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第七章:「帝国の影」
第百五話:「結ばれる心」
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龍華帝国の大動乱から六年――。
烈陽国に戻るまでの道程は決して平坦ではなかった。幾多の策謀を退け、諸国を巡り、国を興し、時に民を守るため戦った。その歳月は、リンと守武財の双肩に深い経験と重みを刻み込んだ。
そして六年の時を経て、烈陽の地に二人は帰還した。
彼らを出迎えたのは、かつては幼さを残していた玲霞だった。
だが、今目の前に立つ彼女は大人の女性へと成長し、気品と凛とした強さを湛えていた。
「リン様……! 無事でいてくださったのですね……!」
玲霞の声は震え、瞳から涙があふれた。
リンもまた、静かに彼女を抱きしめる。
「玲霞殿……この六年、貴女を想わぬ日は一日たりともございませんでした。」
互いに飾ることなく、心の奥底からの想いが吐露された。
守武財もまた傍らに立ち、弟の想いを見届けながら深く頷いた。
やがて二人は、初めて互いに愛を告げ合い、烈陽国の民に祝福されて夫婦となった。
その婚儀の日、城を包む空は晴れ渡り、清らかな風が吹き抜けていた。
星華と天翔――夫婦武神は天空より微笑みを注ぎ、その祝福は光となって降り注ぐようであった。
「これほど喜ばしいことはない……」
星華は涙ぐみながら天翔に寄り添い、
「我らが見守り続けた絆が、ついに結ばれたのだな」
天翔も誇らしげに頷いた。
烈陽の人々は心からの祝宴を催し、六年の苦難を超えて結ばれた二人の愛を、国全体で祝福した。
盛大な婚儀が終わり、城の広間には余韻だけが残っていた。
外ではなお民たちが歌い舞い続けていたが、リンと玲霞は静かに奥の間へと導かれた。
灯火の揺らめきに照らされた部屋。
玲霞は緊張と安堵の混じる表情で、そっと座に着いた。
「……夢のようです。六年ものあいだ、ただ無事を祈り続けて……。今日こうして隣にいてくださることが、まだ信じられないのです。」
玲霞の声はかすかに震えていた。
リンはその手を取り、温もりを確かめるように強く握り返す。
「玲霞殿……幾つもの戦場を越えて参りましたが、心は常に貴女と共にありました。剣を振るう度に、胸に浮かんだのは……その笑顔でございました。」
玲霞の頬が紅潮し、視線が揺れる。
「……私は、強くはありません。ただ待つことしかできなかった。ですが待つことを選んだのは……貴方だからです。」
その言葉にリンの瞳が揺れ、やがて深く微笑んだ。
「ならば、これからは共に歩んでください。苦しみも喜びも、二人で分け合いましょう。」
玲霞は涙をこぼしながら、小さく頷いた。
「はい……。私は貴方の妻として、どこまでもお供いたします。」
その夜、二人は外の喧騒から遠く離れ、互いの瞳に情熱を映しながら静かに寄り添った。
彼は彼女を抱き寄せた。
その瞬間、理性の糸がぷつりと切れる音がしたように感じる。
互いの体温が、熱に浮かされたように混ざり合う。衣擦れの音がやけに鮮明で、鼓動の早さがそのまま伝わってくる。まるで自分の心臓が、相手の胸の中で鳴っているかのように。
「……離すものか」
低く搾り出す声は、震えを隠せない。
指先が、髪を、頬を、肩を、確かめるように辿る。その度に彼女の吐息が零れ、熱を帯びた空気が二人を包んでいく。もはや境界は曖昧で、触れることが許されるのか禁じられるのか、それさえも分からなくなる。
視線が絡み合い、逃げ場を失った瞬間、二人は激しく惹き寄せられる。理性も秩序も溶け去り、ただ衝動だけが燃え上がっていた。
燃えるような昂ぶりが一息に過ぎ去ったあと、残ったのは不思議な静けさだった。
互いの荒い呼吸が重なり合い、その響きさえも心地よく感じられる。
玲霞は彼の胸に顔を埋め、かすかに震えながら囁いた。
「……夢ではなく現実なのですね。」
リンは濡れた髪を指で梳きながら、柔らかな微笑みを浮かべる。
「これが現実です。もう二度と、貴女をひとりにいたしません。」
