『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第三章:「運命の交差」

第四十一話:「守財武の告白」

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景嵐は刃を振るえぬまま、目の前の男を睨みつけていた。
同じ顔。同じ眼光。だがそこに宿る色は冷静な理であり、景嵐の燃え盛る破壊の焔とは正反対だった。

守財武は微かに笑みを浮かべ、声を落とす。
「……やはり止まったか。お前の刃は、決して私には届かぬ」

「何を……言っている」
景嵐の声は低く震え、怒気と困惑が交じる。

「生まれた時から決まっていたことだ。お前と私は双生。だがそれだけではない。
我らが誕生の際、母胎に刻まれた術がある。お互いを傷つければ、その瞬間に双方とも命を落とす――そういう仕組みだ」

景嵐の全身が強張る。
理不尽な縛り。血を分けたという事実以上に、運命によって組み込まれた絶対の制約。

「……つまり、俺がお前を殺せば……俺自身も果てるということか」
「その通りだ」

守財武の声には微塵の揺らぎもない。
彼は四天王の頭脳としてだけでなく、この禁忌の存在を唯一知る者でもあった。

「だからこそ私は戦場に出なかった。もしお前と刃を交わせば、烈陽国そのものが滅びかねぬからな」
「……ふざけるな」
景嵐の眼が燃える。だがその炎は刃を振るうことに結びつかない。

「景嵐。お前がどれほど破壊を求めても、私には届かない。いや――届かせてはならぬ」

静寂が戦場を支配した。
兵も将も息を呑み、二人の姿を見守る。
同じ顔を持ちながら、片や破壊の権化、片や理の象徴。
相反する存在が、今ここに対峙していた。

景嵐の手の中で握られた刃が、かすかに震えていた。
斬りたい。叩き伏せたい。最強の武神となるにはまず目の前の男を斬らねばならぬ。
だが、踏み込めない。心ではなく、肉体の奥底に仕込まれた呪縛が、その一歩を許さぬ。

「……これほどの屍を築いてなお、俺はここで止まるというのか」
景嵐の呟きは、誰に向けられたものでもなかった。

守財武は一歩も退かず、ただ双子の弟を見据える。
「景嵐。お前の破壊は、烈陽の均衡を壊し尽くすだろう。だが――我らの血に刻まれた術は、それすらも越えて存在する。お前がこの国を滅ぼしたいのなら、まずこの術を解く方法を探すことだ」

挑発ではない。事実の宣告だった。

周囲の兵らは息を潜めたまま、二人の間に割って入ろうともしない。
景嵐の眼に宿る凶焔と、守財武の揺るがぬ理――相反する二つの極は、戦場を凍らせていた。

「……チッ」
景嵐は舌打ちと共に刃を振り上げる――が、その切っ先は空を裂き、虚しく音を立てるだけだった。
己の肉体が拒む。双子に向ける殺意を、決して形にできぬ。

「風牙の死を……無駄死ににさせるわけにはいかん」
低く呟くと、景嵐は血に塗れた外套を翻し、背を向けた。

撤退――。

その瞬間、守財武の眼がかすかに揺れた。
景嵐が退く姿を、この戦場でただ一人だけ見届ける。
「……弟よ。お前の歩む道が、どこへ行き着くのか……私ですら読めぬ」

景嵐は背後の兵の声も、何もかもを拒絶するかのように振り払い、血煙の中へと姿を消した。

夜の森。
血に濡れた衣をまといながらも、景嵐の歩は一片の迷いもなかった。
守財武を前に斬れぬ己を悟った悔恨が、胸を灼き続けている。

「……俺にはできぬ。だが、あいつなら――」

思い浮かぶのは、弟・リンの姿。
己とは違う温もりを持ちながらも、心の奥に燃えさせた炎は確かに同じだった。
無垢な忠誠と怒りの焔。それを正しく導けば、守財武を討ち果たす刃となる。

景嵐は立ち止まり、木々の隙間から覗く月光を仰ぐ。
「リンよ。お前は俺の代わりに奴を斬る。俺の手を縛るこの鎖を、お前の手で断ち切るのだ」

その声は夜気に溶け、森全体が震えるように響いた。
彼の胸にあるのは、弟への慈愛ではない。
それは冷徹な算段、烈陽国を覆すための最後の一手。

「風牙を失った今、俺に残されたのはお前しかいない……リン」

景嵐の眼が、凶暴な焔とともに細められる。
その瞳は、弟を探す獣の鋭さと、策をめぐらす武の冷酷さを併せ持っていた。

やがて、森の奥にひと筋の灯火が見える。
景嵐の唇が吊り上がる。
「待っていろ、リン。俺が真実を教えてやる。お前がこの世に生まれた理由を――」

夜の森を駆け抜ける影があった。
それは景嵐を探し求めるリンの姿である。
彼の胸を灼いていたのは怒りでも恐怖でもなかった。
ただ、兄の暴走を止めねばならぬという強い使命感。

「景嵐……これ以上、血を流させるわけにはいかない」

風に散る落葉を踏みしめながら、リンは必死にその背を追った。
景嵐が覇翔昂を討ち、護国烈を屠ったという報せはすでに耳に届いている。
国が揺らぎ、人々が怯える中で、景嵐がなお進む先に破滅しかないことを、リンは痛いほど理解していた。

一方その頃、景嵐は樹々の闇を縫い、月光の下に立ち止まっていた。
守財武と同じ顔を持つ男と対峙した衝撃がまだ胸を打ち、苛烈な焔が目に宿る。
「……俺には斬れぬ。だがリンならばできる」
その囁きは冷徹な算段であり、弟を駒として使う宣告でもあった。

互いの存在を求めて彷徨う二つの影。
ひとりは国を覆すために。
ひとりは暴走を止めるために。

やがて月光に照らされた小道で、二つの影が交差する。
「……リン」
「景嵐!」

沈黙の中に、宿命が音を立てて動き出した。

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