

文字の大きさ
10 / 146
第一章:「龍門」

第十一話: 「闇の翼、忍び寄る影」

しおりを挟む
夜明け前、道場の庭はまだ薄い靄に包まれていた。
白蓮は竹刀を肩に担ぎ、稽古場の床板を静かに踏みしめていたが、ふと足を止める。

鼻先をかすめる、鉄と血の匂い。
それは戦場に身を置いた者だけが嗅ぎ分けられる、生きた殺意の匂いだった。

白蓮は目を細め、背後の廊下に向かって声を掛ける。
「リン、起きているか」

部屋の襖がゆっくり開き、まだ寝間着姿のリンが顔を出した。
「……はい、どうかしましたか?」

白蓮は竹刀を壁に立てかけ、腕を組む。
「今、道場の外に妙な気配があった。人間の動きというより……獣が獲物を狙うときの呼吸だ」
「……黒鷹派?」

白蓮は頷き、低く告げる。
「おそらくは。お前が玄武門の血を引くと知った連中は、黙っていない。孟厳殿の庇護下に入る前に、ここで始末しようと考えても不思議ではない」

リンは唇を引き結んだ。
「……どうすれば」

白蓮は迷いなく言葉を返す。
「自分の身は、自分で守れ。だが一人で立つ必要はない。今は道場全体でお前を守る」
そして視線を鋭くし、続けた。
「ただし、敵は必ず夜を選ぶ。灯りの下ではなく、闇の中での戦いを覚悟しろ」

その言葉は、リンの胸に重く落ちた。
外の靄が少しずつ晴れていく。だがその向こうには、すでに死の気配が忍び寄っていた。


夜の闇に紛れ、静かに朱雀流の道場周囲を覆う影。黒鷹派の数名が、林立する樹木の間をすり抜けるように進む。その目はリンを標的に定め、冷徹な意志を宿していた。

リンは夜間の稽古を終え、道場に戻る途中、森の中で異様な気配を感じる。風に乗って微かに、足音ともつかぬ音が耳に届く。心臓が早鐘のように打つ。

「……ここに来るのは間違いない」
リンは身を低くし、手元の木刀に力を込めた。

一方、黒鷹派も距離を詰める。静かに、しかし確実に、狙いを定める。互いに呼吸を整え、最初の動きが訪れる瞬間を待つ。

夜闇の中、最初の交戦が始まった——。

夜の闇に紛れ、朱雀流の道場周囲には黒鷹派の影が静かに覆いかぶさっていた。森の茂みの中で、十数人の影が身を潜め、武具を携え、互いに手信号で意思を伝える。動きは無音、だがその瞳には冷徹な光が宿っていた。狙いはただ一つ――リンを葬ること。

リンは夜間の稽古を終え、道場へと戻る途中だった。気配に違和感を覚え、立ち止まる。暗がりの中で、確かに何かが、自分の周囲に迫っている――
「……ここに来るのは間違いない」

森を切り裂くような黒鷹派の進行は計画的で、分散して複数方向から道場を包囲する構えだ。弓を手にした者、短剣を携えた者、黒衣に身を包み、静かに忍び寄る。狙撃班が樹上に潜み、地上班が林間を慎重に踏みしめる。

リンは背後に風の揺れを感じ、胸の奥に緊張が走る。夜の空気は、これまで感じたことのない重みを帯びていた。ここで小さな一歩でも間違えれば、即座に黒鷹派の罠に呑み込まれる――だが、闘志もまた彼の胸に湧き上がった。

林間を一歩踏み出すと、黒衣の影がさっと動いた。刹那、風を切る音と共に短剣が迫る。リンは咄嗟に身をかわし、木の根に足を取られそうになりながらも体勢を立て直す。

「来た……!」心の奥で緊張と冷静がせめぎ合う。

黒鷹派は複数方向から同時に迫り、弓矢が林の隙間を通って飛ぶ。リンは咄嗟に身を伏せ、矢をかわす。地面の苔に手をつきながら、黒衣の者たちの動きを目で追う。数名が木の影から現れ、彼の進路を塞ごうとする。


