『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

文字の大きさ
72 / 146
第五章:「魏支国潜入」

第七十一話:「白き禁苑の嵐」

しおりを挟む
天翔の叱咤に奮い立ったリンは、剣を掲げ声を張り上げた。
「進軍! 王都を駆け抜け、禁苑へ至る!」

龍華帝国と烈陽国の連合軍は鬨の声をあげ、槍と盾を揺るがしながら街路を突破する。
やがて王都の背後に聳える山へと至った。禁苑はその山を越えた先にある。

だが──山腹に差しかかった途端、異様な猛吹雪が襲いかかった。
雪は叩きつけるように落ち、白い壁となって兵の視界を奪う。
一寸先すら見えず、馬は怯え、兵たちは足を取られて次々と倒れ込む。

「……これは、自然の吹雪ではないな」
天翔が眉をひそめ、雪煙を睨む。

リンも頷いた。肌を突き刺す冷気は不自然なまでに均一で、風には妙な脈動がある。
「まるで人工の嵐だ……」

藍峯が叫ぶ。
「報告! 斥候が山の奥に鉄塔のような装置を確認!」

兵たちにざわめきが走る。魏支国が築いた“禁苑実験場”。その存在を隠すための仕掛けが、この吹雪だった。

リンは剣を強く握りしめる。
「このまま突入すれば全軍が凍え死ぬ。ここでの進軍は不可能だ」

やむなく軍は山を降り、麓の林に退いた。
野営の火が灯り、兵たちは肩を寄せ合い吹雪を背にして震えていた。

焚火に照らされたリンの横顔は険しい。
「……科学で自然を操るとは。魏支国の禁苑、やはり只事ではない」

天翔が静かに頷き、剛毅な声を響かせる。
「だが、その理不尽を打ち破るのが我らの使命だ」

吹雪の向こうには、敵が隠す“真実”がある。
嵐はまるで試練のごとく、なお山を覆い尽くしていた。

野営地の天幕。中央に焚火が置かれ、炎がゆらめく中、リン・天翔・藍峯が腰を下ろし臨時会議が始まった。

リンが口を開く。
「この吹雪では大軍は動かせぬ。進めば無意味に凍死者を出すだけだ」

藍峯が頷き、持参した紙片と巻物を広げる。
「山を越える道は三つ。しかしすべて吹雪に閉ざされています。軍全体は到底通れません。ただし少数なら、地元の案内人を雇えば突破できる可能性があります」

天翔が炎を見据え、低く言った。
「ここから先は少数精鋭で進む。決死隊を組み、我ら武神が先頭に立つ。残りの兵は国へ戻すべきだ」

リンはその言葉を受け、深く息を吸い込む。
「全軍を危険に晒すより少数で核心を突く方がよいでしょう……。ただし志願した者だけを伴うこととしましょう。強いるわけにはいかない」

天幕の外では兵たちがざわめいていた。雪雲に覆われた夜空の下、それぞれが不安と覚悟を胸に刻んでいる。

藍峯が静かに付け加える。
「志願者のみを選抜し、軽装で挑むのです。余計な荷を捨て、速さと忍耐で嵐を越える」

天翔は立ち上がり、力強く告げた。
「我らが背負うは国の未来。この道を切り開くのは我らの責務だ!」

こうして禁苑に挑む“決死隊”の組成が決まった。
志願者の中から精鋭が選ばれ、必要最小限の武具に軽装を整える。地元案内人の手配も進められた。

そして藍峯は黒鷹派の調査報告を取り出し、続けた。

「まず禁苑を守る指揮官ですが……もとは財務官僚。軍人ではありません。だが頭の回転は尋常ではなく、出世も早い。各界に広いコネを持ち、すべてを損得勘定で測る男。情に訴えても通じません」

リンが眉を寄せる。
「財務官僚……戦を計算で操るか」

藍峯はさらに言葉を重ねる。
「生物兵器の責任者は、元は医師を名乗っていました。だが治療より人体実験に執着し、死体を買い取り解剖、標本にした。疫病を意図的に作り出し……やがて“死者兵士”をも生み出したのです」

天翔の瞳に怒りが宿る。
「医を騙り命を弄ぶか。外道め」

「そして科学部門の中心は女性です」
藍峯の声はひときわ低くなる。
「魏支国随一の天才科学者。細やかな執念で科学兵士の鎧も設計しました。今は人が中に入って動かしますが、将来的には無人兵士――心なき軍勢を完成させると噂されています」

リンと天翔は思わず視線を交わした。

「さらに――」藍峯は吹雪の外を指す。
「この異常な猛吹雪も彼女の発案であり、彼女が作り出したもの。実験場を覆い隠すため、自然を歪めているのです」

天翔は拳を固く握った。
「ならば、この雪を越えることは彼女への挑戦そのもの。退けば魏支国の思うつぼだ」

リンは決意を宿した瞳で答える。
「……どれほどの相手であろうと、進むしかない。だが相手を知れたのは大きい。藍峯殿、よく調べてくれました」

こうして会議は終わり、決死の行軍は現実味を帯びてゆくのだった。

会議が終わり、決死隊の組成が決まると、天幕の外には冷え切った夜が広がっていた。
吹雪は相変わらず山を覆い、風が幕を震わせるたびに兵たちは身をすくめる。

やがて夜が明け、雪雲の隙間からわずかに光が射した。
凍える兵たちの間を、一人の地元案内人が呼び出されて進み出る。

「……実は、この山には“裏道”がございます」
男は声を潜め、周囲を窺いながら語った。
「山の中腹に、古くから掘られた洞穴がありましてな。地元の者は吹雪を避ける際、そこを通り抜けるのです。ただし道は狭く、通れるのは少人数だけ……」

リンは思わず身を乗り出した。
「秘密のトンネル……?」

案内人は頷く。
「外からは雪と岩で隠されておりますゆえ、よそ者には決して気づかれませぬ。ですが、吹雪を避けて禁苑の裏手へと抜けられる可能性があります」


リンは頷き、振り返って仲間を見渡した。藍峯と天翔を含め、彼らと共に命を懸ける二十名の決死隊が静かに立ち上がる。その瞳には迷いも恐れもなく、ただ進むべき道を選んだ者の覚悟が宿っていた。

藍峯が低く呟いた。
「……なるほど。まさにこの状況で使うべき道だな」

天翔は瞳を光らせ、力強く告げる。
「決まったな。決死隊はその道を行く」

吹雪の中に潜む秘密の通路。
それは禁苑へ至るただ一つの道であり、同時に魏支国が知らぬ“地元の知恵”でもあった。

こうして決死隊は夜明けの光を背に、案内人の導きで山の奥深くへと進む準備を整えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...