その言葉に、玲霞の瞳が潤み、やがて安堵の涙が頬を伝った。
彼女はそっと目を閉じ、子どものように安心しきった表情で彼の胸に身を寄せる。
熱がまだ肌に残っている。だがそれ以上に、互いの心に染みわたる温もりがあった。
愛し合う衝動を越え、今や二人は「共に生きる」ことを誓い合ったのだ。
もはや疑うものなど何もなく、ただ寄り添い合うだけで心が満たされていく――それが夫婦となった二人の最初の夜の、最も甘く穏やかな余韻であった。
長い歳月を越えて結ばれた絆は、ようやく揺るぎなきものとなり、烈陽の夜空に浮かぶ星々も、祝福するかのようにひときわ輝きを増していた。
夜が明け、柔らかな朝日が障子を透かして部屋に差し込む。
鳥の声が遠くから響き、昨夜の祝宴の余韻も今は静けさの中に沈んでいた。
玲霞はまだ夢の中にいるようで、寝具の端に身を寄せ、安らかな寝顔を見せていた。
リンは静かに身を起こし、その姿をしばし見つめる。
――この人のもとへ帰るために、幾度も剣を握り、死地をくぐり抜けてきた。
そう思うと、胸の奥から込み上げるものがあった。
玲霞がゆっくりと目を開ける。
「……おはようございます。まだ夢を見ているのかと……思いました。」
「夢ではございません。」
リンは微笑みながら、そっと彼女の髪を撫でる。
「これからは、こうして毎朝を共に迎えてまいりましょう。」
玲霞の瞳に光が宿る。
「六年分の朝を……取り戻さなくてはなりませんね。」
「ええ。ですが、その分これからを積み重ねればよいのです。二人であれば、幾年でも。」
玲霞は小さく笑い、寄り添いながら答えた。
「では今日からは、夫婦としての務めも果たさなくては。……まずは、朝餉を共に。」
そう言って立ち上がろうとする玲霞を、リンは軽く手で制した。
「今日は私が用意いたしましょう。貴女には、しばしこの喜びを噛み締めていただきたい。」
玲霞は驚いたように目を瞬き、それから微笑んだ。
「……それでは、お言葉に甘えます。けれど、次は必ず私が。」
二人の間に交わされたやり取りは、戦場では決して得られなかった穏やかな幸福そのものであった。
暁の光は二人を包み込み、新たな夫婦の一日を祝福しているかのように、温かく降り注いでいた。
烈陽国に戻るまでの道程は決して平坦ではなかった。幾多の策謀を退け、諸国を巡り、国を興し、時に民を守るため戦った。その歳月は、リンと守武財の双肩に深い経験と重みを刻み込んだ。
そして六年の時を経て、烈陽の地に二人は帰還した。
彼らを出迎えたのは、かつては幼さを残していた玲霞だった。
だが、今目の前に立つ彼女は大人の女性へと成長し、気品と凛とした強さを湛えていた。
「リン様……! 無事でいてくださったのですね……!」
玲霞の声は震え、瞳から涙があふれた。
リンもまた、静かに彼女を抱きしめる。
「玲霞殿……この六年、貴女を想わぬ日は一日たりともございませんでした。」
互いに飾ることなく、心の奥底からの想いが吐露された。
守武財もまた傍らに立ち、弟の想いを見届けながら深く頷いた。
やがて二人は、初めて互いに愛を告げ合い、烈陽国の民に祝福されて夫婦となった。
その婚儀の日、城を包む空は晴れ渡り、清らかな風が吹き抜けていた。
星華と天翔――夫婦武神は天空より微笑みを注ぎ、その祝福は光となって降り注ぐようであった。
「これほど喜ばしいことはない……」
星華は涙ぐみながら天翔に寄り添い、
「我らが見守り続けた絆が、ついに結ばれたのだな」
天翔も誇らしげに頷いた。
烈陽の人々は心からの祝宴を催し、六年の苦難を超えて結ばれた二人の愛を、国全体で祝福した。
盛大な婚儀が終わり、城の広間には余韻だけが残っていた。
外ではなお民たちが歌い舞い続けていたが、リンと玲霞は静かに奥の間へと導かれた。
灯火の揺らめきに照らされた部屋。
玲霞は緊張と安堵の混じる表情で、そっと座に着いた。
「……夢のようです。六年ものあいだ、ただ無事を祈り続けて……。今日こうして隣にいてくださることが、まだ信じられないのです。」
玲霞の声はかすかに震えていた。
リンはその手を取り、温もりを確かめるように強く握り返す。
