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第八章:「景嵐とルシア」
第百十一話:「ファルトの工作」
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王宮に漂う緊張は、未だ解けぬままであった。
毒の入れ物がファルトの持ち物から見つかったことで、その嫌疑は一層濃くなったが――それでも第二王子はなおも口を閉ざし、表情を崩さぬ。
「……証拠など、いくらでも作れるものだ」
低く吐き捨てたその声は、逆に自らの関与を認めたように聞こえた。
王はまだ病に伏し、宮廷は不安の渦に包まれている。そんな中、ファルトは密かに動き始めた。
彼は己の側近たちを呼び寄せ、声を潜めて命じる。
「――よいか。今や景嵐は民衆の英雄。正面から罠にかけても勝ち目はない。ならば裏から崩すのだ」
「裏から……と申しますと?」
従者の問いに、ファルトは口角を歪めて答える。
「奴は異国の出であり、忠義を偽ることなど造作もなかろう。密かにアルテリスとの内通をでっち上げよ。商人や密使に金を握らせ、景嵐の名を使って書状を偽造させるのだ」
従者たちは青ざめ、しかし逆らうことはできなかった。
王宮の奥で企てられる陰謀は、やがて静かに広がり、宮廷内の風聞となって人々の耳に届き始める。
「景嵐はアルテリスと通じているらしい」
「いや、あれほど忠義を示したではないか」
「だが証拠が出たのなら……」
真実と虚偽が入り混じり、景嵐の名誉は再び危機に晒されていった。
その一方で、ファルトは冷徹に先を見据えていた。
「王の命が尽きれば、次は我が治世。景嵐も、ルシアも、すべて我が手の内に沈めてくれよう」
闇の中に笑みを浮かべるその姿は、まさしく奸智に長けた獣のごとし。
英雄の凱旋がもたらした希望は、今や陰謀の影に飲み込まれようとしていた――。
ヴェルリカ王宮の大広間は、重苦しい沈黙に包まれていた。
玉座には病に伏すアルデリオス三世の姿はなく、代わりに第二王子ファルトが壇上に立っていた。冷ややかな視線を周囲に巡らせ、手にした巻物を広げる。
「皆の者、耳を傾けよ。――このたびの国王陛下への毒盛りの件、未だ真相は明らかではない。だが、毒がアルテリス由来のものである以上、疑いの矛先は一つに絞られよう。」
廷臣たちがざわめく中、ファルトはわざと視線をルシア姫へと突き刺した。
「異国アルテリスより嫁いだ姫よ。そなたの身の回りから怪しき動きが見え隠れしておるのだ。まして景嵐なる若造と密に通じている――もはや国の安寧を乱す存在と言わざるを得ぬ。」
「……っ!」
ルシアの唇が震えた。侍女たちが必死に支えるが、冷たい空気は容赦なく彼女を追い詰める。
ファルトは声を張り上げた。
「ゆえに私は提案する! アルテリスよりの婚姻は白紙とし、ルシア姫を本国へ返還する! ヴェルリカの未来に災いを残すわけにはゆかぬ!」
大広間に驚愕の声が広がった。
政略結婚として迎え入れられた姫の立場が、一方的に打ち捨てられようとしている。
「……断じて、それは誤りです!」
景嵐が前へと踏み出した。
しかしその声はすぐに廷臣らの嘲りに掻き消される。
「異国の傭兵風情が王宮に口を挟むか!」
「忠義を口にするが、裏で何をしているか分からぬではないか!」
鋭い非難の矢が景嵐に突き刺さる。だが彼は揺るがず、ただルシアを守るように立ちはだかった。
ルシアの胸は張り裂けそうだった。
彼女を守ろうとする唯一の存在が、いままさに孤立させられようとしている。
必死に声を絞り出す。
「私は……陛下の御前に誓います! 景嵐様も、私も、この国に仇なすことなど決してありません!」
その叫びは、大広間の石壁に虚しく響き渡った。
