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第六章:「禁苑の双頭」
第八十一話:「鉱山跡地の試練」
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天翔たち決死隊は、捕らえた陳譚から得た情報を頼りに、北方山脈の奥に潜む黄楊の拠点を目指して進んでいた。禁苑はもはや用済み――霧影がその骨を外す奇怪な技で爆薬を運び込み、施設全体に仕掛けた。
「……これで、二度と禁苑が甦ることはない」
そう呟き、炎と轟音が夜空を裂く中、決死隊は振り返らずに山を越えていく。
一方その頃、リン、藍峯、不知火、そして赤狼の配下の数名は、北方山脈のふもとを抜け、古い鉱山の跡地へと辿り着いていた。
月明かりに照らされた鉱山跡は、すでに採掘の手が入らなくなって久しい。坑道の入口は崩れかけ、周囲には錆びた器具や朽ちた荷車が散乱している。だが、ただの廃墟ではなかった。
藍峯が足を止め、崩れた岩肌を見上げる。
「……リン様、見てください。人工的に後から補強された跡があります」
リンは頷き、不知火に目をやる。
「あなたも気づいていますね?」
不知火は小さく口を開いた。
「……ここは、黄楊が密かに使っていた実験場の一つです。鉱山を偽装して、地下で新しい研究を進めていました」
赤狼の部下が火を掲げて坑道を覗き込むと、奥は不自然に整然としており、単なる鉱山ではないことが一目で分かる。岩壁の内側には金属板が打ち付けられ、通路は幾重にも分岐していた。
リンは剣の柄に手を添え、慎重に息を整える。
「……やはりここも黄楊の影が伸びている。罠も潜んでいるだろう。だが、不知火殿の家族の手掛かりも、この奥にあるはずだ」
不知火の表情は固く、それでも小さく頷いた。
「弟と両親……ここに連れてこられている可能性が高いわ。どうか、共に」
藍峯は低く言葉を添える。
「進むしかありません。ここから先は、禁苑とは違う。財務官僚崩れの黄楊が作った“金の牢獄”です」
月影の下、鉱山跡の奥に潜む新たな試練が、リンたちを待ち受けていた――。
煤と鉄の匂いが染み付いた坑道を、檬範ら三名の部下が松明を掲げながら進んでいく。
足音は岩肌に反響し、まるで無数の亡霊がついてくるような不気味さを伴っていた。
「……本当に、この中に捕らわれているのか?」
檬範(もうはん)が眉をひそめ、低く呟く。
背後の若い兵が答える。
「不知火殿の情報は確かだと……。だが、こんな煤まみれの廃坑に牢を作る意味が……」
「声を抑えろ」
もう一人が苛立ちを込めてささやく。
「敵に知られぬためには、あえて荒れ果てた場所に幽閉するのが一番だ。……だが、あまりに静かすぎるな」
松明の火が揺らぎ、壁に映し出された影は歪み、巨大な怪物が口を開けて待ち構えているかのように見えた。
檬範は足を止め、耳を澄ます。
風の音すらしない。坑道はただ、煤と冷気に満たされているだけだった。
「……妙だ。封鎖の跡も、監視の気配もない。こんな状態で本当に人を閉じ込めておけるか?」
その瞬間、彼らの足元で――カラン……と小石が転がった。
全員が身を固め、武器に手を伸ばす。
松明の火が再び激しく揺れ、坑道の奥に続く闇を照らした。
そこには――
煤に覆われた古い鉄格子の扉が、ぽつりと口を開けていた。
檬範はごくりと唾を飲み、仲間を振り返る。
「……行くぞ。真実は、あの先にある」
三人は恐怖を押し殺しながら、一歩ずつ暗黒へと足を踏み入れていった――。
坑道の暗闇から姿を現した檬範の背に、不知火の弟のか細い体が揺れていた。
その顔は青ざめ、頬はこけ、今にも息が途絶えそうな儚さだった。
「……お父上は、もう……」
檬範の声は低く沈み、言葉を継ぐことができない。
坑道の外に出ると、吐く息が白く散る冷気の世界。
檬範は震える手で雪をかき集め、指先で砕いて不知火の弟の口に押し当てた。
冷たい水分がわずかに唇を濡らすと、弟の喉が小さくひくりと動いた。
