『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第七章:「帝国の影」

第九十四話:「玲霞攫われる」

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夜の宮廷、静寂を切り裂くように密やかな影が動く。
黒鷹派の一部と奸臣の密偵たち。狙いはひとり――玲霞。

奸臣は知っていた。リンが玲霞に特別な好意を寄せていることを。
「この娘を奪えば、あの武神を動かせる」
冷酷な笑みが闇に溶けていく。

玲霞は矯正施設に収容されており、外界に自由に出られない身だ。
しかし、施設を警護する者の隙を突き、夜更けに誘拐が試みられる。
手下たちは玲霞を押さえ込み、外の人目につかぬ場所へと連れ去った。

翌朝、リンのもとに届いたのは密書である。

「玲霞を取り返したければ、従え」

怒りがリンの胸を燃え上がらせる。しかし彼は冷静であった。
リンは武神であり、その力は誰にも封じられぬ。
「玲霞を奪った者の真意を見抜き、必ず返す」
その眼差しに、武神としての圧倒的な気が迸る。

奸臣たちは密かにほくそ笑む。
直接的にリンに手を出せぬ以上、人質である玲霞を利用して政治的に揺さぶろうという計略である。

「リン様……私のために、危険な目に遭わせてしまう」
自分が囚われたことで、あの武神が己の身を賭して立ち向かうことになったと思うと、胸が痛む。


窓の外に月光が差し込む。冷たい光に照らされながらも、玲霞は決して諦めない。
「でも……信じています。リン様なら、必ず私を迎えに来てくださる」

その信頼と覚悟が、彼女の小さな胸の中で静かに、しかし確かに燃え続けていた。


夜明け前の宮廷は、冷たい空気に包まれていた。
黒鷹派の中で、奸臣と結託し玲霞の拉致に加担した不満分子たちは、己の策略が成就したと慢心していた。だが、その慢心は脆くも崩れ去る。

藍峯が現れた瞬間、誰もが息をのむ。静かに、しかし鋭い視線が不満分子たちを射抜く。

「おのれら、こんなことをして無事で済むと思うなよ」


藍峯は声に力を込めることなく、しかし的確に一人ひとりの動きを封じ、瞬く間に不満分子たちは拘束される。
「藍峯……これほどの能力が……」
奸臣の手下の一人が動揺し、言葉を失った。藍峯の冷静さと洞察力に、誰もが圧倒される。

その動きのさなか、宮廷の扉が大きく開かれた。
リンが姿を現す。彼の放つ気配は、広間の空気を震わせ、誰もが立ちすくむほどの威圧感を帯びていた。

「今の私の前で、下衆な策略が通じると思ったか?」
リンの声は低く、冷たく、しかし確かな力に満ちていた。その一言だけで、奸臣たちは逃げ場を失う。

武神としての存在感――誰にも封じられぬ圧倒的な力が、広間を支配する。
奸臣たちは震え、逃げ惑うこともできず、ただリンの視線の前に立ち尽くすしかなかった。

そしてリンの目の前に玲霞を人質にした奸臣が現れる。

武神としての気配が広間を震わせ、奸臣たちは思わず後ずさる。
彼の放つ圧倒的な存在感は、威嚇ではなく現実の力として迫る。

人質を盾に威嚇する奸臣の前でも、リンの瞳には動揺はない。

奸臣が玲霞を前に押し出し、冷たい笑みを浮かべる。
「こっちへ来るな、この娘がどうなっても良いのか?」

玲霞は揺れる心を押さえ、毅然とした声で応える。
「やれるものならやってみろ。」

その言葉に、玲霞に刃物を突きつけていた手が震える。
「本当に殺すぞ。良いのか?」

リンの眼差しが冷たく光る。
「そんなことをしたらどうなるか分からないのか?それにお前に玲霞殿は殺められぬ」

奸臣は一瞬、身動きが取れなくなる。
武神としての威圧、そして玲霞を守る強い決意が、空気を張り詰めさせる。
その場に立つ者すべてに、圧倒的な力と意思の差が明白に示された。


その瞬間、リンの目が光を帯びた。
眩い光に晒されたかのように、奸臣は一瞬にして力を失う。
ヘナヘナと、その場にしゃがみ込むしかなかった。
武神としての威圧、揺るがぬ意志、そして玲霞を守る強固な決意が、奸臣の全身を貫き、もはや立ち上がることもできない。


刃物は床に転がり、甲高い音を立てて止まった。
リンは一歩踏み出し、怯え切った奸臣を顧みることなく、玲霞のもとへと歩み寄る。

「ご無事ですか、玲霞殿」

静かな声に、玲霞の張り詰めていた心が一気にほどける。
これまで決して涙を見せまいと気丈に振る舞ってきた彼女だったが、リンの胸に守られた瞬間、熱いものが頬を伝った。

「……はい……。ですが、私のせいでリン様まで……」

「気にすることはない。あなたを守るのは当然のこと」

リンは彼女の肩に軽く手を置き、確かな力で支えた。その姿は武神の威容でありながらも、玲霞にとっては誰よりも温かい存在だった。

広間には沈黙が広がる。倒れ込む奸臣を尻目に、周囲の者たちは誰ひとり声を発せなかった。
ただ、リンの圧倒的な存在感と、玲霞を庇うその姿に圧倒され、動くことすらできなかったのである。

玲霞は涙を拭い、微かに微笑んだ。
「……リン様。私は、やはり貴方にお守りいただくばかりなのですね」

リンは目を細め、わずかに首を横に振る。
「違う。あなたがここにいるから、私は戦えるのだ」

その言葉に、玲霞の胸は熱く満たされた。
恐怖の中にあっても、確かに希望の光は存在する――それを示したのは、他ならぬリンであった。

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