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第三章:「運命の交差」
第四十二話:「血の鎖を断つ」
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月明かりに照らされた小道に、二人の影が向かい合った。
景嵐は一歩も退かぬ眼光を弟に向ける。その視線には怒りも慈愛もなく、ただ冷徹な算段だけが潜んでいた。
「リン……俺の代わりに守財武を斬れ」
低く放たれた声は、抗いがたい圧を帯びていた。
リンは目を細め、深く息を吐く。
「……景嵐、私がお前に手を貸すとでも思うのか?」
景嵐の眉がわずかに動いた。
「手を貸す? 違う。これはお前の務めだ。俺と奴は術に縛られて斬れぬ。だが、お前にはできる。だから――やれ」
リンは静かに首を振り、声を強めた。
「私は駒じゃない! お前の野望のために生きているんじゃない」
沈黙が落ちた。
月光の下で、二人の視線が激しくぶつかり合う。
「……ならば聞け」
景嵐の声音は鋭く、氷のように冷たい。
「俺とお前は烈陽に生まれた兄弟だが、それだけではない。お前にはもうひとりの兄がいる。守財武だ。奴は俺の双子――そして、俺が唯一斬れぬ相手だ」
リンの瞳が大きく揺れた。
「……何だと?」
「生まれた時から術が仕組まれていた。俺と奴が刃を交わせば、双方とも果てる。それゆえ、どうしてもお前の剣が要るのだ」
景嵐の言葉は重くのしかかり、弟を圧迫するように響いた。
リンは息を整え、真っ直ぐに兄を見返した。
「それが、私が守財武を撃つ理由とでも言いたいのか?」
その声には揺るぎない決意が宿っていた。
「私はお前とは違う。これほどの殺戮を繰り返して、まだ分からぬのか? 血と屍の山の果てに、何も残らぬことを……愚かなり」
景嵐の眼に苛立ちが閃いた。
だがリンは一歩も退かず、さらに言い放つ。
「兄が双子だろうと術が絡もうと、私の剣は理由なき殺戮には使わぬ」
月下。二人の兄弟を隔てていたのは血の絆ではなかった。
そこにあるのは、決して交わることのない意志の対立だった。
景嵐の眼が、怒気を孕んで鋭く光る。
「……兄の頼みでも聞けぬと言うのだな!」
リンは眉一つ動かさず、静かに応じた。
「聞けぬ。兄の願いであろうと、私が正しいと思わぬ道には従わない」
景嵐の喉から低い唸りが漏れる。
月明かりの下で二人の間に張り詰める気配は、もはや一触即発だった。
景嵐は歯を食いしばり、弟を睨み据える。
「……お前は甘い。理想を抱え、己を縛る。だからこそ駒として必要だったのだ」
「駒ではなく、人として生きる」
リンの返答は揺るぎなかった。
「お前の双子である守財武も、人だ。私は剣を掲げるならば、人を守るために振るう」
沈黙が落ちる。
景嵐の瞳に浮かぶのは、苛立ちと……かすかな迷い。
だがその奥底にはなお、冷徹な炎が燃え続けていた。
月明かりに照らされた小道、二人の兄弟の間に流れる沈黙は、風さえも凍らせるかのようだった。景嵐の眼光は怒りに燃え、リンの剣先は動かぬ決意を示す。
その時、背後から風を裂くような轟音が響いた。木々の影から現れたのは、夫婦武神――烈陽国を守護する最強の存在、夫・天翔と妻・星華。二人の気配は、戦場に立つ者の魂を震わせる圧倒的な威厳に満ちていた。
「止める!」
天翔の声が小道を震わせ、鋼のような腕が空を斬った。瞬く間に景嵐とリンの間に立ち、どちらも前に進めぬ状態に封じる。
星華は静かに景嵐を見つめ、冷徹ながらも慈愛の光を帯びた声で告げる。
「兄弟同士の争いは、これ以上許されぬ。あなた方の力は、守るべき者のためにあるはず」
景嵐の剣がかすかに震え、握り直される。
リンも剣を下ろし、心の奥底で安堵の吐息を漏らした。
天翔はさらに一歩前に出る。
「景嵐。リン。互いに刃を交えることで解決するものなどない。血と憎しみで国を裁くのは愚行だ」
星華は手を差し伸べ、二人の間に立つ。
「今は怒りに溺れる時ではない。深呼吸し、冷静になりなさい」
その圧倒的存在感と威厳に、景嵐の焔も、リンの緊張も、一瞬にして沈静化する。
「……分かった」
景嵐は低く呟き、剣を垂らした。