「……まだ、生きている」
赤狼の手下の一人が安堵の声を漏らす。
しかし、その目に宿る光は今にも消えかけていた。
凍てついた鉱山の風が吹き抜けるたび、弟の体温は奪われていく。
そこへ遅れてリンたちと不知火が駆けつけた。
弟の姿を見た不知火は、息を呑み、その場に膝をついた。
「……父上も、母上も……」
言葉にならぬ嗚咽が喉を震わせる。
不知火は弟の手を握りしめ、必死に呼びかけた。
「大丈夫だ……お前は、必ず助ける。絶対に……!」
弟のまぶたがかすかに動き、弱々しい声が漏れる。
「……お、姉……」
その瞬間、周囲にいた誰もが胸を締め付けられるような思いに駆られた。
リンが前に出て、不知火に声を掛ける。
「急がねばならぬ。不知火殿、命をつなぐ術はまだある」
雪深い鉱山のふもとで、わずかに残された命の火を守るための戦いが始まろうとしていた――。
不知火の弟の呼吸は浅く、今にも止まりそうだった。
その時、リンが一歩前に進み、静かに手をかざした。
「……武神奥義――《天命再流(てんめいさいりゅう)》」
空気が震え、周囲の雪が音もなく舞い上がる。
リンの掌から溢れた蒼白の光が、不知火の弟の胸へと注ぎ込まれた。
それは命の源を呼び覚ますかのように、温かく澄んだ力。
一瞬、弟の体が小さく跳ね、そのまま静止する。
次の瞬間、閉じかけた瞳がわずかに開き、かすれた声が洩れた。
「……姉……さま……」
不知火は涙を流しながら弟の手を握り、嗚咽を抑えきれなかった。
「……よかった……本当によかった……!」
仲間たちも安堵の息をついた。
しかしその刹那――。
「――感動の再会か。だが、芝居はここまでだ」
坑道の出口、雪嵐を背にして現れたのは一人の男。
細身の体に濃い衣をまとい、目には冷たい金の光を宿している。
彼の腕には、衰弱した女性――不知火の母が捕らえられていた。
「母上っ!」
不知火の叫びが山脈に響き渡る。
男は冷笑を浮かべる。
「黄楊(こうよう)……魏支国最高司令官にして、この禁苑計画の主導者……直々にお出ましか」
檬範が低く呟いた。
黄楊は母親の首筋に短刀を突きつけ、不知火を睨み据える。
「見ろ、不知火!お前の母親だ!私を害しようとすれば母親の命は無いものと思え」
凍てつく山風の中、彼の声だけが不気味に響いた。
「……これで、二度と禁苑が甦ることはない」
そう呟き、炎と轟音が夜空を裂く中、決死隊は振り返らずに山を越えていく。
一方その頃、リン、藍峯、不知火、そして赤狼の配下の数名は、北方山脈のふもとを抜け、古い鉱山の跡地へと辿り着いていた。
月明かりに照らされた鉱山跡は、すでに採掘の手が入らなくなって久しい。坑道の入口は崩れかけ、周囲には錆びた器具や朽ちた荷車が散乱している。だが、ただの廃墟ではなかった。
藍峯が足を止め、崩れた岩肌を見上げる。
「……リン様、見てください。人工的に後から補強された跡があります」
リンは頷き、不知火に目をやる。
「あなたも気づいていますね?」
不知火は小さく口を開いた。
「……ここは、黄楊が密かに使っていた実験場の一つです。鉱山を偽装して、地下で新しい研究を進めていました」
赤狼の部下が火を掲げて坑道を覗き込むと、奥は不自然に整然としており、単なる鉱山ではないことが一目で分かる。岩壁の内側には金属板が打ち付けられ、通路は幾重にも分岐していた。
リンは剣の柄に手を添え、慎重に息を整える。
「……やはりここも黄楊の影が伸びている。罠も潜んでいるだろう。だが、不知火殿の家族の手掛かりも、この奥にあるはずだ」
不知火の表情は固く、それでも小さく頷いた。
「弟と両親……ここに連れてこられている可能性が高いわ。どうか、共に」
藍峯は低く言葉を添える。
「進むしかありません。ここから先は、禁苑とは違う。財務官僚崩れの黄楊が作った“金の牢獄”です」
月影の下、鉱山跡の奥に潜む新たな試練が、リンたちを待ち受けていた――。
煤と鉄の匂いが染み付いた坑道を、檬範ら三名の部下が松明を掲げながら進んでいく。
