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第六章:「禁苑の双頭」
第七十八話:「不知火の告白と葛藤」
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夜明け前、街を抜ける小道を三人と一人は進んでいた。
鎖で両手を束ねられた不知火は、無言のまま歩き続けていたが、その足取りは昨日までのような反発の気配を帯びてはいなかった。
リンは彼女の背を見つめ、少し歩調を合わせて横に並ぶ。
「不知火さん。昨日からあなたの態度が少し変わったように見えます」
不知火は目を伏せ、しばらく黙り込んだ。
その沈黙を破ったのは、後方に控える余崇の低い声だった。
「どうせ口を割る気はない。油断するな、リン殿」
だが藍峯は、ただ静かに歩を進めながら言った。
「……聞く価値はある。彼女が口を開くなら、それを無にしてはならぬ」
その言葉にリンは勇気づけられ、不知火へと向き直る。
「利用するためじゃありません。助けたいんです。もしあなたが本当に縛られているのだとしたら、その鎖を断ち切れるのは……」
リンは胸を叩き、真っ直ぐに彼女の目を見た。
「私たちしかいない」
不知火の瞳がわずかに揺れた。
長い沈黙の末、彼女は小さな声で漏らす。
「……私の家族は、とある場所に囚われている。だから私は、逆らえなかった」
リンは静かにうなずく。
「どこですか。その“とある場所”とは」
不知火は唇を噛み、すぐには答えなかった。
しかし歩を進めるごとに、やがて視線を遠くに向け、震える声で告げる。
「……北の山脈のふもと。古い鉱山の跡地。そこに……父と母、それに弟が閉じ込められている」
余崇の表情が険しくなる。
藍峯は瞼を閉じ、一度深く息を吐いた。
「ならば向かうべき場所は定まった。迷う余地はない」
リンは強くうなずき、不知火の目を見据える。
「必ず救い出します。不知火さん、信じてください」
不知火の瞳に、初めてかすかな光が宿った。
一方禁苑では。
厚い鉄扉を押し開けると、鼻を刺す薬品と血の混じったような異臭が流れ込んできた。
天翔は思わず眉をひそめる。
「……ここが、生物研究の区画か」
朱雀門の戦士たちが松明を掲げて中を照らすと、壁一面には大小の檻が並んでいた。檻の中には、すでに息絶えた異形の生物や、半ば人の形を保ちながらも異様な器官を持つ個体の残骸が横たわっている。
「人を……こんなふうに」
一行のひとりが呻くように言葉を漏らす。
天翔は奥を見据え、冷ややかに答えた。
「禁苑は“兵”をつくる場所ではない。“怪物”をつくる場所だ……魏支国はそれを承知で利用している」
さらに奥へと進むと、研究机に積まれた資料や瓶詰めの標本が現れる。その中にはまだ動く肉片さえあり、僅かに痙攣を続けていた。
朱雀門の若き戦士たちは恐怖を隠せず、武器を握る手に力を込める。
白虎門の精鋭は黙々と周囲を警戒しながら進軍した。
やがて部屋の中央、床に描かれた円陣のような紋様の中に、拘束具で縛られたまま動かぬ“実験体”が安置されていた。
その体表には無数の管が突き刺さり、青白い光が脈動するたびに微かに痙攣する。
天翔は一歩踏み出し、低く呟く。
「……これが次の“試練”か」
研究室の奥――異臭の源をさらに突き抜けた先に、わずかに生き残った研究員たちが怯えながら後退していた。彼らの背後に、一人の猫背の男が姿を現す。
その男は、ぼさぼさの髪を垂らし、痩せ細った頬に不気味な笑みを浮かべていた。
その眼差しはどこか狂気を孕み、だが妙に澄んでいる。
「ふふ……ようやく来たか。龍華帝国の勇士たちよ」
その声は異様に乾いていて、まるで骨が擦れる音のようだった。
天翔が一歩前に出て、その名を問い質すように叫ぶ。
「……お前が、生物兵器を生み出している“闇医者”か!」
男はかすかに首を傾げると、ぎしりと背骨が鳴った。
「闇医者……? いや、私はただの“創造主”だよ。世界が望んだ新しい種を形にしているだけだ」
周囲の檻から、低い唸り声が響いた。
まだ半ば実験段階の生物兵器たちが、鎖を引き千切らんばかりに暴れ始める。
男は両手を広げ、血走った目で一行を見渡した。
「ようこそ、私の庭へ。さあ……君たちに、この“成果”を見せてあげよう」
闇医者は恐ろしい生物兵器を解き放とうとしていた。
ちょうどその頃リン達は…。
不知火を護送しながら、リンたちは険しい山道を進んでいた。雪はすでに止み、空気には張り詰めた冷たさだけが残る。先頭を進む藍峯の背中は揺るぎなく、余崇は警戒を怠らず左右を睨んでいる。
不知火は縄で縛られてはいるが、その瞳には徐々に迷いの色が宿っていた。
リンは歩調を合わせながら、静かに問いかける。
「……不知火さん。あなたの家族は、どこに囚われていますか?」
少女はしばし口を噤んでいたが、やがて小さく唇を開いた。
「……あの山脈のふもと。古い鉱山の跡地。魏支国の……最も閉ざされた地に……」
その声は震えていたが、真実を隠す力はもう残っていないようだった。
ちょうどその時、前方の木立から複数の影が現れる。
「リン殿!」
朗々とした声が響く。