リンも同じく剣を下ろし、険しい顔を緩める。
月光の下、三者が並ぶ姿は、戦場に差し込む一筋の光のように、静かで、しかし力強い安堵をもたらした。
月明かりの下、静寂の森で景嵐とリンは互いの視線を交わしていた。そこに星華がゆっくりと歩み寄る。その姿には威厳と冷静さが漂い、二人の視線を自然と引きつけた。
「お前たちに、初代四武神の秘密を話そう」
星華の声は低く、しかし確かな重みを帯びていた。
「龍華帝国の創世に、初代四武神は深く関わっていた。当時、大陸は暗君の支配下にあった。人々は重税に苦しめられ、過酷な労働を強いられ、まるで虫けら同然の扱いを受けていた。病気が蔓延し、飢えや渇きで命を落とす者も少なくなかった」
景嵐の眼が微かに光を増す。リンは固く口を結ぶ。
「その惨状を見た二武神は、海を渡り腐敗し堕落した国を破壊し、新たな国家建設へと邁進した。しかし、破壊を司る武神の行き過ぎた行為を止めるために、創世の武神が立ちはだかった」
星華の声音が森に重く落ちた。
「破壊の武神は、確かに暗君を討ち、人々を苦しみから解放した。だが……その手は止まらなかった。王侯を倒し、都を焼き、やがて『力あるものは皆倒すべき敵』と見なすようになったのだ」
リンの眼が揺れる。景嵐はわずかに眉を寄せた。
「民を守るための破壊が、やがて民そのものをも巻き込み始めた。街は瓦礫と化し、救われたはずの人々すら恐怖に震えた。――それを見て、創世の武神は剣を抜いたのだ」
星華は一歩、兄弟に近づく。
「創世の武神は言った。『破壊は始まりを与えるためにこそある。だが、秩序なき破壊はただの暴虐でしかない』と」
月光に照らされた景嵐の横顔が硬直する。
自らの行いと、伝えられた歴史が重なり合うのを感じたからだ。
星華の声が一層低くなる。
「とうとう破壊の武神と創世の武神は戦い、国土の半分を焼き尽くすほどの激闘を繰り広げた。破壊と秩序が激突したその戦いは、単なる戦争ではなく、文明の行く末を賭けたものだった」
沈黙の中、星華の声だけが響く。
「だからこそ武神は力を誇示するのではなく、守るために在らねばならぬ。お前たちの対立は、その歴史の繰り返しにすぎない。景嵐、リン――そのことを胸に刻め」
景嵐は拳を握りしめ、胸の奥で燃え盛る破壊の焔が、初めて揺らぎを覚えた。
景嵐は一歩も退かぬ眼光を弟に向ける。その視線には怒りも慈愛もなく、ただ冷徹な算段だけが潜んでいた。
「リン……俺の代わりに守財武を斬れ」
低く放たれた声は、抗いがたい圧を帯びていた。
リンは目を細め、深く息を吐く。
「……景嵐、私がお前に手を貸すとでも思うのか?」
景嵐の眉がわずかに動いた。
「手を貸す? 違う。これはお前の務めだ。俺と奴は術に縛られて斬れぬ。だが、お前にはできる。だから――やれ」
リンは静かに首を振り、声を強めた。
「私は駒じゃない! お前の野望のために生きているんじゃない」
沈黙が落ちた。
月光の下で、二人の視線が激しくぶつかり合う。
「……ならば聞け」
景嵐の声音は鋭く、氷のように冷たい。
「俺とお前は烈陽に生まれた兄弟だが、それだけではない。お前にはもうひとりの兄がいる。守財武だ。奴は俺の双子――そして、俺が唯一斬れぬ相手だ」
リンの瞳が大きく揺れた。
「……何だと?」
「生まれた時から術が仕組まれていた。俺と奴が刃を交わせば、双方とも果てる。それゆえ、どうしてもお前の剣が要るのだ」
景嵐の言葉は重くのしかかり、弟を圧迫するように響いた。
リンは息を整え、真っ直ぐに兄を見返した。
「それが、私が守財武を撃つ理由とでも言いたいのか?」
その声には揺るぎない決意が宿っていた。
「私はお前とは違う。これほどの殺戮を繰り返して、まだ分からぬのか? 血と屍の山の果てに、何も残らぬことを……愚かなり」
景嵐の眼に苛立ちが閃いた。
だがリンは一歩も退かず、さらに言い放つ。
「兄が双子だろうと術が絡もうと、私の剣は理由なき殺戮には使わぬ」
月下。二人の兄弟を隔てていたのは血の絆ではなかった。
そこにあるのは、決して交わることのない意志の対立だった。
景嵐の眼が、怒気を孕んで鋭く光る。
「……兄の頼みでも聞けぬと言うのだな!」
リンは眉一つ動かさず、静かに応じた。
