『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第五章:「魏支国潜入」

第六十四話:「龍華帝国帰還」

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北風が乾いた草木を揺らす国境付近の道。藍峯は赤狼一行とともに馬を進めていた。王都で買い揃えた薬草は袋にきちんと整理され、背負い袋に収まっている。慎重に目を光らせながら、藍峯は国境の役人の動向を観察していた。

やがて前方の見張り小屋から、甲高い声が響く。
「おい、お前! 望んだ薬草は手に入ったか? 見せてみろ!」

藍峯は馬を止め、落ち着いた表情で袋を開いた。
「はい、手に入りました」

薬草を一つひとつ取り出し、丁寧に役人に見せる。色とりどりの葉や根、香り高い乾燥草まで、見た目にも確かで質の良いものばかり。
役人は鼻先で匂いを嗅ぎ、細かく確認してからようやく頷く。
「ふむ……なるほど、間違いなくこれが望んだ品だな」

藍峯は軽く微笑み、袋を閉じる。
「はい。全て揃いましたので、早速次の行程へ進みます」

ところが、役人の視線は藍峯だけでなく、彼の周囲にいる赤狼一行にも注がれていた。
「……お前たちは……同行者か?」
役人の疑念が露わになる。赤狼たちは藍峯のすぐ後ろで馬に乗ったまま、静かに顔を上げる。

藍峯は一瞬、仲間たちを見やり、短く息を吐く。
「ええ、信頼する者たちです。護衛として同行してもらってます」

「……妙だな。記録によれば、前回ここを通ったのは貴様ただ一人のはずだ。だが今は……随分と大所帯ではないか?」

役人の視線が、後ろに控える赤狼たちを鋭くなぞる。空気がぴんと張り詰め、仲間の一人が思わず腰に手を伸ばしかける。

藍峯はすっと一歩前に出て、落ち着いた声音で答えた。
「確かに一人で入った。だが、王都での買い付けの折、これだけの薬草を運び出すには人手が要ると悟った。商人の伝で、腕の立つ者たちを雇ったのだ」

そう言って袋を開き、香り立つ高価な薬草をわざと役人の鼻先に示す。
「見ろ。これほどの量、一人で担いで雪山を越えろと言うのか?」

役人は一瞬たじろぎ、顔をしかめながらも袋を覗き込む。
乾いた根、淡く光を帯びる苔、香りの強い葉――いずれも王都の市で高値がつくものばかりだった。

「……ふむ。確かに荷は重そうだな」
不承不承といった様子で役人は手を引く。だが視線はまだ赤狼たちを離さない。

「それにしても、随分と物騒な風体の者たちだ。護衛にしては……目つきが鋭すぎる」

赤狼が口を開きかけたが、藍峯が片手を上げて制した。
「だからこそ雇ったのだ。魏支国の山中には獣も盗賊もいる。命を賭して運び出した品を、無事に持ち帰らねばならぬ。お主ら役人にとっても、この薬草が無事に帝国へ届いた方が都合が良かろう?」

役人は一瞬黙り込み、ちらと背後の兵に目配せした。
だが結局、吐き捨てるように言う。
「……通れ。ただし、余計な真似はするなよ」

藍峯は軽く一礼し、仲間たちを促して関所を抜けた。
冷気を孕んだ風が吹き抜け、遠ざかる足音だけが雪道に響く。

赤狼が小声で呟く。
「さすがだな、藍峯殿……一歩間違えれば刃を交えるところだった」


藍峯たちが関所を抜けると、冷たい北風が乾いた大地を渡り、砂と枯葉を巻き上げた。頬を切るような鋭さはあれど、地面に雪の影はなく、荒涼とした冬の景色が広がっている。

赤狼は振り返り、遠く霞む山々を見やった。そこに広がる景色と、先ほど潜り抜けた禁苑の異様な光景との差に、思わず低く呟く。
「……まるで、別の世界に行っていたようだな」

藍峯は答えず、ただ手綱を握り直して前へと進めた。


赤狼は振り返り、遠く霞む山々を見やった。そこに広がる景色と、先ほど潜り抜けた禁苑の異様な光景との差に、思わず低く呟く。
「……まるで、別の世界に行っていたようだな」

藍峯は答えず、ただ手綱を握り直して前へと進めた。
今は一刻も早く、リンと星華のもとへ戻ることが最優先だ。禁苑で得た命がけの情報を少しでも早く伝えなくては。

赤狼一行もまた無言で後に続く。長い越境の旅路に疲労の色は濃いが、その眼差しは鋭く、迷いはない。

「この先に宿場町がある。馬を替え、夜通し進めば……明日にはリン様のもとへ着くだろう

藍峯が短く告げる。
赤狼は頷き、仲間たちに目配せした。

乾いた風が頬を打ち、馬蹄の音が乾いた土を叩く。
夜明けの陽光が背に差す中、一行はひたすら龍華帝国の都を目指して駆けた。


長い旅路を越え、ついに目的の邸宅が見えてくる。塀の向こうに、見覚えのある影が揺れる。リンが、落ち着かない足取りで支度を整え、今か今かと待ちわびている様子だった。星華も隣に立ち、藍峯の到着を見守っている。

藍峯の馬が門前に差し掛かると、リンの顔に安堵と喜びが交錯した表情が浮かぶ。短く歩を進め、門の外まで迎えに出てきたリンの視線は、寒風の中でも温かく、藍峯の心をほっとさせる。

「藍峯殿……!」
思わず声を上げたリンの言葉に、藍峯の胸は緊張から解き放たれ、深い安堵が広がった。互いに数歩ずつ近づき、距離が縮まるたび、旅路の疲れも忘れられるようだった。星華も微笑みを浮かべ、穏やかな瞳で二人の再会を見守る。

藍峯は軽く会釈し、落ち着いた声音で返す。
「はい、無事に戻りました。報告の準備も整っております」

リンは藍峯の腕に手を置き、無事を確認するように軽く握る。視線を交わすだけで、言葉以上の安心感が伝わる。雪のない冬の午後、乾いた北風が二人の間を吹き抜け、緊張と安堵が混ざった空気を運んだ。

赤狼たちは馬上から静かに周囲を警戒しつつも、二人の再会を見届け、少しだけ肩の力を抜く。長い道程の終わりに、藍峯はようやくリンの元へ帰還したのだ。

「これで一段落だな」藍峯は心の中で小さくつぶやく。

冬の冷たい風に包まれながら、邸宅前の小道に、再び穏やかな時間が流れ始めた。

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