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第四章: 「破壊の果てに」
第五十一話:「護衛とお転婆姫」
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姫の護衛を任されてからの日々、景嵐の務めは想像以上に骨の折れるものとなった。
ある朝。控えの間に立っていた景嵐の耳に、侍女の慌ただしい声が飛び込んできた。
「し、姫様が……!」
「今度は何事ですか」
駆けつけると、庭の噴水の縁に姫が立ち、城下を見下ろしていた。
「景嵐! あの屋根に登れば、通りの様子がもっとよく見えるわよね!」
「……姫様、どうかお降りください」
「嫌よ!」
「危険でございます。今すぐに」
鋭い声に姫は肩をすくめたが、次にはにかみ笑いを浮かべる。
「怒った顔も、かっこいいのね」
景嵐は額を押さえ、深いため息をついた。
⸻
別の日。
控え室に戻った景嵐の机の上には、小さな包みが置かれていた。
開けると、鈴を縫い付けた稚拙な布袋が現れる。香草の香りがほのかに漂った。
「……これは」
「姫様が、景嵐様のためにお作りになったのです。昨夜も遅くまで……」
侍女の言葉に、景嵐は無言で包みを閉じた。
その夜。
「お守り、気に入ってくれた?」
「……ありがたく頂戴いたします」
「ふふっ! それ、ずっと持っていてね」
無邪気に笑う姫に、景嵐は思わず視線を逸らした。
⸻
日を追うごとに、姫は確かに景嵐に惹かれていった。
だがその想いはまだ幼く、彼を困らせ、周囲を振り回すばかりだった。
「姫様……」
「何かしら」
「私は護衛でございます。お側にあるのは、姫様の御身を守るため――それだけです」
「それだけで十分よ」
にこりと笑う姫の言葉に、景嵐は返す言葉を失った。
――武の神と呼ばれた男と、恋に恋する姫君。
その奇妙な関係は、やがてアルテリス国を揺るがす波乱へとつながっていく。
城の警護を正式に任じられた景嵐は、姫のそばを離れず、常に警戒の目を光らせていた。
「姫様、どうぞお静かに……」
景嵐は低く、しかしきちんと敬語で注意する。
だが、姫は手に持った小さな籠を揺らしながら目を輝かせた。
「ねえ、景嵐さん。あの屋台、見たいの。ねえ、少しだけ外に行ってもいい?」
景嵐は眉をひそめ、手を軽く制する。
「姫様、外は人で混雑しております。こちらからでも祭の様子はご覧になれます」
しかし姫は身を乗り出し、窓から港広場の賑わいを覗き込む。
「でも、外の世界が気になるの! ちょっとだけ……ほんの少しだけ!」
景嵐はため息混じりに背を伸ばし、籠の中の小鳥のようにぴょんと動き回る姫に目を光らせた。
「……承知しました、姫様。ただし私がそばについております。危険があれば即座に御守りいたします」
こうして景嵐は、姫に振り回されつつも城門を抜け、城下の通りに出ることになる。人混みや屋台の喧騒、潮風に混ざる祭囃子——景嵐は慎重に歩みを進めながらも、若き姫の好奇心に振り回され、困惑しながらも護衛としての役目を果たす。
姫は通りの一角で足を止め、目を輝かせながら指を差した。
「わあ、景嵐さん、見て! あの光った飾り、きれい!」
景嵐は短く頷き、目を光らせながら周囲を警戒する。姫の笑顔に心を和ませつつも、何が起こるか分からないこの祭りの中で、彼は常に身を引き締めていた。
姫は跳ねるように廊下を走り出す。景嵐は慌てて後を追う。腕を掴み、低い声で警告する。
「姫様、足元にご注意ください。人混みに紛れると危険です――」
だがルシア姫は耳を貸さず、笑みを浮かべて通りへ飛び出した。景嵐は周囲を警戒しながら、必死に彼女の後ろを追う。
ちょうどその時、陸続きのヴェルリカ国からオルテア太子が祭りの見物に訪れるとの知らせが届いた。物々しい警備兵と行列が街道を進む様子は、城の警備隊にも緊張をもたらす。アルテリス国王自ら太子を出迎え、前夜祭に合わせてルシア姫との婚約を行うとの話も伝わる。
「なるほど……今日はただの祭りでは済まぬな」景嵐は低く呟き、姫の腕をそっと握り直した。
「景嵐殿、早く行きましょう!」姫は人混みに紛れつつも、目を輝かせる。景嵐は唇を引き結び、彼女を護りながら歩調を合わせる。
広場の露店や太鼓の音が迫る中、景嵐の目は常に周囲を巡る。酔った男や無作法な群衆が姫に近づかぬよう、瞬時に間合いを詰める。姫はそんな警護の緊張を理解できず、ただ好奇心を満たすことだけを考えている。
「景嵐殿、あの太鼓の音、近くで見たいわ!」
「姫様、そこは危険です――!」
その声も届かぬほど、姫は跳びはねる。景嵐はため息をつきつつも、腕を取り守る。祭りの喧騒と外交上の緊張の狭間で、彼は一瞬たりとも気を抜けない。
だが、この日景嵐は知る。ルシア姫は単なるお転婆ではなく、興味の赴くまま行動することで城の内外をよく観察し、国の情勢や人々の様子を敏感に感じ取る力を持っていることを。そして、自らの護衛としての役目が、単なる安全の確保にとどまらないことを——。
景嵐は姫の無邪気さに振り回されながらも、その鋭い洞察力を活かせる警護の難しさと面白さを感じ始めていた。祭りの熱気、太子の来訪、そして姫の自由奔放な行動——今日一日の出来事が、二人にとって新たな絆の始まりとなるのだった。
