『天翔（あまかけ）る龍』

第五章:「魏支国潜入」

第七十六話 : 「鎖された才女の影」

白虎門と朱雀門の精鋭は、研究施設の奥へと突入した。
通路は細く入り組み、壁には無数の配線が這い、異様な金属音が響いている。
その奥からは、規則正しい重い足音――科学兵士たちの巡回が近づいていた。

「前方に敵、科学兵士だ！」

霧影が鋭く声を上げると同時に、白虎門の若武者が先頭で剣を抜いた。
次の瞬間、暗がりから無数の影が現れる。
鎧に覆われ、虚ろな瞳で槍を構えた科学兵士たちが、通路を塞ぐように現れたのだ。

「抜かれたか……！」
朱雀門の戦士が悔しげに唸り、しかしすぐに燃えるような気迫を漲らせる。

乱戦が始まった。
白虎門の剛力の一撃が兵士を弾き飛ばし、朱雀門の俊敏な蹴りが鋭く突き刺さる。だが敵は倒れてもなお立ち上がり、異様な粘り強さを見せる。

その戦いの最中、藍峯が低く呟いた。
「……やはり、この先に不知火がいる。兵をここに集めているのは、彼女を守るためだ」

リンは静かに頷き、剣を握り直した。
「ならば、突破するしかない――！」

白虎門と朱雀門の精鋭が奥へ踏み込んだ瞬間、科学兵士の群れが通路を塞ぎ、烈しい乱戦が始まった。
重々しい槍が突き出され、金属鎧同士の衝突音が狭い空間を震わせる。

「ぐっ、しぶとい奴らだ……！」
朱雀門の武者が叫び、蹴りで敵を吹き飛ばす。しかし兵士は倒れてもなお立ち上がり、虚ろな瞳のまま再び槍を構える。

その刹那、背後から駆け込む足音が響いた。
「援軍だ！ 決死隊、突入する！」

リンの声と共に、天翔、藍峯、黒鷹派の面々、そして決死隊二十名が通路へなだれ込む。
剣が閃き、槍が突き出され、乱戦は一層の激しさを増した。

「隊列を崩すな！　押し返せ！」
天翔の号令に、兵たちは声を合わせて応じる。

潤騎は罠の技術を活かし、投げ込んだ仕掛けで科学兵士の足を縛り、翠弦の素早い突きで隙を突く。霧影は壁際を駆け抜け、敵の死角から鋭く斬り込む。
黒鷹派の戦士たちも後方を固め、退路を守りつつ戦線を維持した。

通路の奥からは、さらに重苦しい気配が漂う。
藍峯は険しい眼差しを向け、低く呟いた。
「……不知火は、この先だ」

リンは剣を握り直し、仲間へ鋭い視線を送る。
「突破するぞ――すべては、彼女を解き放つために！」
決死隊と白虎・朱雀の精鋭たちが力を合わせ、科学兵士を次々と斬り伏せる。
だが、その奥の鉄扉が轟音を立てて開かれると、空気そのものが重く淀んだ。

現れたのは――これまでの科学兵士とは明らかに異なる巨躯。
鎧は肉と融合するように身体へ食い込み、赤い管が血管のように脈動している。
瞳は虚ろな白でありながら、内側に狂気の光を宿していた。

「……強化型か」
藍峯が低く息を呑む。「通常の兵士とは比べ物にならん。注意しろ！」

巨体は咆哮とともに鉄槍を振り下ろした。石床が砕け、衝撃で周囲の兵が吹き飛ぶ。
天翔が前に出て青龍刀で受け止めるが、衝撃は腕を痺れさせるほどだった。
「ちっ……力が桁違いだ！」

リンは隊に声を張り上げる。
「全員、決して一対一で挑むな！　連携して崩す！」

翠弦と霧影が左右から突き、潤騎が仕掛けた罠を足元に炸裂させる。しかし強化型は怯むことなく進み出て、壁を抉りながらなお迫ってくる。

その時――。

通路の最奥、強化型の背後に、一人の少女が姿を現した。
白衣に身を包み、背丈は小さい。だが、その瞳は年齢に似つかわしくないほど冷徹で、全てを観察する理性の光を宿していた。

「……あなたが、不知火……」
藍峯が呟くと、少女は静かに頷いた。

「そう。私は不知火。あなたたちが“解き放とう”としている存在よ」
年若い声が響く。だがその響きは、まるで大人を凌駕する冷たさと自信に満ちていた。

強化型兵士は不知火の前に立ち塞がり、まるで彼女を守護する番人のように吠える。
一行の前進は完全に遮られた。

リンは剣を構え直し、仲間たちに叫んだ。
「ここを越えねば、彼女には辿り着けない！」

決死隊と強化兵士の死闘、そして不知火の真の姿――。
禁苑の奥で、戦局は新たな段階へと突入していく。
通路の奥に立つ不知火の瞳が、わずかに揺らめいた。
その眼差しには幼さと同時に、押し殺された苦悩が隠れている。

「……あなたたちが何を望んでいるかは知っているわ」
少女は静かに口を開いた。
「けれど、私は魏支の命令に逆らえない。家族の命を握られているのだから」

その言葉に一瞬、決死隊の面々は息を呑む。
だが不知火の声音はすぐに冷え切り、氷の刃となって突き刺さった。

「だからこそ――あなたたちは敵」

不知火は白衣の袖を翻し、強化兵士へ命を下した。

「……彼らを殺して」

低く響いたその命令に、強化兵士の白い瞳が血のように赤く染まる。
甲高い咆哮が通路を震わせ、巨体が決死隊へと迫った。

リンが剣を構え、天翔が青龍刀を振り上げる。
藍峯は冷徹な眼差しで状況を分析し、翠弦たちも身構える。

「……やむを得ん。ここで突破する！」リンの声が響いた。

不知火の影と強化兵士の巨体――。
決死隊はこの禁苑の奥で、最大の脅威と対峙することとなった。