しかしファルトの瞳には、冷酷な勝ち誇りが宿っていた。
――こうしてルシアの婚姻解消が宣言され、景嵐は孤立無援の立場に追い込まれていく。
だが同時に、彼らを救う真実の糸口もまた、陰謀の影の中で静かに芽吹いていた。
アルテリスの都に、ルシアと景嵐は重苦しい空気と共に戻ってきた。
城門前には王国の重臣たちが並び、表面上は丁重に迎えられるものの、その視線の奥に潜む疑念は隠しきれない。
「……姫様、どうかお心を強くお持ちください」
景嵐がそっと声をかけると、ルシアは蒼ざめた顔を上げ、小さく頷いた。
「景嵐……わたくしは、必ず潔白を証明してみせます」
「姫様のお言葉、我が命に刻みました。真実は必ず暴かれまする」
二人の覚悟をよそに、城内には既に「ルシアがヴェルリカ王に毒を盛った」との噂が広まっていた。人々の囁きが、まるで棘のように胸に突き刺さる。
――その毒は元来、染め物に用いられる顔料から抽出されるもの。
景嵐は禁じられた薬毒の出処を突き止めるべく、侍女や兵士らを集めて調査を開始した。
「城の衣服や調度を管理しているのは誰だ」
「仕立て部の記録を洗え。ヴェルリカに渡った者の名簿も残っておろう」
命じる景嵐の声音に、一同の士気が鼓舞される。
やがて、一つの名が浮かび上がった。
――セリオア出身の染め物師と縁を持つ仕立て師が、ファルト王子の側近にいたのだ。
「やはり……奴の影がちらついている」
景嵐は眉を寄せる。
その時、戦場で共に血を流した武人たちが、彼の前に進み出た。
「景嵐殿、我らもお力添えいたす。殿の戦ぶりを見た者として、疑いを黙って見過ごすことなどできぬ!」
「俺たちは姫様が毒を盛るような御方でないと知っている。真実を暴こうではないか!」
仲間たちの言葉に、ルシアの瞳が潤む。
景嵐は拳を固く握りしめ、深く頷いた。
「……ありがたい。では、まずはその染め物師の行方を追う。奴を見つけ出せば、全ての糸が繋がるはずだ」
こうして、アルテリスに戻ったばかりの彼らは、すぐさま陰謀の核心を暴くための動きを開始するのであった。
毒の入れ物がファルトの持ち物から見つかったことで、その嫌疑は一層濃くなったが――それでも第二王子はなおも口を閉ざし、表情を崩さぬ。
「……証拠など、いくらでも作れるものだ」
低く吐き捨てたその声は、逆に自らの関与を認めたように聞こえた。
王はまだ病に伏し、宮廷は不安の渦に包まれている。そんな中、ファルトは密かに動き始めた。
彼は己の側近たちを呼び寄せ、声を潜めて命じる。
「――よいか。今や景嵐は民衆の英雄。正面から罠にかけても勝ち目はない。ならば裏から崩すのだ」
「裏から……と申しますと?」
従者の問いに、ファルトは口角を歪めて答える。
「奴は異国の出であり、忠義を偽ることなど造作もなかろう。密かにアルテリスとの内通をでっち上げよ。商人や密使に金を握らせ、景嵐の名を使って書状を偽造させるのだ」
従者たちは青ざめ、しかし逆らうことはできなかった。
王宮の奥で企てられる陰謀は、やがて静かに広がり、宮廷内の風聞となって人々の耳に届き始める。
「景嵐はアルテリスと通じているらしい」
「いや、あれほど忠義を示したではないか」
「だが証拠が出たのなら……」
真実と虚偽が入り混じり、景嵐の名誉は再び危機に晒されていった。
その一方で、ファルトは冷徹に先を見据えていた。
「王の命が尽きれば、次は我が治世。景嵐も、ルシアも、すべて我が手の内に沈めてくれよう」
闇の中に笑みを浮かべるその姿は、まさしく奸智に長けた獣のごとし。
英雄の凱旋がもたらした希望は、今や陰謀の影に飲み込まれようとしていた――。
ヴェルリカ王宮の大広間は、重苦しい沈黙に包まれていた。