しかし、単独では分が悪い。黒鷹派は静かに、だが確実にリンを包囲しつつあった。林間に散らばる数本の短剣の先端が月明かりに光る。

その時、背後から低く鋭い声が響く。
「リン、無理をするな!」

朱雀流の門下が次々と姿を現し、黒鷹派に対抗する。白蓮の気配も感じられ、稽古場の者たちが援護に入る構えを見せる。

しかし黒鷹派は単なる襲撃者ではない。林間の隅々まで知り尽くした動きで、一触即発の緊張が張り詰める。

リンは拳を握り、胸の中で覚悟を固める。
「ここで逃げるわけにはいかない……!」

目の前に迫る黒衣の者たち、林の奥から矢を放つ者たち。緊迫した状況の中、リンは瞬時に学んだ間合いと反応を総動員し、最初の交戦が始まった――。

リンは拳を握り、体に叩き込まれた技を次々と繰り出す。相手の速度を読み、間合いを制御し、攻撃を最小限に受け流す。刹那の判断で木の根を蹴り、跳躍して矢をかわす。

一方、黒鷹派は単なる襲撃者ではなく、巧妙に攻勢を分散させ、リンを孤立させようと動く。林の暗がりから、何者かが静かに忍び寄り、次の攻撃のタイミングを伺っている。

リンの心の中で、朱雀流で培った日々の修行が走馬灯のように蘇る。白蓮が授けた間合いの読み、蘭から学んだ反応の速度、朱音の戦術の要点――すべてが今、命を守るために結集する。

林の奥、枝の間から黒衣の影が跳躍し、リンに迫る。彼は咄嗟に反応し、跳び避けながら横に転がる。背後では味方が間合いを制し、短剣の刃を受け止め、矢を打ち返す。

しかし戦いは長引けば長引くほど危険が増す。黒鷹派の数は決して少なくなく、すべての動きを防ぐことは不可能に近い。リンは胸に決意を固める。
「ここで逃げるわけにはいかない……!」

刹那の静寂の中、林間に矢の軌道が光り、木の枝が折れる音が響く。緊張が最高潮に達し、次の瞬間、リンは己の全力をもって反撃に出る――。

林間の空気が張り詰める。黒鷹派の影が木々の間を滑るように現れ、リンの周囲を囲んだ。
「ここで終わりにしてもらう」リンは静かに言うが、心臓の鼓動は早い。黒鷹派の者たちは無言で鋭い眼光を送る。

突如、一人が飛びかかる。リンは身を翻してかわすが、次々と斬撃が襲いかかる。林の中に金属がぶつかる鋭い音、葉が裂ける音が響き渡り、緊張が高まる。

背後から微かな足音。リンは一瞬立ち止まり、耳を澄ます。異様な重厚感を伴う足音が近づく。視線を上げると、木々の間から三老師が現れた。

黒い道衣に包まれた老人の背筋は、年齢を超えた威厳を放つ。手に杖を持つその姿に、黒鷹派の者たちも足を止め、気配を押し殺した。

「そこでやめろ」三老師の声は、林間に響き渡る。低く、しかし揺るぎない命令の響きだ。

黒鷹派の襲撃者たちは一瞬ためらう。リンのすぐ側で刃を構えていた者も、ぎりぎりの距離で立ち止まる。三老師の目が一人一人を鋭く射抜いた。

「命令は絶対だ」老人の声がさらに重みを帯びる。黒鷹派の者たちは、互いに目配せをしながらも、やがて林を離れる。影のように静かに、しかし確実に後退していく。

リンは息を整えながら、足元の土と散乱した落ち葉を見つめる。胸の奥に、熱い安堵と戦いの余韻が混ざる。
振り返ると、三老師は静かに立ち、彼の瞳には深い慈しみと厳しさが同居していた。

「よく耐えたな、リン」三老師の声が、林間に柔らかく響く。
リンはうなずき、仲間たち――朱雀流の同門の顔を思い浮かべる。支え合う力の大切さを、改めて実感した瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

レオナルド先生創世記

山本一義
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

処理中です...