『天翔（あまかけ）る龍』

第六章:「禁苑の双頭」

第八十話「禁苑の闇医者と忠僕兵士」

天翔は扉を押し開け、室内に踏み込む。目の前には、異様な戦闘体をした科学兵士と、生物兵士たちが立ちはだかっていた。科学兵士は人間に近い外見だが鎧状の装甲を身にまとい、一瞬の指示にも忠実に反応して攻撃してくる。生物兵士は心臓を強化され、脚力や腕力が常人の数倍に達する、陳譚が薬物で生み出した超人的な兵士である。かつて死者兵士の犠牲の上に生まれた彼らは、ただの人間ではなかった。

天翔は仲間たちに低く声をかける。
「油断するな、敵は二種類だ――科学兵士と生物兵士！」

その視線の端に、不知火の姿が浮かぶ。彼女こそ科学兵士を生み出した天才、若き施設長であり、忠実な僕たちに指示を与えることで戦場の力を最大化している。

室内奥には猫背で歪んだ笑みを浮かべる人物がいた。天翔は声を張る。
「闇医者！貴様の悪事も今日までだ！」

闇医者は答えた。
「我が名は陳譚（ちんたん）！冥土の土産に憶えておけ！」

その冷酷な目は、薬物で強化された兵士たちの力を、まるで実験対象のように楽しんでいるかのようだった。

天翔が剣を構え、周囲を睨みつけたその瞬間、誰もが科学兵士と生物兵士が共に攻撃してくるものと予想した。だが意外なことに、科学兵士たちは生物兵士に向かって動き出した。冷徹な計算と忠実さで生物兵士の攻撃を先回りし、的確に反撃を加える。

生物兵士は異様な力で応戦するが、科学兵士の精密な攻撃には次第に押され始める。鋭い腕の一撃が脚力を削ぎ、巧みな防御で心臓強化の威力を封じ込める。室内には金属音と肉体の衝撃音が響き渡る。

天翔は仲間たちに低く指示を出す。
「周囲の安全を確保しつつ、科学兵士の動きを利用するんだ。混乱に乗じて前進する！」

生物兵士たちは自らの超人的な力に過信しているのか、科学兵士の精密な動きに翻弄され、次第に陣形を乱していく。

科学兵士たちは、ただの計算機械のような存在ではなかった。遠隔で指示を送る不知火の声に忠実に従い、天翔たちを護るべく生物兵士に立ち向かう。冷徹な戦闘プログラムと、不知火の意志が一体となり、その動きはまるで意思ある盾のようだった。

生物兵士は依然として圧倒的な力を誇示するが、科学兵士たちは的確に動き、攻撃の軌道を読み、脚力や心臓強化を封じ込める。天翔たちはその隙間を利用し、室内を慎重に前進する。衝撃と金属音が交錯する戦場で、科学兵士たちの忠誠が天翔たちの行動を可能にしていた。

天翔は剣を軽く振りながら、仲間に低く声をかける。
「混乱に乗じろ。科学兵士が盾となっている。隙を突いて前に進むんだ」

その視線の先で、生物兵士たちは徐々に陣形を崩し、攻撃の精度を失いつつあった。不知火の意図した戦場の制御は、確実に天翔たちを援護していた。

科学兵士たちの援護を受け、天翔たちは生物兵士の間を巧みに進む。剣や武器の閃光が室内に飛び交い、肉体と金属の衝突音が響く中、陳譚は自らの実験場から逃げ惑う。

だが、科学兵士の正確な動きと天翔たちの連携により、陳譚の逃走経路は次第に追い詰められていく。天翔は剣を構え、冷徹な目で陳譚を睨みつけた。

「ここまでだ、陳譚」

ついに陳譚は力尽きて捕らえられ、禁苑内の残存する敵も統制を失い、室内の生物兵士や科学兵士は制圧される。これにより、禁苑の大部分は天翔たちによって平定された。

戦闘が収束すると、室内には静寂が戻り、金属音や悲鳴の残響だけがかすかに残っていた。天翔は仲間たちを振り返り、軽く頷く。
「よし、これで大部分は制圧完了だ。後は残りの探索と、捕虜の不知火たちの安全確保だ」

科学兵士たちはまだ不知火の指示に従って整列し、天翔たちの後方を守る。陳譚の確保により、禁苑内部での戦いの主導権は完全に握られた形となった。


捕らえられた陳譚は、逃げ場を失い、戦闘で疲弊した身体を震わせながらも冷ややかな目を天翔に向けた。天翔が剣を構えたまま問いかける。

「魏支国の狙いは何だ。なぜこの禁苑を作った？」

陳譚は一瞬沈黙した後、歪んだ笑みを浮かべ、低く答えた。

「……魏支国最高司令官は、黄楊という男だ。元は財務官僚……金に執着し、国家を影から操ろうと企む危険人物だ」

陳譚は言葉を続ける。

「彼の野望は、禁苑の科学兵士や生物兵士を使って周辺国を支配し、一大帝国を築くこと……そのためなら、手段を選ばない。私たちも、彼の計画の駒として動かされていたのだ」

天翔は冷静にその言葉を受け止め、剣を軽く垂らす。

「黄楊……か。つまり、彼がこの禁苑の全ての元凶というわけだな」

陳譚は小さく頷き、室内の混乱と残骸を見渡した。

「すべては黄楊の野望のため……私の手も、科学兵士や生物兵士の力も、彼のために使われた。だが今や……計画は崩れた」

捕らえられた陳譚は震える身体を押さえつつ、天翔の視線に耐えていた。

潤騎が一歩前に出る。肩越しに鋭く陳譚を睨み、手のひらで軽く彼をこづいた。

「お前の場合は……一見利用されたようで、利用していたのだろう」

潤騎の一撃を受け、陳譚は震える手で頭を抱えながらも、やがて肩を落として吹き出すように息を吐いた。

「……黄楊の拠点は、北方の山脈の奥にある。そこで次の計画――生物兵器の量産と、科学兵士の精鋭化が進められている」

天翔が前に一歩踏み出す。
「北方の山脈か……我々が進むべき次の場所だな」

陳譚は薄く笑みを浮かべ、目を逸らす。
「黄楊は財務官僚崩れだ。金に執着し、権力を握るためなら手段を選ばない。魏支国周辺を支配下に置き、次の帝国を築こうとしている。禁苑の設立も、その一環だ」

露影は冷静に眉を寄せる。
「生物兵器と科学兵士を同時に使う……この規模の作戦を許せば、周辺国への被害は甚大だ」

天翔は剣を軽く振り、陳譚を睨みつける。
「お前も黄楊の計画に手を貸した一人だが……これ以上、罪を重ねるつもりはないな？」

陳譚は一瞬言葉に詰まるが、すぐに小さく頷く。
「……協力する。黄楊の計画を止めるために、必要な情報は全て話す」

天翔は深く頷き、部屋の奥を指差す。
「よし。この情報を元に、次の作戦を練る。無駄な犠牲は出させぬ」

陳譚の口から明らかになったのは、黄楊が北方の山脈で秘密裡に進める“生物兵器量産計画”と、“科学兵士の精鋭化実験”の詳細。さらに、禁苑のもう一つの部屋には、既に陳譚が手を入れた生物兵士の試験場が存在していることも分かった。




「情報は陳譚の協力でほぼ揃った。だが、油断は禁物だ。黄楊は手強い」

天翔は剣を肩にかけ、室内を見渡す。残骸と倒れた生物兵士の姿が、これから待つ戦いの苛烈さを示していた。