「玲霞殿……幾つもの戦場を越えて参りましたが、心は常に貴女と共にありました。剣を振るう度に、胸に浮かんだのは……その笑顔でございました。」
玲霞の頬が紅潮し、視線が揺れる。
「……私は、強くはありません。ただ待つことしかできなかった。ですが待つことを選んだのは……貴方だからです。」
その言葉にリンの瞳が揺れ、やがて深く微笑んだ。
「ならば、これからは共に歩んでください。苦しみも喜びも、二人で分け合いましょう。」
玲霞は涙をこぼしながら、小さく頷いた。
「はい……。私は貴方の妻として、どこまでもお供いたします。」
その夜、二人は外の喧騒から遠く離れ、互いの瞳に情熱を映しながら静かに寄り添った。
彼は彼女を抱き寄せた。
その瞬間、理性の糸がぷつりと切れる音がしたように感じる。
互いの体温が、熱に浮かされたように混ざり合う。衣擦れの音がやけに鮮明で、鼓動の早さがそのまま伝わってくる。まるで自分の心臓が、相手の胸の中で鳴っているかのように。
「……離すものか」
低く搾り出す声は、震えを隠せない。
指先が、髪を、頬を、肩を、確かめるように辿る。その度に彼女の吐息が零れ、熱を帯びた空気が二人を包んでいく。もはや境界は曖昧で、触れることが許されるのか禁じられるのか、それさえも分からなくなる。
視線が絡み合い、逃げ場を失った瞬間、二人は激しく惹き寄せられる。理性も秩序も溶け去り、ただ衝動だけが燃え上がっていた。
燃えるような昂ぶりが一息に過ぎ去ったあと、残ったのは不思議な静けさだった。
互いの荒い呼吸が重なり合い、その響きさえも心地よく感じられる。
玲霞は彼の胸に顔を埋め、かすかに震えながら囁いた。
「……夢ではなく現実なのですね。」
リンは濡れた髪を指で梳きながら、柔らかな微笑みを浮かべる。
「これが現実です。もう二度と、貴女をひとりにいたしません。」
その言葉に、玲霞の瞳が潤み、やがて安堵の涙が頬を伝った。
彼女はそっと目を閉じ、子どものように安心しきった表情で彼の胸に身を寄せる。
熱がまだ肌に残っている。だがそれ以上に、互いの心に染みわたる温もりがあった。
愛し合う衝動を越え、今や二人は「共に生きる」ことを誓い合ったのだ。
もはや疑うものなど何もなく、ただ寄り添い合うだけで心が満たされていく――それが夫婦となった二人の最初の夜の、最も甘く穏やかな余韻であった。
長い歳月を越えて結ばれた絆は、ようやく揺るぎなきものとなり、烈陽の夜空に浮かぶ星々も、祝福するかのようにひときわ輝きを増していた。
夜が明け、柔らかな朝日が障子を透かして部屋に差し込む。
鳥の声が遠くから響き、昨夜の祝宴の余韻も今は静けさの中に沈んでいた。
玲霞はまだ夢の中にいるようで、寝具の端に身を寄せ、安らかな寝顔を見せていた。
リンは静かに身を起こし、その姿をしばし見つめる。
――この人のもとへ帰るために、幾度も剣を握り、死地をくぐり抜けてきた。
そう思うと、胸の奥から込み上げるものがあった。
玲霞がゆっくりと目を開ける。
「……おはようございます。まだ夢を見ているのかと……思いました。」
「夢ではございません。」
リンは微笑みながら、そっと彼女の髪を撫でる。
「これからは、こうして毎朝を共に迎えてまいりましょう。」
玲霞の瞳に光が宿る。
「六年分の朝を……取り戻さなくてはなりませんね。」
「ええ。ですが、その分これからを積み重ねればよいのです。二人であれば、幾年でも。」
玲霞は小さく笑い、寄り添いながら答えた。
「では今日からは、夫婦としての務めも果たさなくては。……まずは、朝餉を共に。」
そう言って立ち上がろうとする玲霞を、リンは軽く手で制した。
「今日は私が用意いたしましょう。貴女には、しばしこの喜びを噛み締めていただきたい。」
玲霞は驚いたように目を瞬き、それから微笑んだ。
「……それでは、お言葉に甘えます。けれど、次は必ず私が。」
二人の間に交わされたやり取りは、戦場では決して得られなかった穏やかな幸福そのものであった。
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