『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第七章:「帝国の影」

第九十六話:「リン、武神の使命を自覚する」

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藍峯は赤狼たちを伴い、荒波を越えて烈陽国に辿り着いた。
彼の顔は険しく、報告の内容がいかに重いものであるかを物語っていた。

「龍華帝国では真実が歪められています。
──武神リン様が他国を唆し、帝国を支配せんと帝王様を亡き者にしようとした、と。奸臣どもが絵図を描き、流言を吹聴しているのです」

広間に一瞬、重苦しい沈黙が落ちる。
リンは深く息を吸い、玲霞の肩に視線をやりながら答えた。

「だからこそ私は海を渡り、烈陽国に来たのだ。玲霞と共に……」

烈陽国の重臣たちの間にざわめきが走る。帝国の狂気じみた歪曲は、いずれ烈陽へ矛先を向けるかもしれない。

星華は毅然と口を開いた。
「烈陽国は武の国。なにがあろうとも、リン殿、玲霞殿をお守りいたします」

隣で天翔も力強く胸を叩く。
「任せておけ。この命に代えてもな」

重臣たちも声を揃える。
「武神様をお守りするのが我らの務めにございます!」

その響きに、リンは眉を寄せた。
「……有難い。しかし自分の身は自分で守る。皆さんが安心して暮らしていけるよう守るのも、武神の務めだ」

毅然とした返答に、夫婦武神はふっと目を細める。
その眼差しは、若き武神が責務と覚悟を背負い始めた姿を確かに見つめていた。

烈陽国の王城。
藍峯からの報告を受け、リンは帝国の情勢を改めて心に刻んでいた。白蓮、蘭、彩琳、楊烈……かつて共に修行を積み、戦場を駆けた四門の仲間たちからも密かに書簡が届き、国家の大事を逐一把握していた。

その日、静かな中庭に一人の客人が姿を現した。
黒髪を後ろで束ね、眼差しは鋭くもどこか憂いを帯びている。

「……守武財」

リンの声がわずかに震える。目の前に立つ男は、あの兄・景嵐と瓜二つ。
容貌も、背格好も、纏う気配さえも。だが彼は景嵐ではない。景嵐と血を分けた双子にして、リンのもう一人の兄だった。

守武財はゆっくりと歩み寄り、立ち止まった。
「久しいな、弟よ。お前が烈陽に身を寄せていると聞き、こうして参った」

玲霞は思わず身を正す。帝国四天王のうち、今や健在なのは彼ひとり。重責を背負った兄の来訪は、ただ事ではなかった。

リンは静かに問いかける。
「兄上……何をしに?」

守武財の眼差しが、じっとリンを射抜いた。
「提案がある。帝国を立て直すために──お前の力を貸してほしい。私は景嵐として大陸『龍華帝国』に渡り、国内の浄化をするのだ。」

リンは咄嗟に反論した。
「兄上、現在の龍華帝国では武神は国家に仇なす者として常に危険に晒されます。まして、龍華では景嵐は悪名高き男!」

守武財はその点を、むしろ作戦の要とした。
「そこが狙いなのだ。今現在龍華ではリン、お前のことに躍起になってる。そこに俺が現れることで、龍華の目は俺に向けられる。その間に魏志国ほか、壯国、晋平国に渡り、国を豊かに強くして参れ!」

リンには兄の意図が掴めず、動揺が滲んだ。
「兄上、そんなことをしたら兄上が危険に晒されます。そのようなことなりません。それに魏志国、壯国、晋平国を豊かに強くするとは?!」

守武財はさらに続ける。声は冷静だが熱を帯びていた。
「分からぬか? この三国は四門がかろうじて守っているとはいえ、常に龍華の従属を狙われている国家であるぞ!」

その場の空気が重くなる。守武財は具体的な狙いを明かした。
「これらの国家の資源はかなり未知であるが、特に晋平国は、経済的に困難を抱えていると言うが、独自の調査によれば山河に囲まれ風光明媚なところだ。地下には金脈が眠っていると思われる。産業を興せ。それよりもお前の使命は武力の強化である。三国同時に強化政策をするのだ。三国が有事の際に共に龍華の脅威に備えることで簡単に龍華が属国を作ろうとは思わないはずだ。」

