『天翔(あまかけ)る龍』

キユサピ

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第八章:「景嵐とルシア」

第百十話:「王の言葉」

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豪奢な大広間には、重苦しい沈黙が落ちていた。
床に横たわる国王アルデリオス三世の顔色は蒼白で、息は細く、医師たちの必死の処置が続いている。

その場に立ち尽くす貴族たちの視線は、まるで罪人を見るようにルシアと景嵐に注がれていた。
第二王子ファルトは勝ち誇った笑みを浮かべ、声を張り上げる。

「見よ! 陛下がこのような姿となったのは、国外の毒ゆえ! アルテリスと繋がる者など、この姫と、その護衛の男以外にあるまい!」

言葉は鋭い刃のように響き渡り、場はざわめきに包まれた。

「違います!」
ルシアは震える声で叫んだ。
「私も、景嵐様も……陛下に仇なすなど決してございません!」

だがファルトは冷ややかに笑う。
「ならば潔白を示せ! 言葉だけでは民も納得せぬ!」

その時、列の後方から鋭い声が上がった。
「殿下! 我らが証言いたします!」
戦場から戻った兵士たちが次々と進み出る。

「景嵐殿は常に我らの先頭に立ち、命を賭して敵を退けられた!」
「私欲で動く方ではない! この方はヴェルリカを救った英雄だ!」

兵たちの声が重なり、堂内に熱をもたらす。
その熱気に押されるように、ルシアも一歩進み出て、王の傍らで祈りの言葉を捧げた。

「どうか……どうか陛下が真実をお示しくださいますように……」

やがて、沈黙を裂くように微かな声が響いた。
「……やめよ……」

誰もが息を呑んだ。
蒼白の顔をしたアルデリオス三世が、ゆっくりと瞼を開けていたのだ。

「景嵐……その忠義、余は見てきた……。この命を……守り抜いたのも……この男だ……」

掠れる声だったが、国王自らの言葉は、何よりの証明であった。

貴族たちは一斉に頭を垂れ、兵士たちは拳を胸に当てて景嵐を讃える。
ルシアの目には涙が溢れ、景嵐は深く膝をつき頭を下げた。

「恐れながら、我が身を賭してもルシア様と陛下をお守りいたします」

その瞬間、ファルトの顔は怒りと屈辱に歪んだ。
だが父王の言葉を前にしては、もはや一歩も踏み込むことはできない。

(……だが終わりではない。必ず、必ずあの男を――)

王の寝台を包む温かな光と、王子の胸に渦巻く暗い影。
ヴェルリカの未来は、なおも不穏な予感を孕んでいた。

王宮に緊張が漂っていた。
アルデリオス三世の命は辛くも繋がったが、毒の出所は依然として謎に包まれている。ルシアの名誉はいまだ傷つけられたままであった。

「王命により、王族の私室を含め徹底調査を行う」
厳しい声で告げられると、衛兵たちは王宮奥深くに立ち入り、一室ずつ調べていった。

その中で、ファルト王子の居室に足を踏み入れた兵士が、机の奥に仕舞われた小箱を見つける。
「……殿下、これは一体」
取り出されたのは、掌ほどの黒い小瓶であった。瓶の側面にはアルテリスの古い文字が刻まれている。

場が一瞬で凍り付いた。

「そ、それは俺の物ではない!誰かが置いたのだ!」
ファルトは顔を紅潮させて叫ぶが、兵士の一人が震える声で告げた。
「確かに見ました。数日前、殿下がその小瓶を懐に忍ばせておられるのを……」

王の御前に証拠が差し出されると、ルシアは固く瞳を閉じた。これで、ようやく疑いが晴れる――そう思った。

「姫を陥れようとしたのは、殿下……?」
臣下の間にどよめきが走る。

アルデリオス三世は静かに目を閉じ、長い沈黙ののち言葉を発した。
「……真偽は裁きの場に委ねる。だが、この小瓶が示すものは重い。ファルト、お前はしばし謹慎せよ」

「父上!これは陰謀だ!」
ファルトは憤怒に満ちた眼差しを景嵐へと向けた。まるで、その眼差しそのものが刃となって突き刺さるようだった。

だが景嵐は一歩も退かぬ。
「誰の仕業であろうと、姫を陥れようとする者を私は決して許さぬ。それだけです」

ルシアは震える指先を胸に当てながら、景嵐の背を見つめた。ようやく――ほんの一筋の光が差し込んだように思えた。

だがその光の影には、なお深い闇が潜んでいた。
ファルトの歪んだ表情が、それを物語っていた。

王宮に残る緊張が和らぐ間もなく、老臣の一人が事の経緯を説明した。

「陛下、今回使用された毒――実は染め物に用いられる顔料に含まれる薬品でございます。アルテリス国では、かつてこの物質に触れて命を落とす者が相次ぎ、現在では厳しく使用が禁止されております」

「……では、なぜファルト王子がその毒を知り得たのだ?」
ルシアの瞳が鋭く光る。

老臣は小さく息をつき、言葉を続ける。
「王子の側近の者が、王宮内の衣装や服を管理する仕立て屋と繋がっておりました。その仕立て屋の下請けにはアルテリス国のセリオア出身の染め物師が在籍しており、王子に気に入られようと、毒性のある顔料の話を進言したという次第でございます」

ルシアは思わず息を呑む。
「……つまり、王子は直接知っていたわけではなく、側近の伝聞を利用して毒を盛らせたのね」

景嵐は拳を握り、ルシアに目を向ける。
「姫、真実が明らかになれば、国も安心できるでしょう。しかし油断は禁物です。ファルトは、まだ何か仕掛けようとしている」

その時、ファルトは遠くの廊下から静かに顔を出していた。表向きは押し黙っているが、その目はまだ獲物を狙う獣のように光っていた。

王宮内に漂う重苦しい空気の中、ルシアは景嵐の背に手を置き、固く信頼を寄せる。
「貴方と共に、この国を守りましょう」

景嵐は静かに頷き、緊迫の宮廷を見据えた。
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