『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第六章:「禁苑の双頭」

第八十五話:「闇医者の孤独」

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石造りの牢獄。
冷え切った空気の中、ひときわ重い鉄の扉が開くと、そこには手枷と足枷で縛られた陳譚の姿があった。

首から肩にかけて垂れる鎖は、わずかな動きすら束縛する。
口元には頑丈な轡がはめられ、食事の時を除けば言葉を発することさえ許されない。

「……」
陳譚はうつむいたまま、薄暗い天井を見上げることもなく、ただ鎖の重みと共に座り込んでいた。

彼に与えられた刑は死ではなく、生涯をかけて罪を償うこと――終身刑。
それは、己が犯した非道を一刻たりとも忘れることなく生き続けよという、容赦ない宣告でもあった。

週に一度、命の教会から派遣される牧師が牢を訪れる。
「陳譚殿、命は一度きりです。あなたが奪った数多の命の痛みを思い、せめて残された時を悔い改めに費やされよ」

牧師の声は静かだが、芯のある響きを帯びていた。
しかし陳譚は目を伏せたまま、表情を変えない。
その心に届いているのか、あるいは拒んでいるのかは分からない。

ただ、鎖に繋がれた彼の瞳の奥には、消えぬ影が揺らめいていた。
それは過去の業か、それともなお捨てきれぬ執念か――。

牢の外で見守っていた看守が小声でつぶやく。
「この男は……本当に悔いる日が来るのか」

鉄の扉が再び閉ざされ、重い音が響く。
陳譚の孤独な日々は、まだ始まったばかりであった。


鉄の轡が口を塞ぎ、鎖に縛られた身でありながら、陳譚の思考は過去の研究施設へと彷徨っていた。

初めて死者が蘇ったあの日の感動は、未だ彼の胸に鮮やかに焼き付いている。
近くにいた研究員が犠牲となり、臓物を食べられ、命を落とした。その犠牲は新たな死者を生み、その死者から採取された細胞を培養させ、増殖させた。

陳譚の手はもう縛られている。だが、思考の中では手が動き、細胞培養器のフラスコに触れ、試薬を注ぎ、成長の過程を確認する。

健康な村人を攫い、毎日少しずつ筋肉増強剤を投与する日々も思い返される。
肉体を強化され、意のままに動くように暗示を施された彼らの脳に、培養した死者の細胞を移植する。
その結果、施設内で陳譚は自らの生存を脅かされることなく、研究を続けることができた。

牢獄の冷たい壁に背を預け、彼は自らの功績とも言える狂気の理論を、口を塞がれたまま反芻する。
科学の絶対性と自らの卓越した技術への誇りが、鎖の重みや終身刑の絶望をもかき消すように、彼の胸に渦巻いていた。

「……あの瞬間、私は神に近づいたのだ……」
口元の轡越しに、かすかな呟きが漏れた。
だが、その言葉は牢獄の空気に吸い込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。
鎖の冷たさと轡の圧迫感に縛られ、陳譚はやっと、現在の自分に立ち返る。
研究施設での成功や死者蘇生の記憶は、今の牢獄ではただの幻影に過ぎなかった。

「なぜ……なぜ、こんなことに……」

脳裏に、あの日のすべてが巻き戻される。
死者が初めて蘇った瞬間、歓喜に打ち震えた自分。
だが、その背後で無数の命が失われていった現実。
近くで犠牲となった研究員、無辜の民、攫われた村人たち……。

回想は次第に細部へと凝縮し、些細な過失や他者の行動に焦点を向ける。
「あの時、しくじった……いや、あいつのせいだ……いや、違う……」
己の過失、上官の命令、部下の不手際、ライバルの策略――
あらゆる責任を、自分の外に求めたくなる。

思考は螺旋のように絡み合い、恨みと怨みが、ナメクジのようにゆっくりと心の奥底を這い回る。
「……なぜ、誰も俺を理解してくれなかったのか……」

その恨みは、同時に自分を縛り付ける鎖のように重く、解けることはない。
だが、同時に、かつての自分の傲慢さ、科学に対する盲信も、薄明かりのように浮かび上がる。

孤独の牢獄で、陳譚は初めて、喜びも恐怖も怒りも混ざった、自分自身の感情の深淵を覗き込む。
そして、この恨みと怨みを抱えたまま、終身刑という現実に向き合わざるを得ないことを、静かに受け入れざるを得なかった。


牢獄の薄暗い空気の中、陳譚の目はますます冷たく光っていた。
牢の外から訪れる牧師の足音に、かつての研究施設で味わった支配感と優越感を思い出す。
「――この弱き者を試すか……」

鎖を握る手が震えることはなかった。目の前の牧師を前に、陳譚は冷静に策を練る。
手枷と足枷、口に付けられた轡の隙を縫い、鎖を牧師の首に回そうとした瞬間、
看守の鋭い声が響いた。
「陳譚! 何を――!」

一瞬の隙に、牧師は身をかわし、看守が鎖を取り上げる。
陳譚の目に、一瞬の怒りが閃いた。
「……人は、そう簡単に変われるものではない……」

その言葉の裏には、絶望と誇りが入り混じった歪んだ自負が潜んでいた。
腐敗した欲望は、まだ心の奥底で生き続けていたのだ。

看守たちは即座に対応し、以前よりもさらに強固な手枷と足枷、そして口轡を装着する。
鎖の重みが、陳譚の体と意志を締め付ける。
「……これでも、まだ……」

陳譚の視線は、牢の壁の向こうに揺れる光を追うが、そこに希望はない。
牢獄の冷たさと、強化された拘束具が、かつての傲慢さと支配欲をも封じ込める。
だが、彼の心の奥底では、なおかつての科学者としての冷徹な論理と欲望が蠢き、決して完全には沈黙しないのだった。

牢の薄暗い空気の中、陳譚の視線は床に沈む。
そんな事件があったにも関わらずなおも週に一度、命の教会から派遣される牧師が静かに扉を開け、慎ましい足取りで近づく。

「陳譚殿……」
牧師は低く、しかし確固たる声で呼びかける。
「あなたに、罪を悔い改める機会が与えられています。どうか、自らの良心に耳を傾けてください」

陳譚は鎖に縛られた手を握り、目の奥で微かな炎が揺れた。
「……良心? そんなものは、もう腐り果てている」
低く、震えることのない声が響く。

牧師は静かに膝をつき、目線を陳譚と合わせる。
「腐ってしまったと思うのは、人としての可能性を諦めた時です。心は閉ざされても、光を受け入れる余地は残っています」

陳譚は一瞬、視線を逸らした。
脳裏に甦る、禁苑での死者の声、犠牲となった研究員たち、そして自分が成し遂げた非人道的行為。
「……くそ……」
言葉にならぬ苛立ちと恨みが、胸を締め付ける。

しかし鎖と手枷がその行動を制し、口には轡が噛ませられたまま。
身動き一つとれず、体と意志の自由を奪われた状態で、陳譚は初めて、静かに心の内を覗き込まれる恐怖を知る。

「あなたは、まだ変われます。罪を悔い、償いの道を選ぶことができる」
牧師の声は穏やかだが、揺るがぬ強さがあった。

陳譚は目を閉じ、胸の奥で怒りと誇りが渦巻く。
だが、その言葉はどこかに刺さる。
自分が完全に自由ではないこと、そして誰かがまだ自分に光を示そうとしていることを、否応なく実感させられるのだった
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