『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第六章:「禁苑の双頭」

第七十九話:「不協和音」

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「赤狼殿、お疲れさまです。龍華帝国の様子はいかがですか?」
リンが静かに問いかけると、赤狼は苦々しい表情を浮かべ、周囲に目をやりつつ声を潜めた。

「一丸となって禁苑に立ち向かっている……と表向きはそう申せます。だが、実際には一部の諸侯が兵糧の配分を巡って不満を募らせ、内々で対立の火種が広がっているのです」

「……不協和音か」
藍峯が眉を寄せた。

赤狼はうなずき、さらに言葉を続けた。
「魏支国が流した偽の情報が、さらに状況を悪化させています。ある者は烈陽国を疑い、ある者は帝都の決断を批判し……民草にまで動揺が広がりつつあります。まだ内乱には至っておりませんが、このままでは禁苑との戦いの足並みが乱れかねません」

リンはその報告を重く受け止め、ふと背後にいる不知火へと視線を向けた。捕虜である少女は無言のまま雪道を見下ろしている。リンは声を荒げることなく、礼を欠かさずに言葉を紡いだ。

「……ありがとうございます、赤狼殿。その情報、確かに承りました。わたしたちが禁苑の核心に迫る間、どうか国内の乱れが拡大しぬよう支えていただきたい」

赤狼は深くうなずき、その場の空気はさらに引き締まった。

赤狼は静かに報告を終えると、険しい表情のままリンを見た。
「帝国の内は揺れています。禁苑との戦いに民の不安も募り、諸侯の中には己が利を優先する者も出始めています。――放置すれば、内乱の火種になりかねません」

リンは頷き、即座に判断を下した。
「赤狼殿。そなたには龍華帝国へ戻っていただきたい。不協和音を抑え、帝国を一つにまとめる役を担ってほしいのです」

赤狼の眉がわずかに動いた。
「俺に……ですか」

「はい。あなたしかおりません」
リンはまっすぐに言葉を重ねる。
「そのために、余崇をお付けします。彼は黒鷹派としての働きもできるし、帝国と烈陽国の協調を示す存在となるでしょう」

余崇は一歩進み出て深く頭を垂れた。
「仰せのままに。命ある限り、龍華帝国を守り抜きます」

赤狼は短く息を吐き、笑みとも苦笑ともつかぬ顔を見せる。
「……わかった。俺の配下の者を数人ここに残します。そいつらは信頼できます。俺の代わりにリン様を守らせます」

「感謝します」
リンは深く頭を下げた。
かつて敵であった赤狼を信じ、背を託す――その決断は容易なものではなかったが、今や彼は龍華帝国に欠かせぬ存在だった。

赤狼は余崇を伴い、帰国の途へとついた。
残された配下の兵たちはリンに合流した。

リンは不知火の縄を解き、ゆっくりと手を取った。
「不知火さん、どうか安心してください。あなたは魏支国に操られていた被害者であられます。私たちは侵略のためにここに来たのではありません」

不知火は驚き、瞬きしてリンを見上げる。胸の奥で何かがざわついた。

「私たちが望むのは、あなたのような方を解放し、両国に平和をもたらすことです」
リンの声には真摯な力が宿っていた。敬語を欠かさず、しかし揺るぎない意志を帯びている。

藍峯は静かにその後ろから不知火の動向を見守り、足を運ぶ。沈黙の中、山脈の風が頬を撫でる。

不知火の瞳に徐々に涙が滲む。
「……両親と弟は……無事でしょうか?」
声がかすれた。彼女の胸に重くのしかかる不安と恐怖が、ようやく言葉となって溢れたのだ。

リンは優しく頷き、目を合わせた。
「必ず、お連れします。お父上、お母上、そして弟君のもとへ。共に無事に帰りましょう」

不知火は一度大きく息を吸い込み、深く頭を垂れた。
「……はい……お願いします」

藍峯は静かに一歩前へ出て、不知火の側に立ちながら警戒を続ける。慎重に前後を見渡しつつ、山脈を進む準備を整える。

リンは不知火の手を握り直し、微笑むように言った。
「あなたの恐怖も、悲しみも、私たちは理解しています。どうか、心を委ねてください」

不知火はゆっくりと頷き、胸に刻まれた重圧がわずかに解かれていくのを感じた。
決死隊の三人は互いに目配せし、慎重に山脈を目指して歩き出す。

白銀の山道を踏みしめながら、リンは心の中で誓った。
「必ず、全員を無事に――この戦いを終わらせる」



一方禁苑での天翔達。

天翔は低く息を吐き、剣を握りしめた。施設奥から、歪んだ咆哮とともに生物兵器が姿を現す。骨格は不自然に強化され、筋肉には明らかに人工的な改造が施されている。目は赤く光き、牙が異様に長く尖っていた。

「来るぞ!」天翔が低く叫ぶ。周囲の研究員たちは身をすくめ、後退する。

生物兵器は猛然と前進し、天翔の前に立ち塞がった。武器を手にする間もなく、鋭い爪が飛んでくる。天翔は体を反転させ、間一髪で回避。斬撃を放つが、改造強化により攻撃は微かに弾かれる。

周囲には科学兵士も数体配置されていたが、天翔は冷静に観察する。「狙いは我々か、それとも医師か……」

一瞬の迷いも許されず、生物兵器が再び襲いかかる。天翔は構えを低く取り、剣先で迎撃しつつ前進。左右からの突進をかわし、隙を見つけては反撃を加える。

白虎門や朱雀門の精鋭は後方から援護し、武器や術で生物兵器の動きを制限。天翔はその隙を縫い、正確な斬撃で筋肉や関節を狙う。

研究員たちは逃げ惑う中、医師の猫背の男は冷ややかに観察している。「愚か者め……しかし、ここから逃すわけにはいかん」と、男は小声で呟く。

生物兵器が再度突進する瞬間、天翔は精密なタイミングで横に避け、反撃の一撃を加えた。鋭い爪が天翔の肩を掠めるが、致命傷には至らない。互いに息を荒くし、緊張は最高潮に達する。

この戦いが続く中、天翔は心の中で冷静に指示を回す。支援の朱雀門と白虎門の精鋭をどう配置すべきか、次の瞬間どの方向から攻撃を仕掛けるべきか。生物兵器の一挙手一投足を見逃すまいと、神経を研ぎ澄ます。

やがて、僅かな隙をついた天翔の一撃が生物兵器の膝関節を狙い、動きを一瞬止めた。精鋭たちはこの瞬間を逃さず、連携して攻撃を加える。施設内に緊張と金属音、肉の弾ける音が響き渡った。

戦闘はまだ終わらない。天翔たちの目の前には、次の局面――医師の存在と、さらなる未知の生物兵器が待ち構えているのだった。




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