『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第五章:「魏支国潜入」

第七十一話:「白き禁苑の嵐」

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天翔の叱咤に奮い立ったリンは、剣を掲げ声を張り上げた。
「進軍! 王都を駆け抜け、禁苑へ至る!」

龍華帝国と烈陽国の連合軍は鬨の声をあげ、槍と盾を揺るがしながら街路を突破する。
やがて王都の背後に聳える山へと至った。禁苑はその山を越えた先にある。

だが──山腹に差しかかった途端、異様な猛吹雪が襲いかかった。
雪は叩きつけるように落ち、白い壁となって兵の視界を奪う。
一寸先すら見えず、馬は怯え、兵たちは足を取られて次々と倒れ込む。

「……これは、自然の吹雪ではないな」
天翔が眉をひそめ、雪煙を睨む。

リンも頷いた。肌を突き刺す冷気は不自然なまでに均一で、風には妙な脈動がある。
「まるで人工の嵐だ……」

藍峯が叫ぶ。
「報告! 斥候が山の奥に鉄塔のような装置を確認!」

兵たちにざわめきが走る。魏支国が築いた“禁苑実験場”。その存在を隠すための仕掛けが、この吹雪だった。

リンは剣を強く握りしめる。
「このまま突入すれば全軍が凍え死ぬ。ここでの進軍は不可能だ」

やむなく軍は山を降り、麓の林に退いた。
野営の火が灯り、兵たちは肩を寄せ合い吹雪を背にして震えていた。

焚火に照らされたリンの横顔は険しい。
「……科学で自然を操るとは。魏支国の禁苑、やはり只事ではない」

天翔が静かに頷き、剛毅な声を響かせる。
「だが、その理不尽を打ち破るのが我らの使命だ」

吹雪の向こうには、敵が隠す“真実”がある。
嵐はまるで試練のごとく、なお山を覆い尽くしていた。

野営地の天幕。中央に焚火が置かれ、炎がゆらめく中、リン・天翔・藍峯が腰を下ろし臨時会議が始まった。

リンが口を開く。
「この吹雪では大軍は動かせぬ。進めば無意味に凍死者を出すだけだ」

藍峯が頷き、持参した紙片と巻物を広げる。
「山を越える道は三つ。しかしすべて吹雪に閉ざされています。軍全体は到底通れません。ただし少数なら、地元の案内人を雇えば突破できる可能性があります」

天翔が炎を見据え、低く言った。
「ここから先は少数精鋭で進む。決死隊を組み、我ら武神が先頭に立つ。残りの兵は国へ戻すべきだ」

リンはその言葉を受け、深く息を吸い込む。
「全軍を危険に晒すより少数で核心を突く方がよいでしょう……。ただし志願した者だけを伴うこととしましょう。強いるわけにはいかない」

天幕の外では兵たちがざわめいていた。雪雲に覆われた夜空の下、それぞれが不安と覚悟を胸に刻んでいる。

藍峯が静かに付け加える。
「志願者のみを選抜し、軽装で挑むのです。余計な荷を捨て、速さと忍耐で嵐を越える」

天翔は立ち上がり、力強く告げた。
「我らが背負うは国の未来。この道を切り開くのは我らの責務だ!」

こうして禁苑に挑む“決死隊”の組成が決まった。
志願者の中から精鋭が選ばれ、必要最小限の武具に軽装を整える。地元案内人の手配も進められた。

そして藍峯は黒鷹派の調査報告を取り出し、続けた。

「まず禁苑を守る指揮官ですが……もとは財務官僚。軍人ではありません。だが頭の回転は尋常ではなく、出世も早い。各界に広いコネを持ち、すべてを損得勘定で測る男。情に訴えても通じません」

リンが眉を寄せる。
「財務官僚……戦を計算で操るか」

藍峯はさらに言葉を重ねる。
「生物兵器の責任者は、元は医師を名乗っていました。だが治療より人体実験に執着し、死体を買い取り解剖、標本にした。疫病を意図的に作り出し……やがて“死者兵士”をも生み出したのです」

天翔の瞳に怒りが宿る。
「医を騙り命を弄ぶか。外道め」

「そして科学部門の中心は女性です」
藍峯の声はひときわ低くなる。
「魏支国随一の天才科学者。細やかな執念で科学兵士の鎧も設計しました。今は人が中に入って動かしますが、将来的には無人兵士――心なき軍勢を完成させると噂されています」

リンと天翔は思わず視線を交わした。

「さらに――」藍峯は吹雪の外を指す。
「この異常な猛吹雪も彼女の発案であり、彼女が作り出したもの。実験場を覆い隠すため、自然を歪めているのです」

天翔は拳を固く握った。
「ならば、この雪を越えることは彼女への挑戦そのもの。退けば魏支国の思うつぼだ」

リンは決意を宿した瞳で答える。
「……どれほどの相手であろうと、進むしかない。だが相手を知れたのは大きい。藍峯殿、よく調べてくれました」

こうして会議は終わり、決死の行軍は現実味を帯びてゆくのだった。

会議が終わり、決死隊の組成が決まると、天幕の外には冷え切った夜が広がっていた。
吹雪は相変わらず山を覆い、風が幕を震わせるたびに兵たちは身をすくめる。

やがて夜が明け、雪雲の隙間からわずかに光が射した。
凍える兵たちの間を、一人の地元案内人が呼び出されて進み出る。

「……実は、この山には“裏道”がございます」
男は声を潜め、周囲を窺いながら語った。
「山の中腹に、古くから掘られた洞穴がありましてな。地元の者は吹雪を避ける際、そこを通り抜けるのです。ただし道は狭く、通れるのは少人数だけ……」

リンは思わず身を乗り出した。
「秘密のトンネル……?」

案内人は頷く。
「外からは雪と岩で隠されておりますゆえ、よそ者には決して気づかれませぬ。ですが、吹雪を避けて禁苑の裏手へと抜けられる可能性があります」


リンは頷き、振り返って仲間を見渡した。藍峯と天翔を含め、彼らと共に命を懸ける二十名の決死隊が静かに立ち上がる。その瞳には迷いも恐れもなく、ただ進むべき道を選んだ者の覚悟が宿っていた。

藍峯が低く呟いた。
「……なるほど。まさにこの状況で使うべき道だな」

天翔は瞳を光らせ、力強く告げる。
「決まったな。決死隊はその道を行く」

吹雪の中に潜む秘密の通路。
それは禁苑へ至るただ一つの道であり、同時に魏支国が知らぬ“地元の知恵”でもあった。

こうして決死隊は夜明けの光を背に、案内人の導きで山の奥深くへと進む準備を整えた。
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