玉座には病に伏すアルデリオス三世の姿はなく、代わりに第二王子ファルトが壇上に立っていた。冷ややかな視線を周囲に巡らせ、手にした巻物を広げる。
「皆の者、耳を傾けよ。――このたびの国王陛下への毒盛りの件、未だ真相は明らかではない。だが、毒がアルテリス由来のものである以上、疑いの矛先は一つに絞られよう。」
廷臣たちがざわめく中、ファルトはわざと視線をルシア姫へと突き刺した。
「異国アルテリスより嫁いだ姫よ。そなたの身の回りから怪しき動きが見え隠れしておるのだ。まして景嵐なる若造と密に通じている――もはや国の安寧を乱す存在と言わざるを得ぬ。」
「……っ!」
ルシアの唇が震えた。侍女たちが必死に支えるが、冷たい空気は容赦なく彼女を追い詰める。
ファルトは声を張り上げた。
「ゆえに私は提案する! アルテリスよりの婚姻は白紙とし、ルシア姫を本国へ返還する! ヴェルリカの未来に災いを残すわけにはゆかぬ!」
大広間に驚愕の声が広がった。
政略結婚として迎え入れられた姫の立場が、一方的に打ち捨てられようとしている。
「……断じて、それは誤りです!」
景嵐が前へと踏み出した。
しかしその声はすぐに廷臣らの嘲りに掻き消される。
「異国の傭兵風情が王宮に口を挟むか!」
「忠義を口にするが、裏で何をしているか分からぬではないか!」
鋭い非難の矢が景嵐に突き刺さる。だが彼は揺るがず、ただルシアを守るように立ちはだかった。
ルシアの胸は張り裂けそうだった。
彼女を守ろうとする唯一の存在が、いままさに孤立させられようとしている。
必死に声を絞り出す。
「私は……陛下の御前に誓います! 景嵐様も、私も、この国に仇なすことなど決してありません!」
その叫びは、大広間の石壁に虚しく響き渡った。
しかしファルトの瞳には、冷酷な勝ち誇りが宿っていた。
――こうしてルシアの婚姻解消が宣言され、景嵐は孤立無援の立場に追い込まれていく。
だが同時に、彼らを救う真実の糸口もまた、陰謀の影の中で静かに芽吹いていた。
アルテリスの都に、ルシアと景嵐は重苦しい空気と共に戻ってきた。
城門前には王国の重臣たちが並び、表面上は丁重に迎えられるものの、その視線の奥に潜む疑念は隠しきれない。
「……姫様、どうかお心を強くお持ちください」
景嵐がそっと声をかけると、ルシアは蒼ざめた顔を上げ、小さく頷いた。
「景嵐……わたくしは、必ず潔白を証明してみせます」
「姫様のお言葉、我が命に刻みました。真実は必ず暴かれまする」
二人の覚悟をよそに、城内には既に「ルシアがヴェルリカ王に毒を盛った」との噂が広まっていた。人々の囁きが、まるで棘のように胸に突き刺さる。
――その毒は元来、染め物に用いられる顔料から抽出されるもの。
景嵐は禁じられた薬毒の出処を突き止めるべく、侍女や兵士らを集めて調査を開始した。
「城の衣服や調度を管理しているのは誰だ」
「仕立て部の記録を洗え。ヴェルリカに渡った者の名簿も残っておろう」
命じる景嵐の声音に、一同の士気が鼓舞される。
やがて、一つの名が浮かび上がった。
――セリオア出身の染め物師と縁を持つ仕立て師が、ファルト王子の側近にいたのだ。
「やはり……奴の影がちらついている」
景嵐は眉を寄せる。
その時、戦場で共に血を流した武人たちが、彼の前に進み出た。
「景嵐殿、我らもお力添えいたす。殿の戦ぶりを見た者として、疑いを黙って見過ごすことなどできぬ!」
「俺たちは姫様が毒を盛るような御方でないと知っている。真実を暴こうではないか!」
仲間たちの言葉に、ルシアの瞳が潤む。
景嵐は拳を固く握りしめ、深く頷いた。
「……ありがたい。では、まずはその染め物師の行方を追う。奴を見つけ出せば、全ての糸が繋がるはずだ」
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