現れたのは、かつて共に戦った赤狼とその一党であった。
彼らは険しい顔をしていたが、再会の安堵を隠しきれないように笑みを見せる。
鎖で両手を束ねられた不知火は、無言のまま歩き続けていたが、その足取りは昨日までのような反発の気配を帯びてはいなかった。
リンは彼女の背を見つめ、少し歩調を合わせて横に並ぶ。
「不知火さん。昨日からあなたの態度が少し変わったように見えます」
不知火は目を伏せ、しばらく黙り込んだ。
その沈黙を破ったのは、後方に控える余崇の低い声だった。
「どうせ口を割る気はない。油断するな、リン殿」
だが藍峯は、ただ静かに歩を進めながら言った。
「……聞く価値はある。彼女が口を開くなら、それを無にしてはならぬ」
その言葉にリンは勇気づけられ、不知火へと向き直る。
「利用するためじゃありません。助けたいんです。もしあなたが本当に縛られているのだとしたら、その鎖を断ち切れるのは……」
リンは胸を叩き、真っ直ぐに彼女の目を見た。
「私たちしかいない」
不知火の瞳がわずかに揺れた。
長い沈黙の末、彼女は小さな声で漏らす。
「……私の家族は、とある場所に囚われている。だから私は、逆らえなかった」
リンは静かにうなずく。
「どこですか。その“とある場所”とは」
不知火は唇を噛み、すぐには答えなかった。
しかし歩を進めるごとに、やがて視線を遠くに向け、震える声で告げる。
「……北の山脈のふもと。古い鉱山の跡地。そこに……父と母、それに弟が閉じ込められている」
余崇の表情が険しくなる。
藍峯は瞼を閉じ、一度深く息を吐いた。
「ならば向かうべき場所は定まった。迷う余地はない」
リンは強くうなずき、不知火の目を見据える。
「必ず救い出します。不知火さん、信じてください」
不知火の瞳に、初めてかすかな光が宿った。
一方禁苑では。
厚い鉄扉を押し開けると、鼻を刺す薬品と血の混じったような異臭が流れ込んできた。
天翔は思わず眉をひそめる。
「……ここが、生物研究の区画か」
朱雀門の戦士たちが松明を掲げて中を照らすと、壁一面には大小の檻が並んでいた。檻の中には、すでに息絶えた異形の生物や、半ば人の形を保ちながらも異様な器官を持つ個体の残骸が横たわっている。
「人を……こんなふうに」
一行のひとりが呻くように言葉を漏らす。
天翔は奥を見据え、冷ややかに答えた。
「禁苑は“兵”をつくる場所ではない。“怪物”をつくる場所だ……魏支国はそれを承知で利用している」
さらに奥へと進むと、研究机に積まれた資料や瓶詰めの標本が現れる。その中にはまだ動く肉片さえあり、僅かに痙攣を続けていた。
朱雀門の若き戦士たちは恐怖を隠せず、武器を握る手に力を込める。
白虎門の精鋭は黙々と周囲を警戒しながら進軍した。
やがて部屋の中央、床に描かれた円陣のような紋様の中に、拘束具で縛られたまま動かぬ“実験体”が安置されていた。
その体表には無数の管が突き刺さり、青白い光が脈動するたびに微かに痙攣する。
天翔は一歩踏み出し、低く呟く。
「……これが次の“試練”か」
研究室の奥――異臭の源をさらに突き抜けた先に、わずかに生き残った研究員たちが怯えながら後退していた。彼らの背後に、一人の猫背の男が姿を現す。
その男は、ぼさぼさの髪を垂らし、痩せ細った頬に不気味な笑みを浮かべていた。
その眼差しはどこか狂気を孕み、だが妙に澄んでいる。
「ふふ……ようやく来たか。龍華帝国の勇士たちよ」
その声は異様に乾いていて、まるで骨が擦れる音のようだった。
天翔が一歩前に出て、その名を問い質すように叫ぶ。
「……お前が、生物兵器を生み出している“闇医者”か!」
男はかすかに首を傾げると、ぎしりと背骨が鳴った。
「闇医者……? いや、私はただの“創造主”だよ。世界が望んだ新しい種を形にしているだけだ」
周囲の檻から、低い唸り声が響いた。
まだ半ば実験段階の生物兵器たちが、鎖を引き千切らんばかりに暴れ始める。
男は両手を広げ、血走った目で一行を見渡した。
「ようこそ、私の庭へ。さあ……君たちに、この“成果”を見せてあげよう」
闇医者は恐ろしい生物兵器を解き放とうとしていた。
ちょうどその頃リン達は…。
不知火を護送しながら、リンたちは険しい山道を進んでいた。雪はすでに止み、空気には張り詰めた冷たさだけが残る。先頭を進む藍峯の背中は揺るぎなく、余崇は警戒を怠らず左右を睨んでいる。
不知火は縄で縛られてはいるが、その瞳には徐々に迷いの色が宿っていた。
リンは歩調を合わせながら、静かに問いかける。
「……不知火さん。あなたの家族は、どこに囚われていますか?」
少女はしばし口を噤んでいたが、やがて小さく唇を開いた。
「……あの山脈のふもと。古い鉱山の跡地。魏支国の……最も閉ざされた地に……」
その声は震えていたが、真実を隠す力はもう残っていないようだった。
ちょうどその時、前方の木立から複数の影が現れる。
「リン殿!」
朗々とした声が響く。
現れたのは、かつて共に戦った赤狼とその一党であった。
彼らは険しい顔をしていたが、再会の安堵を隠しきれないように笑みを見せる。
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