守武財は拳を軽く握り、言葉を押し付けるように続けた。
「いかに龍華が帝国の威をもっても、揺らがぬ基盤を整えておくことが肝要だ。晋平に産業を興し、魏志に軍事の基幹を回復させ、壯国には補給と訓練を充実させる。分散した力と蓄積された資源こそが帝国の横暴を防ぐ盾になる。」

庭園の空気が静まる。天翔が低く息を吐いた。
「――金脈か。だが産業化には時間が要る。烈陽国がどう支援するかが鍵になる。」

守武財は顔を上げ、リンの目をまっすぐに見据えた。
「私は景嵐の名で戻る。帝都の目は我に向く。その間にお前は三国を動かしてくれ。魏志に人材を送り、壯国に制度を整え、晋平の地下に眠るものを掘り起こせ。軍と産を同時に鍛えるのだ。私の役目は帝都の攪乱と奸臣の炙り出し。お前の役目は基盤の構築だ。」

玲霞が不安そうに口を開く。声はかすかだった。
「……守武財様が景嵐様として戻るなら、私はどうなりますか。私の立場がまた、魏志国の皆を危険にさらすのではないでしょうか」

守武財は優しく首を傾げる。
「玲霞殿――貴女は重要な存在だ。だが今は、貴女が烈陽に留まり、ここでの保護を受ける方が安全だと判断する。私が龍華に渡ることで騒ぎが起きるが、烈陽側に玲霞殿がいることで、リンも安心して事にあたれる。完全な安全はないが皆浅はかに死ぬようなことはないであろう。。」

リンの拳が再び強くなる。
「兄上――策略は分かるが、兄上が自らを捨て石にするのは違う。」

守武財の眼差しが柔らぎ、ほんの一瞬だけ兄としての慈しみを覗かせた。
「弟よ、私を止める権利はお前にある。だが私はお前の守るべき者たちを守りたい。死んで名を残すのではない。生きて、腐敗をえぐり取り、帝国の根を洗い直すつもりだ。」

夫婦武神が互いに視線を交わす。天翔が前に出て短く言った。
「守武財殿――そなたが景嵐の名で戻ることが、烈陽と三国の安全を損なわぬよう、策は練られているか?」

守武財は静かにうなずく。
「帰還の際、私は一切を一夜にして暴露するつもりはない。旧知の筋と接触し情報網を再構築する。奸臣の動きを逆手に取り、彼らに嘘を喰わせて追い詰める。だが危険は伴う。故に烈陽は私の正体を公にせず、裏から支援してほしい。表立っての関与は控えてくれ。お前たちが目立てば、狙いは烈陽に向く。」

星華が静かに目を閉じ、深く息を吐く。
「それでも我らは武の誇りを持って動く。烈陽は裏からできる限りの支援を約束しよう。」

リンはしばらく黙し、やがてゆっくりと頷いた。
「兄上……俺は皆を守ると誓った。だが、兄上を犠牲にするわけにはいかない。あなたのやり方を全面的に推すことはできぬが、暫く様子を見よう。三国強化を急ごう。条件がある――必ず我々と連絡を取り合うこと。安易な暴露はするな。情報網を整え、撤退路を必ず確保することだ。」

守武財は静かに笑った。
「それを約束しよう、弟よ。お前の為にも、国の為にもな。」

庭園に潮の香りが漂う中、会議は一つの脆い合意を結んだ。
だが誰もが知っていた――それは始まりに過ぎぬ。静かに渦は大きくなり、やがて帝国を覆す嵐へと変わっていくだろうと。
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