ある朝。控えの間に立っていた景嵐の耳に、侍女の慌ただしい声が飛び込んできた。
「し、姫様が……!」
「今度は何事ですか」
駆けつけると、庭の噴水の縁に姫が立ち、城下を見下ろしていた。
「景嵐! あの屋根に登れば、通りの様子がもっとよく見えるわよね!」
「……姫様、どうかお降りください」
「嫌よ!」
「危険でございます。今すぐに」
鋭い声に姫は肩をすくめたが、次にはにかみ笑いを浮かべる。
「怒った顔も、かっこいいのね」
景嵐は額を押さえ、深いため息をついた。
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別の日。
控え室に戻った景嵐の机の上には、小さな包みが置かれていた。
開けると、鈴を縫い付けた稚拙な布袋が現れる。香草の香りがほのかに漂った。
「……これは」
「姫様が、景嵐様のためにお作りになったのです。昨夜も遅くまで……」
侍女の言葉に、景嵐は無言で包みを閉じた。
その夜。
「お守り、気に入ってくれた?」
「……ありがたく頂戴いたします」
「ふふっ! それ、ずっと持っていてね」
無邪気に笑う姫に、景嵐は思わず視線を逸らした。
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日を追うごとに、姫は確かに景嵐に惹かれていった。
だがその想いはまだ幼く、彼を困らせ、周囲を振り回すばかりだった。
「姫様……」
「何かしら」
「私は護衛でございます。お側にあるのは、姫様の御身を守るため――それだけです」
「それだけで十分よ」
にこりと笑う姫の言葉に、景嵐は返す言葉を失った。
――武の神と呼ばれた男と、恋に恋する姫君。
その奇妙な関係は、やがてアルテリス国を揺るがす波乱へとつながっていく。
城の警護を正式に任じられた景嵐は、姫のそばを離れず、常に警戒の目を光らせていた。
「姫様、どうぞお静かに……」
景嵐は低く、しかしきちんと敬語で注意する。
だが、姫は手に持った小さな籠を揺らしながら目を輝かせた。
「ねえ、景嵐さん。あの屋台、見たいの。ねえ、少しだけ外に行ってもいい?」
景嵐は眉をひそめ、手を軽く制する。
「姫様、外は人で混雑しております。こちらからでも祭の様子はご覧になれます」
しかし姫は身を乗り出し、窓から港広場の賑わいを覗き込む。
「でも、外の世界が気になるの! ちょっとだけ……ほんの少しだけ!」
景嵐はため息混じりに背を伸ばし、籠の中の小鳥のようにぴょんと動き回る姫に目を光らせた。
「……承知しました、姫様。ただし私がそばについております。危険があれば即座に御守りいたします」
こうして景嵐は、姫に振り回されつつも城門を抜け、城下の通りに出ることになる。人混みや屋台の喧騒、潮風に混ざる祭囃子——景嵐は慎重に歩みを進めながらも、若き姫の好奇心に振り回され、困惑しながらも護衛としての役目を果たす。
姫は通りの一角で足を止め、目を輝かせながら指を差した。
「わあ、景嵐さん、見て! あの光った飾り、きれい!」
景嵐は短く頷き、目を光らせながら周囲を警戒する。姫の笑顔に心を和ませつつも、何が起こるか分からないこの祭りの中で、彼は常に身を引き締めていた。
姫は跳ねるように廊下を走り出す。景嵐は慌てて後を追う。腕を掴み、低い声で警告する。
「姫様、足元にご注意ください。人混みに紛れると危険です――」
だがルシア姫は耳を貸さず、笑みを浮かべて通りへ飛び出した。景嵐は周囲を警戒しながら、必死に彼女の後ろを追う。
ちょうどその時、陸続きのヴェルリカ国からオルテア太子が祭りの見物に訪れるとの知らせが届いた。物々しい警備兵と行列が街道を進む様子は、城の警備隊にも緊張をもたらす。アルテリス国王自ら太子を出迎え、前夜祭に合わせてルシア姫との婚約を行うとの話も伝わる。
「なるほど……今日はただの祭りでは済まぬな」景嵐は低く呟き、姫の腕をそっと握り直した。
「景嵐殿、早く行きましょう!」姫は人混みに紛れつつも、目を輝かせる。景嵐は唇を引き結び、彼女を護りながら歩調を合わせる。
広場の露店や太鼓の音が迫る中、景嵐の目は常に周囲を巡る。酔った男や無作法な群衆が姫に近づかぬよう、瞬時に間合いを詰める。姫はそんな警護の緊張を理解できず、ただ好奇心を満たすことだけを考えている。
「景嵐殿、あの太鼓の音、近くで見たいわ!」
「姫様、そこは危険です――!」
その声も届かぬほど、姫は跳びはねる。景嵐はため息をつきつつも、腕を取り守る。祭りの喧騒と外交上の緊張の狭間で、彼は一瞬たりとも気を抜けない。
だが、この日景嵐は知る。ルシア姫は単なるお転婆ではなく、興味の赴くまま行動することで城の内外をよく観察し、国の情勢や人々の様子を敏感に感じ取る力を持っていることを。そして、自らの護衛としての役目が、単なる安全の確保にとどまらないことを——。
景嵐は姫の無邪気さに振り回されながらも、その鋭い洞察力を活かせる警護の難しさと面白さを感じ始めていた。祭りの熱気、太子の来訪、そして姫の自由奔放な行動——今日一日の出来事が、二人にとって新たな絆の始まりとなるのだった。
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