「聞けぬ。兄の願いであろうと、私が正しいと思わぬ道には従わない」
景嵐の喉から低い唸りが漏れる。
月明かりの下で二人の間に張り詰める気配は、もはや一触即発だった。
景嵐は歯を食いしばり、弟を睨み据える。
「……お前は甘い。理想を抱え、己を縛る。だからこそ駒として必要だったのだ」
「駒ではなく、人として生きる」
リンの返答は揺るぎなかった。
「お前の双子である守財武も、人だ。私は剣を掲げるならば、人を守るために振るう」
沈黙が落ちる。
景嵐の瞳に浮かぶのは、苛立ちと……かすかな迷い。
だがその奥底にはなお、冷徹な炎が燃え続けていた。
月明かりに照らされた小道、二人の兄弟の間に流れる沈黙は、風さえも凍らせるかのようだった。景嵐の眼光は怒りに燃え、リンの剣先は動かぬ決意を示す。
その時、背後から風を裂くような轟音が響いた。木々の影から現れたのは、夫婦武神――烈陽国を守護する最強の存在、夫・天翔と妻・星華。二人の気配は、戦場に立つ者の魂を震わせる圧倒的な威厳に満ちていた。
「止める!」
天翔の声が小道を震わせ、鋼のような腕が空を斬った。瞬く間に景嵐とリンの間に立ち、どちらも前に進めぬ状態に封じる。
星華は静かに景嵐を見つめ、冷徹ながらも慈愛の光を帯びた声で告げる。
「兄弟同士の争いは、これ以上許されぬ。あなた方の力は、守るべき者のためにあるはず」
景嵐の剣がかすかに震え、握り直される。
リンも剣を下ろし、心の奥底で安堵の吐息を漏らした。
天翔はさらに一歩前に出る。
「景嵐。リン。互いに刃を交えることで解決するものなどない。血と憎しみで国を裁くのは愚行だ」
星華は手を差し伸べ、二人の間に立つ。
「今は怒りに溺れる時ではない。深呼吸し、冷静になりなさい」
その圧倒的存在感と威厳に、景嵐の焔も、リンの緊張も、一瞬にして沈静化する。
「……分かった」
景嵐は低く呟き、剣を垂らした。
リンも同じく剣を下ろし、険しい顔を緩める。
月光の下、三者が並ぶ姿は、戦場に差し込む一筋の光のように、静かで、しかし力強い安堵をもたらした。
月明かりの下、静寂の森で景嵐とリンは互いの視線を交わしていた。そこに星華がゆっくりと歩み寄る。その姿には威厳と冷静さが漂い、二人の視線を自然と引きつけた。
「お前たちに、初代四武神の秘密を話そう」
星華の声は低く、しかし確かな重みを帯びていた。
「龍華帝国の創世に、初代四武神は深く関わっていた。当時、大陸は暗君の支配下にあった。人々は重税に苦しめられ、過酷な労働を強いられ、まるで虫けら同然の扱いを受けていた。病気が蔓延し、飢えや渇きで命を落とす者も少なくなかった」
景嵐の眼が微かに光を増す。リンは固く口を結ぶ。
「その惨状を見た二武神は、海を渡り腐敗し堕落した国を破壊し、新たな国家建設へと邁進した。しかし、破壊を司る武神の行き過ぎた行為を止めるために、創世の武神が立ちはだかった」
星華の声音が森に重く落ちた。
「破壊の武神は、確かに暗君を討ち、人々を苦しみから解放した。だが……その手は止まらなかった。王侯を倒し、都を焼き、やがて『力あるものは皆倒すべき敵』と見なすようになったのだ」
リンの眼が揺れる。景嵐はわずかに眉を寄せた。
「民を守るための破壊が、やがて民そのものをも巻き込み始めた。街は瓦礫と化し、救われたはずの人々すら恐怖に震えた。――それを見て、創世の武神は剣を抜いたのだ」
星華は一歩、兄弟に近づく。
「創世の武神は言った。『破壊は始まりを与えるためにこそある。だが、秩序なき破壊はただの暴虐でしかない』と」
月光に照らされた景嵐の横顔が硬直する。
自らの行いと、伝えられた歴史が重なり合うのを感じたからだ。
星華の声が一層低くなる。
「とうとう破壊の武神と創世の武神は戦い、国土の半分を焼き尽くすほどの激闘を繰り広げた。破壊と秩序が激突したその戦いは、単なる戦争ではなく、文明の行く末を賭けたものだった」
沈黙の中、星華の声だけが響く。
「だからこそ武神は力を誇示するのではなく、守るために在らねばならぬ。お前たちの対立は、その歴史の繰り返しにすぎない。景嵐、リン――そのことを胸に刻め」
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