『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第五章:「魏支国潜入」

第七十五話:「天才科学者不知火」

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施設の外縁部で待機していたリンたちは、斥候の報告を受けて息を整えながら待った。やがて、低い掛け声とともに複数の影が暗闇から姿を現す。

「お待たせしたな!」

先頭に立つのは、白虎門の精鋭を率いる堂々たる戦士。背には重厚な武具を負い、周囲の空気を震わせるほどの気迫を纏っている。その隣には、朱雀門の若き俊英たち。軽やかな足取りと鋭い視線が、即座に周囲を警戒していた。

「白虎門、十名。朱雀門、八名。精鋭揃いです」
斥候の報告に、天翔が大きく頷く。

「これでようやく戦えるな」
彼の声には、抑えてきた闘志が滲んでいた。

白虎門の隊長がリンに歩み寄る。
「リン殿、我らはあなた方の指示に従おう。この施設の罠と兵士について、すでに把握していると聞いた」

リンは落ち着いた表情で答える。
「潤騎が罠の配置を解析している。藍峯は巡回兵の動きを読み取った。あなた方の突破力と連携があれば、道を切り拓けるはずです」

朱雀門の若き戦士が胸を張る。
「細い通路や狭い空間は我らが先行します。機敏さで道を掃き清めましょう」

全員の視線が集まり、戦力が一つにまとまる。
リンは短く指示を出した。
「では、白虎門は前衛、朱雀門は遊撃。私たちは指揮と補佐に回る。――行こう。ここで立ち止まるわけにはいかない」

暗闇の研究施設に、一行の気配が鋭く広がっていく。
迷宮のような内部を突破するため、ついに戦力は整った。

潤騎は持ち前の技量を存分に発揮していた。
「解除するだけが能じゃねえ。せっかく敵の巣だ、逆に利用してやらなきゃ損だろ」

彼は研究施設の通路や出入り口の死角に、細工した縄罠や仕掛けを次々と設置していく。重力板を外して足場を崩すもの、開閉扉の内側に仕込んだ針の矢、さらには音を誘発する鈴を忍ばせ、巡回兵が足を踏み入れれば即座に警戒が走るような工夫まで。
「これで科学兵士どもも、うかつに動けまい」
にやりと笑い、汗を拭う潤騎。

その間に朱雀門の精鋭たちは、迷宮のような施設内部を軽やかに駆け抜けていた。
「こちらは空き部屋、研究資料はなし」
「次の区画は薬品庫、しかし既に荒らされているな」
小さな足音と短い報告を繰り返し、彼らは蜘蛛のように通路へ散開し、内部の様子を次々と洗い出していく。

やがて、別区画に踏み込んだ白虎門が、その豪腕をもって研究員たちを一網打尽にした。
「動くな!」
低い咆哮とともに武器が振るわれ、机や書架が薙ぎ倒される。抵抗を試みる研究員たちも、白虎門の鉄壁の防御と圧倒的な力の前にひとたまりもない。

「捕らえたぞ!」
白虎門の隊長が研究員を床に押さえ込みながら報告する。その目には、潜入の第一段階を果たした確信が光っていた。

リンは頷き、仲間に告げる。
「よし……情報源は確保した。次は、奥だ」

捕らえられた研究員たちは、白虎門の巨躯の前に震え上がっていた。
一人が代表するように前へ押し出される。まだ若いが、この施設の統括役らしい。

「……お、お前たちは、何者だ……?」
恐怖に引きつった顔を、リンは冷ややかに見据えた。
「それはこちらの台詞だ。お前たちの研究内容と、この施設の責任者について答えろ」

沈黙ののち、研究員は観念したように視線を伏せた。
「……我らの中心に立つのは、不知火(しらぬい)様だ」

その名を聞いた瞬間、藍峯が息を呑んだ。
「やはり……。過去の記録でも幾度かその名を目にしたが、正体はつかめなかった」

研究員は続ける。
「不知火様は、この施設の全てを設計し、兵器開発を統括する天才科学者……しかし……」
口ごもりながら、彼は思いも寄らぬ真実を吐き出した。
「……彼女はまだ十三歳の少女なのです」

その場に一瞬、凍り付いた沈黙が流れた。
リンが目を細める。
「十三歳……?」

藍峯は顔を曇らせ、低く呟いた。
「信じ難いが……なるほど、これまで姿をくらまし続けた理由も見えてきた。天才にして異端……禁苑の要に据えられる所以だろう」

白虎門の隊長は拳を握りしめる。
「子どもが……このような禍々しき研究を主導していると……?」

天翔も唇を固く結んだ。
「あるいは、主導しているのではなく……利用されているのかもしれん」

リンは冷静に頷き、仲間に視線を走らせた。
「いずれにせよ、目指すべきは明らかになった。不知火――その少女に辿り着かねばならない」
研究員の声は震えていた。
「……不知火様は、この禁苑の頭脳。すべての設計を担う天才科学者……ですが……」

彼は唇を噛みしめ、耐えかねるように吐き出す。
「彼女は、十三歳の少女にすぎません。本来ならば、家族と共に平穏に暮らしていたはず……それを魏支国が、その才を奪い、禁苑へと閉じ込めたのです」

沈黙が走った。
朱雀門の若き兵が顔を曇らせる。
「……つまり、彼女は利用されている……?」

研究員は悔恨を滲ませ、うなだれた。
「ええ……逆らえば、私たちも……彼女自身さえも処分される。だから従うしかなかったのです」

藍峯は腕を組み、苦渋の表情を浮かべた。
「十三歳の少女を枷にして、この異形の研究を進めてきたか……魏支国のやり口は卑劣極まるな」

リンは目を伏せ、深く息を吐いた。
「ならば我々の使命は二重となる。不知火を止めること。そして――彼女を、この枷から解き放つことだ」
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