『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第七章:「帝国の影」

第九十一話:「三国の意思と帝国内の波紋」

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魏志国、壯国、晋平国の代表たちは、慎重かつ緊張感を持って龍華帝国の首都へ向かった。三国は事前に合意を取り、属国化に反対する意志を公式に伝える準備を整えていた。

帝国の議場で、三国の代表が立ち上がる。魏志国の使者が重々しい声で口を開いた。
「我々三国は、各国の民意と独立の尊厳を尊重し、属国化に同意することはできません」

発言の場には静寂が広がった。しかし、帝国内には、三国の主張に同情を寄せる者もいた。彼らは左派と呼ばれ、帝国の強硬方針に異議を唱える少数派である。

「左派は危険思想として取り締まる」
上層部の方針は明確で、反対意見は容赦なく制圧された。その結果、帝国内には、魏志国や壯国に亡命する者が現れ、政治的駆け引きに新たな緊張を生んだ。

一方で、龍華帝国内部の有力者たち、特にリンや四門の首長たちは、この状況に思い悩んでいた。強硬派の圧力と民意、左派の正義感――複雑に絡み合う情報により、彼らの考え方も揺れる。
「属国化を進めれば安定は得られる。しかし、反対派の声を無視すれば、将来的に問題は増すだろう……」
リンは静かに窓の外の都市を見つめ、指先で机を軽く叩く。四門の首長たちも、互いに言葉少なに眉をひそめ、これからの方針に思いを巡らせた。

三国の意思表明は、表向きは平穏に見えたが、帝国内部の権力バランスには微細な波紋を投げかけた。属国化をめぐる政治的緊張は、表面上の秩序とは裏腹に、次第に拡大していく――そう、誰もが感じていた。

帝国内では、もし戦争が現実のものとなれば、影響は瞬く間に広がると誰もが理解していた。農村や漁村、各地の街では、働き手たちが兵士として徴用されることになる。畑も漁場も人手を失い、国内の生産はほぼ停止する。

「春が過ぎ、夏が来て秋の収穫期にも人手は減る。冬場になれば食料も物資も不足するだろう……」
経済担当の高官が眉をひそめ、資料を前に呟く。おまけに戦争ともなれば税の徴収も今までの比ではない。

街角では、老人や女子供が日々の生活を支えるために、かつて若者が担っていた作業を代わりに行わねばならない。井戸をくみ、畑を耕し、家畜の世話をする――負担は一気に高齢者や子供たちにのしかかる。

都市部でも工場や市場は人手不足により操業が滞り、食料や生活必需品の供給が不安定になる。病院や医療施設も人員不足に悩まされ、民衆の生活は徐々に圧迫される。

リンや四門の首長たちは、この現実を重く受け止めていた。戦争を進めるか否かの判断は、単なる政治的駆け引きや軍事的優位だけで決められる問題ではない。国内の民衆の生活、国家の基盤となる生産力、未来の世代への影響――すべてが天秤にかけられていた。

「もし我々が誤った判断を下せば、国民は戦争の犠牲となり、帝国そのものの存続も危うくなる……」
リンはそうつぶやき、視線を窓外の農村地帯に向ける。そこには、春の光を受けた田畑が広がっているが、人影はまばらであった。戦争の影が、すでにこの土地に静かに忍び寄っていた。

帝国議会は戦争突入の是非を巡って騒然としていた。ある老臣が口を開く。

「……かつて玲霞殿が生み出した科学兵士の力、あれを再び用いることができれば、我らは圧倒的な兵力を得られる。農村や漁村から兵を徴用せずとも、戦に勝つ道が開けるのではないか」

その言葉に、議場はざわめいた。兵の不足を補う手段として、多くの者が一瞬、現実味を覚えたからだ。

だが、廊下の陰でその噂を耳にしたリンは、抑えきれぬ怒りに震えた。
「また……玲霞の名を出すか。あの惨禍を忘れたのか!」

彼は議場に踏み入りそうになる衝動を必死に押さえ、深く息を吐く。怒りに任せて動けば、彼自身の立場も危うくなることを理解していた。

その夜、リンは四門の首長たちを集め、静かな会議を開いた。灯火の揺れる部屋で、彼は低い声で語りかける。

「議会では、科学兵士の復活を望む声が出始めている。だが、あれを許せば我らは再び過ちを繰り返すことになる。国の未来は人の血と汗で築かれるべきであり、作り物の兵士ではない」

首長のひとり、白虎門の豪胆な武人が唸るように答えた。
「だがリン殿、現実として戦に備えねばならん。帝国内の民も不安を募らせておる」

青龍門の若き首長は腕を組み、静かに言葉を添えた。
「だからこそ、我らが冷静に策を示すべきだ。科学兵士ではなく、帝国全体を守るための新たな戦略を」

リンはうなずき、決意を固める。
「民を戦火に巻き込まず、科学兵士に頼らず、龍華帝国を説得する道を探る。まずは魏志国、壯国、晋平国との合意を活かし、戦を避けるための大義を立てねばならぬ」

重苦しい沈黙の中、四人の首長たちはそれぞれの決意を胸に秘めた。玲霞の名が再び囁かれる帝国で、彼らが選ぶのは人の道か、それとも力の誘惑か――その岐路が迫っていた。

会議が終わり、首長たちがそれぞれの屋敷へと戻っていった後、リンはひとり書斎に残り、灯火の小さな揺らめきを見つめていた。心の奥には、玲霞の名を再び利用しようとする議会の動きへの怒りと、不安が燻っている。

その時、静かに戸を叩く音がした。
「リン殿、入ってもよろしいか」
声の主は藍峯であった。

「どうぞ」
リンが答えると、藍峯は慎重な足取りで入室し、懐から一通の封書を取り出した。

「兄君――景嵐殿より託された手紙です。至急お目通しを、とのこと」

リンは思わず眉を上げた。景嵐からの手紙は久しく届いていなかった。
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