足音は岩肌に反響し、まるで無数の亡霊がついてくるような不気味さを伴っていた。
「……本当に、この中に捕らわれているのか?」
檬範(もうはん)が眉をひそめ、低く呟く。
背後の若い兵が答える。
「不知火殿の情報は確かだと……。だが、こんな煤まみれの廃坑に牢を作る意味が……」
「声を抑えろ」
もう一人が苛立ちを込めてささやく。
「敵に知られぬためには、あえて荒れ果てた場所に幽閉するのが一番だ。……だが、あまりに静かすぎるな」
松明の火が揺らぎ、壁に映し出された影は歪み、巨大な怪物が口を開けて待ち構えているかのように見えた。
檬範は足を止め、耳を澄ます。
風の音すらしない。坑道はただ、煤と冷気に満たされているだけだった。
「……妙だ。封鎖の跡も、監視の気配もない。こんな状態で本当に人を閉じ込めておけるか?」
その瞬間、彼らの足元で――カラン……と小石が転がった。
全員が身を固め、武器に手を伸ばす。
松明の火が再び激しく揺れ、坑道の奥に続く闇を照らした。
そこには――
煤に覆われた古い鉄格子の扉が、ぽつりと口を開けていた。
檬範はごくりと唾を飲み、仲間を振り返る。
「……行くぞ。真実は、あの先にある」
三人は恐怖を押し殺しながら、一歩ずつ暗黒へと足を踏み入れていった――。
坑道の暗闇から姿を現した檬範の背に、不知火の弟のか細い体が揺れていた。
その顔は青ざめ、頬はこけ、今にも息が途絶えそうな儚さだった。
「……お父上は、もう……」
檬範の声は低く沈み、言葉を継ぐことができない。
坑道の外に出ると、吐く息が白く散る冷気の世界。
檬範は震える手で雪をかき集め、指先で砕いて不知火の弟の口に押し当てた。
冷たい水分がわずかに唇を濡らすと、弟の喉が小さくひくりと動いた。
「……まだ、生きている」
赤狼の手下の一人が安堵の声を漏らす。
しかし、その目に宿る光は今にも消えかけていた。
凍てついた鉱山の風が吹き抜けるたび、弟の体温は奪われていく。
そこへ遅れてリンたちと不知火が駆けつけた。
弟の姿を見た不知火は、息を呑み、その場に膝をついた。
「……父上も、母上も……」
言葉にならぬ嗚咽が喉を震わせる。
不知火は弟の手を握りしめ、必死に呼びかけた。
「大丈夫だ……お前は、必ず助ける。絶対に……!」
弟のまぶたがかすかに動き、弱々しい声が漏れる。
「……お、姉……」
その瞬間、周囲にいた誰もが胸を締め付けられるような思いに駆られた。
リンが前に出て、不知火に声を掛ける。
「急がねばならぬ。不知火殿、命をつなぐ術はまだある」
雪深い鉱山のふもとで、わずかに残された命の火を守るための戦いが始まろうとしていた――。
不知火の弟の呼吸は浅く、今にも止まりそうだった。
その時、リンが一歩前に進み、静かに手をかざした。
「……武神奥義――《天命再流(てんめいさいりゅう)》」
空気が震え、周囲の雪が音もなく舞い上がる。
リンの掌から溢れた蒼白の光が、不知火の弟の胸へと注ぎ込まれた。
それは命の源を呼び覚ますかのように、温かく澄んだ力。
一瞬、弟の体が小さく跳ね、そのまま静止する。
次の瞬間、閉じかけた瞳がわずかに開き、かすれた声が洩れた。
「……姉……さま……」
不知火は涙を流しながら弟の手を握り、嗚咽を抑えきれなかった。
「……よかった……本当によかった……!」
仲間たちも安堵の息をついた。
しかしその刹那――。
「――感動の再会か。だが、芝居はここまでだ」
坑道の出口、雪嵐を背にして現れたのは一人の男。
細身の体に濃い衣をまとい、目には冷たい金の光を宿している。
彼の腕には、衰弱した女性――不知火の母が捕らえられていた。
「母上っ!」
不知火の叫びが山脈に響き渡る。
男は冷笑を浮かべる。
「黄楊(こうよう)……魏支国最高司令官にして、この禁苑計画の主導者……直々にお出ましか」
檬範が低く呟いた。
黄楊は母親の首筋に短刀を突きつけ、不知火を睨み据える。
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