『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

文字の大きさ
41 / 146
第三章:「運命の交差」

第四十一話:「守財武の告白」

しおりを挟む
景嵐は刃を振るえぬまま、目の前の男を睨みつけていた。
同じ顔。同じ眼光。だがそこに宿る色は冷静な理であり、景嵐の燃え盛る破壊の焔とは正反対だった。

守財武は微かに笑みを浮かべ、声を落とす。
「……やはり止まったか。お前の刃は、決して私には届かぬ」

「何を……言っている」
景嵐の声は低く震え、怒気と困惑が交じる。

「生まれた時から決まっていたことだ。お前と私は双生。だがそれだけではない。
我らが誕生の際、母胎に刻まれた術がある。お互いを傷つければ、その瞬間に双方とも命を落とす――そういう仕組みだ」

景嵐の全身が強張る。
理不尽な縛り。血を分けたという事実以上に、運命によって組み込まれた絶対の制約。

「……つまり、俺がお前を殺せば……俺自身も果てるということか」
「その通りだ」

守財武の声には微塵の揺らぎもない。
彼は四天王の頭脳としてだけでなく、この禁忌の存在を唯一知る者でもあった。

「だからこそ私は戦場に出なかった。もしお前と刃を交わせば、烈陽国そのものが滅びかねぬからな」
「……ふざけるな」
景嵐の眼が燃える。だがその炎は刃を振るうことに結びつかない。

「景嵐。お前がどれほど破壊を求めても、私には届かない。いや――届かせてはならぬ」

静寂が戦場を支配した。
兵も将も息を呑み、二人の姿を見守る。
同じ顔を持ちながら、片や破壊の権化、片や理の象徴。
相反する存在が、今ここに対峙していた。

景嵐の手の中で握られた刃が、かすかに震えていた。
斬りたい。叩き伏せたい。最強の武神となるにはまず目の前の男を斬らねばならぬ。
だが、踏み込めない。心ではなく、肉体の奥底に仕込まれた呪縛が、その一歩を許さぬ。

「……これほどの屍を築いてなお、俺はここで止まるというのか」
景嵐の呟きは、誰に向けられたものでもなかった。

守財武は一歩も退かず、ただ双子の弟を見据える。
「景嵐。お前の破壊は、烈陽の均衡を壊し尽くすだろう。だが――我らの血に刻まれた術は、それすらも越えて存在する。お前がこの国を滅ぼしたいのなら、まずこの術を解く方法を探すことだ」

挑発ではない。事実の宣告だった。

周囲の兵らは息を潜めたまま、二人の間に割って入ろうともしない。
景嵐の眼に宿る凶焔と、守財武の揺るがぬ理――相反する二つの極は、戦場を凍らせていた。

「……チッ」
景嵐は舌打ちと共に刃を振り上げる――が、その切っ先は空を裂き、虚しく音を立てるだけだった。
己の肉体が拒む。双子に向ける殺意を、決して形にできぬ。

「風牙の死を……無駄死ににさせるわけにはいかん」
低く呟くと、景嵐は血に塗れた外套を翻し、背を向けた。

撤退――。

その瞬間、守財武の眼がかすかに揺れた。
景嵐が退く姿を、この戦場でただ一人だけ見届ける。
「……弟よ。お前の歩む道が、どこへ行き着くのか……私ですら読めぬ」

景嵐は背後の兵の声も、何もかもを拒絶するかのように振り払い、血煙の中へと姿を消した。

夜の森。
血に濡れた衣をまといながらも、景嵐の歩は一片の迷いもなかった。
守財武を前に斬れぬ己を悟った悔恨が、胸を灼き続けている。

「……俺にはできぬ。だが、あいつなら――」

思い浮かぶのは、弟・リンの姿。
己とは違う温もりを持ちながらも、心の奥に燃えさせた炎は確かに同じだった。
無垢な忠誠と怒りの焔。それを正しく導けば、守財武を討ち果たす刃となる。

景嵐は立ち止まり、木々の隙間から覗く月光を仰ぐ。
「リンよ。お前は俺の代わりに奴を斬る。俺の手を縛るこの鎖を、お前の手で断ち切るのだ」

その声は夜気に溶け、森全体が震えるように響いた。
彼の胸にあるのは、弟への慈愛ではない。
それは冷徹な算段、烈陽国を覆すための最後の一手。

「風牙を失った今、俺に残されたのはお前しかいない……リン」

景嵐の眼が、凶暴な焔とともに細められる。
その瞳は、弟を探す獣の鋭さと、策をめぐらす武の冷酷さを併せ持っていた。

やがて、森の奥にひと筋の灯火が見える。
景嵐の唇が吊り上がる。
「待っていろ、リン。俺が真実を教えてやる。お前がこの世に生まれた理由を――」

夜の森を駆け抜ける影があった。
それは景嵐を探し求めるリンの姿である。
彼の胸を灼いていたのは怒りでも恐怖でもなかった。
ただ、兄の暴走を止めねばならぬという強い使命感。

「景嵐……これ以上、血を流させるわけにはいかない」

風に散る落葉を踏みしめながら、リンは必死にその背を追った。
景嵐が覇翔昂を討ち、護国烈を屠ったという報せはすでに耳に届いている。
国が揺らぎ、人々が怯える中で、景嵐がなお進む先に破滅しかないことを、リンは痛いほど理解していた。

一方その頃、景嵐は樹々の闇を縫い、月光の下に立ち止まっていた。
守財武と同じ顔を持つ男と対峙した衝撃がまだ胸を打ち、苛烈な焔が目に宿る。
「……俺には斬れぬ。だがリンならばできる」
その囁きは冷徹な算段であり、弟を駒として使う宣告でもあった。

互いの存在を求めて彷徨う二つの影。
ひとりは国を覆すために。
ひとりは暴走を止めるために。

やがて月光に照らされた小道で、二つの影が交差する。
「……リン」
「景嵐!」

沈黙の中に、宿命が音を立てて動き出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

転生令嬢はやんちゃする

ナギ
恋愛
【完結しました!】 猫を助けてぐしゃっといって。 そして私はどこぞのファンタジー世界の令嬢でした。 木登り落下事件から蘇えった前世の記憶。 でも私は私、まいぺぇす。 2017年5月18日 完結しました。 わぁいながい! お付き合いいただきありがとうございました! でもまだちょっとばかり、与太話でおまけを書くと思います。 いえ、やっぱりちょっとじゃないかもしれない。 【感謝】 感想ありがとうございます! 楽しんでいただけてたんだなぁとほっこり。 完結後に頂いた感想は、全部ネタバリ有りにさせていただいてます。 与太話、中身なくて、楽しい。 最近息子ちゃんをいじってます。 息子ちゃん編は、まとめてちゃんと書くことにしました。 が、大まかな、美味しいとこどりの流れはこちらにひとまず。 ひとくぎりがつくまでは。

氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!

本条蒼依
ファンタジー
 氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。  死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。  大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。

異世界カボ屋の覚え書き

tamamushi_k
ファンタジー
宝石探しの帰り道に空いた穴から神話世界へ落ちた青年の話。

処理中です...